強者の余裕

「ッ……テメェ!!!! 舐めた口ききやがって……!!!! 行くぞ、お前ら!!!!」


 先頭の男の掛け声で、彼らは動き出す。全ては、目の前の彼を排除するため。なんかその言動からしてザコ敵感は否めないが、人数がいると圧がある。いや、でも私にとっては……理事長の方が圧強かったけど……。


 しかし彼らが動き出したのを見ても、彼が慌てるような様子はなかった。ただ呆れたように、肩をすくめるだけ。


「はぁ……やれやれ」


 その声色も、全く緊張していない。駄々をこねている子供を相手にしているような、あくまで自分の方が上だという自信が、その言動から滲み出ている。


 だが次の瞬間、その場の空気が張り詰めるのが分かった。その緊張感の源は……目の前に立つ彼で。

 その緊張感を向けられているのは、私ではない。そう分かっているのに……彼を前に、足がすくんだ。


 あの時の同じ……言葉ちゃんが必要以上に理事長に暴力を振るおうとした、あの時と同じだ。私は、動けない。


 だが違う点もある。あの時の言葉ちゃんが燃え盛る灼熱の炎だとしたら、この人は……。



 ……静かな波が揺蕩う、みずうみだ。



 相手の内の1人が彼の前に出てきて、持っていたバットを……勢い良く振り下ろす。だが彼はひらりとそれを躱すと、躱したその勢いのまま、男の脇腹に鋭い回し蹴りを放った。そのキック力は凄まじく、蹴られた方は一発でK.O。そのまま地面に崩れ落ちる……前に、彼は男の持っていたバットを手刀で弾いた。

 宙に舞ったバットが、彼の背中に向けて振り下ろされていたナイフに当たる。ナイフを扱っていた男が一瞬怯んだその隙を見逃さず……彼は、その頬にストレートパンチを入れた。ナイフを持っていたその男も、すぐに倒れて動かなくなる。気絶していることは、確かめるまでもなかった。


 ……すごい、5秒も経たない内に、2人も……。


 先頭にいた、リーダー格の男はその額に青筋を浮かべる。肩を震わせ、怒りを堪えているようだった。

 一方、青髪の青年は、やはり余裕だった。全く息を切らすこともなく、呑気に彼らを見つめている。


「あれ、止まっちゃっていいの? 一気に制圧した方が勝率が高いって、分かってるはずなのに」

「~~~~ッ!!!! 今からやるところなんだよッ!!!!」


 いや、作戦が読まれているなら、もっと別の手段取ろうとした方がいいだろうに。


 だが彼の頭はそこまで回っていないらしい。その言葉の通り、リーダー格の男を含む3人の大男が、青髪の青年という細身の男性に襲い掛かるために動き始めた。


 こう見ると、集団の方が有利に見えるが……何故だろう。目の前のこの人が負けるビジョンが、驚くほど見えない。


 1人の男が拳銃を、もう1人の男はクロスボウを構えた。それぞれ彼には近づくことなく、遠距離から狙っている。


「いや……そういう時って、近距離と遠距離のやつらでコンビ組ませた方が良いよ? 近距離に意識を取られてる隙に、遠距離が攻撃を食らわすのも良し。逆に遠距離を警戒しすぎて近距離から討たれても良し……」


 何故か律儀に彼らにアドバイスをしている青髪の青年。だがそんなアドバイスに彼らが耳を貸すわけもなく……拳銃とクロスボウが、同時に彼を狙って放たれた。

 だが彼はそれでも慌てない。彼は懐から何かを取り出す。それは……えっと、教科書? ……なんか、見覚えがある気が……。


 するとクロスボウから発射された矢は、その教科書に突き刺さる。最近の教科書は、学ぶべきことが多すぎて分厚い。その多量の紙が、矢の威力を押し殺した。

 そして銃弾の方はと言うと、気絶した男の落としたナイフではじく。……ええ、簡単に言ってしまったが、銃弾の速度を見切って、その上で受け止めてはじくなんて、常人のすることじゃない。


「あ、やべ」


 すると彼のそんな緊張感のない声が聞こえる。その正体は分かっていた。……彼のはじいた銃弾が、真っ直ぐ私の脚を狙っていたのである。

 ……まあ、既に消してるから、いいんだけど。


「……」


 彼は黙って、真顔で、私のことを見つめていた。別に驚いている……という感じもない。ただ、私のことを分析しようとしているような……。


「おい!! 何呆然としてんだ!! 追撃だ追撃!!!!」


 リーダー格の男の叱責が響く。それと同時に、彼の視線も私から外れた。……何だったんだろう、今の。


 私の思考などお構いなしに、彼は動く。素早く左腕を上げ、そして振り下ろした。するとその服の裾から……何か棒状のものが出てくる。彼は右手でそれを握り、構えた。

 服に武器を仕込んでいたのか……。


 再びクロスボウからは矢が、拳銃からは銃弾が飛び出るが、彼は持っている棒状のものを思いっきり真横に振ることでそれを全て薙ぎ払ってしまった。驚くのはそれだけじゃない。彼は真上に高く飛びあがると……彼らの真上で、棒状のものを再び横に薙ぐ。すると今度は……その棒が、


 だがそこで気づく。拳銃を持っている男が、せめて1人でも倒そうと思ったのか、私にその銃口を向けていることに。……まあ無駄だけど。

 その銃弾は、私に衝突する直前で消え去った。


 それと同時、彼の伸びた武器のようなものが2人をまとめて縛り上げる。その衝撃で、2人は武器を落としてしまった。

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