明け星学園
秋野凛花
プロローグ
生徒会長との出会い
人を愛するなんてくだらない。
人を信用するなんて、くだらない。
こんな酷い世界、早く滅んでしまえばいい。
きっと私には、その力があるから。
春。
私はとある学園の門をくぐった。頭上を見上げると、見えるのは青々と茂った葉っぱ。青い空。同じ「青」という表現。2つの「青」が、私の目の前に広がっている。
春、と言っても、今は桜色が視界を染める時期ではなかった。今は5月。桜なんてとっくに散ってしまっている。そんな中、私は新しい学園へと重い足を運んでいた。憂鬱。そんな言葉が、今の私にはお似合い。
どうして5月なんて中途半端な時期に、新しい学園に行くことになったか、その経緯は……説明が面倒だから、以下略。どうせ、この後嫌でも語る羽目になる。
私は足を止め、その大きな校舎を見上げた。本当に大きな校舎だ。私のことを威圧しているのではないか……そんな風に思えてしまい、またため息。
──明け星学園。
それが私が今日から通う、学園の名前だ。
いつまでもウジウジしていても仕方がない。全く乗らない気持ちのまま校舎に足を踏み入れようとした、その時。
「──とうっ!!」
「──え」
上から、声が降って来た。そして同じく、体も降って来た。何か、私の頭上に。思いっきり、あからさまに、私を狙って。
……と思ったけど、その人は私の真ん前に着地した。まるで猫のように軽やかに。その体の軸はしっかりとしていて、よろけそうな様子はない。そして私に向けられた赤い瞳……そこから、強い意志を、感じた。
……綺麗。
浮かんだのは、そんな感想で。私がその人に見とれていると、その人は目を細め、血色のいい唇を動かした。
「やぁ」
「……え、あ、ど……どうも……」
「ごめんごめん。そんなに硬くならなくていいよ、
「……! 私の名前、どうして……」
「どうして? そんなの、当たり前じゃないか」
驚いて目を見開く私を他所に、その人は告げる。
「僕は
そう言ってその人は、ニッ、と白い歯を見せてそれなりにボリュームのある胸を張る。
それが私、伊勢美灯子と、明け星学園の生徒会長……小鳥遊言葉ちゃんとの、出会いだった。
明け星学園。
この辺りで、その名前を知らない人はいない。……それほど有名な、エリートの中のエリートの集まる高校。
そんな学園に、どうして私みたいな芋女が転校するに至ったというと……ああ、説明が面倒くさい……。
「ねぇねぇ、とーこちゃん、って呼んでいい?」
「……自由にしてください」
「え? ほんと? やったぁ!!」
私の返答に、大袈裟に彼女はそうガッツポーズをする。何がそんなに嬉しいというのか……。
「じゃあとーこちゃんもさ、僕のこと、言葉~って呼んでよ!!」
「え、わ、私……ですか?」
「そーだよ!! ここには僕ととーこちゃん以外誰もいないんだから~」
「……はぁ……」
……元気な人だな……この人、特に苦手かも……。
一向に引いてくれそうな様子が無かったため、私は仕方なく彼女のことを、「言葉ちゃん」、と呼ぶことにした。彼女は3年生、私は1年生、年上を馴れ馴れしく「ちゃん」付けで呼ぶだなんて……と思ったけれど、彼女がなにも気にしていない様子みたいだったから、私も気にしないことにした。
……にしても……。
明け星学園の生徒会長は、とても素晴らしい人だと聞いている。この学園に入る前から、その噂はかねがね聞いていた。例えば、慈善活動を少なくとも週に1回行っているだとか、成績優秀、文武両道、品行方正、そんな言葉が似合うだとか、この学園最強、誰も敵う者はいないだとか……。
……。
「ねぇねぇとーこちゃん!! ナポリタン味の飴とか興味ある? すっごいマズ……んんっ、不思議な味がして~。で、その問題の飴がここに」
「……食べません」
「ちぇっ」
言葉ちゃんは軽く舌打ちをする。取り出しかけていたナポリタン味の飴(?)を、パーカーのポケットにしまった。食べさせられるところだった。危ない。
私は、疑ってしまっていた。この人が、あの明け星学園の生徒会長、小鳥遊言葉……?
だって、この人、めちゃくちゃ髪巻いてるし、メッシュ入ってるし、派手な赤色のパーカーを着て、そこにオーバーサイズのジップアップパーカーを羽織っている。下は同性の私でも目を覆いたくなってしまうほど、綺麗な白い脚を出したショートパンツ。ショートパンツにはポップな猫のイラストのアップリケが付いていて、何だか子供っぽい。
何が言いたいかというと、全然生徒会長らしくない、というか。
もちろんこの学園に、「校則」というものが無いのは知っている。制服もない(だから私も前の学校の制服で登校している)。大学みたいに、自分で好きに授業を組んで、好きな時間に登校する。そんな自由な学校だ。そんな学校だから、生徒会長もこんなに自由になる、ということなのか。
……今更ながら、どうしてこんな学校に来てしまったんだろう……自分を恨む。私は、こんな「個性」だとか、「カリスマ」だとか……そんな言葉が苦手。こんな冴えない私には、似合わない言葉だから。そしてその象徴みたいな人、物は……もっと苦手だ。
……そりゃあ、元々……来たくて来たわけじゃ、ないんだけど……。
「……」
「……」
「……?」
そこで私はふと気が付く。隣がやけに静かだ。さっきまで、唇を縫い付けても止まらなそうなくらい、喋りまくっていたのに。
言葉ちゃん、どうしたんだろう。そう思いつつも、静かなことに越したことはないので、私、特に何も言わず。……すると。
「えい」
「んにゅ?」
突然言葉ちゃんが、私の頬を両手で挟んできた。お陰で私は今、タコみたいに唇を尖らせていることだろう。何なんだ一体。
文句を言おうと思ったが……彼女の顔を見て、言おうとしたことが頭の中から吹っ飛んでしまった。
何故なら……言葉ちゃんが、真面目な顔で、優しく、微笑んでいたから。
……いや、まあ、どうせ頬を挟まれてる時点で上手く喋れないのだが……。
「不安?」
「……えっと」
「暗い顔、してるからさ」
そう言って言葉ちゃんはニカッと笑う。太陽みたいな、とても明るい笑みだった。その表情に、否応なしに……私の中の暗い気持ちが、晴れていくみたいに思える。それでも重い気持ちなのは、やはり変わらないけれど……。
……この人、本当にすごい人……なのかもしれない。
「大丈夫。ここは……まあ、癖の強い人が何人もいるけど……いい奴も沢山いるから、安心して!!」
「それは果たして……安心していいのか……」
安心して大丈夫だよ~、と言葉ちゃんは依然として笑うばかり。その声にはやっぱり、何故かそうだと思わせてしまうような説得力、みたいなものがあるけど……。それにしても、不安だ……。
そんな風に話しながら校舎に入ると、周りからの視線が集まっているのが分かる。中には、会長~、と言葉ちゃんを呼んだり、あの子誰? といった疑問の声。あからさまに私を睨みつけているような、不審者でも見るような……そんな人もいる。はあ……目立ちたくなんて無いのに……。
「まあ皆、転校生が珍しいんだよ。それにここにはトップを目指す人が多いから、ライバルは一人でも減らしたいと思ってるんだろうね」
「さっきの『大丈夫』が、全く信じられないんですが……本当に、大丈夫なんですか……?」
「……」
「……黙らないでください……」
私はため息を吐く。言葉ちゃんは口笛を吹いて知らんぷりだ。適当なんだから……本当に、変な人だ。
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