料理対決の結果

「……カーラさんって、私たちが来る前、何をしているんですか? ……学校とか、行っていないんですか?」

「……」


 いつも穏やかな口調で答えてくれるカーラ゠グリーン・パレットは、黙った。

 私は彼女の方に視線を送る。彼女は、大きな瞳を私に向けていた。ただ私を、じっと見つめていた。……虚な瞳に、私だけが映っている。


 やはり、聞かれたくないことなのだろうか、と思った。


「……学校には、行っていませんねぇ。ほら、あたくしたち、分かるでしょう? 普通の人とは感性が合わないんですよ。あたくしたちのこと、知られたら、皆さんびっくりしますし~」

「……そうですか」

「何してるか、ですよね~。大体は、ここにいます! 彼と遊んでるんです!」


 彼、というと。カーラさんの視線の先を追うと、お皿を割ってしまってアワアワしている言葉ちゃんの横で、同じようにアワアワしている大智さんがいた。何してるんだあの人たち。

 ……まあ、大智さんと遊んでいると……。


「……大智さんのこと、どう思っていますか?」


 いつか、大智さんにも投げかけた質問だ。その時彼は、堂々としていてすごいと思っており、自分のことをちゃんと見てくれたのは彼女だけだと答えていたが。


 カーラさんの口は、え、という形で停止していた。どうしてそこまで固まるのだろう、と思っていると。


「……あたくしたち、恋仲ではありません!!」

「……いや、この質問にそういった意図は含まれていません」


 慌てたように叫ぶ彼女に、私は至極冷静に返す。カーラさんは口の形を、え、で固定し、戸惑ったように私を見つめていた。……私がそんな浮足立った質問をするわけがないだろうに。


 彼女はうーん、と呟き……少しだけ、大智さんに視線を送る。

 そして言うことが決まったのか、ゆっくりと口を開いた。


「……同士、ですかねぇ」

「……同士?」

「ええ。……彼とカーラは、境遇が似ているんです。だから、これは……同情心、でしょうか。……傷の舐め合い、とでも言いましょうか。……とにかく、そんな感じですかね~」


 今度戸惑うのは、私の方だった。カーラ゠グリーン・パレットの口からスラスラと紡がれる言葉たちに驚いたからである。


 境遇が似ている、同情、傷の舐め合い……今までそんな雰囲気は感じなかった。いや、それよりも……そこまで話してもらっても良かったのだろうか。今までだったら、適当にはぐらかされて終わったような気がするのだが。


 戸惑いを振り払い、私は思ったことをそのまま口に出す。


「……私に言って良かったんですか。それ」

「うーん……分かりません」

「……はい?」

「あたくしも、分からないです。そもそもあたくしは頭を使うタイプではありませんから~。……もちろんカーラのことは大事ですけど、貴方たちのことを信じてみてもいいんじゃないかって……あたくしは、そう思うんです。あたくしの心が、そう言いました。他の人格子たちは、そうもいかないと思うんですけど~」

「……そうですか」


 つまり今の話は、私を信頼してしてくれたものだと、そういう認識で良いらしい。……少なくともグリーンは、という注釈付きだが。

 それでもまあ、こうして料理対決を開催したかいはあるというものか……ああいや、料理対決は何も関係ないか。


「他の人格子たちには怒られてしまうかもしれませんが……まあその時はその時ですね~。それに、少し話しましたが、あくまで一部に過ぎませんし……大事な部分は隠していますから~」

「……そうですね。私も、それ以上話したくないなら聞きません」

「ふふっ♪ お優しい方」


 彼女はまた穏やかな笑みを見せる。優しくない、といういつもの返しをしたが、彼女はどこ吹く風だった。だから私も面倒になって、それ以上は言わない。

 ……同じ境遇……か……。


「じゃあ灯子は、小鳥遊さんのことをどう思っているんですか?」

「え」


 考え込んでいると、予想外の質問が私に投げられた。なんだか先程から驚いてばかりである。


 言葉ちゃんを……どう……。

 少し考えてから私は……彼女のその信頼に報うためにも、正直に話すことにした。


「……すごい人だと思っています。いつも明るくて、困難にも果敢に立ち向かって、そのための実力もちゃんと持っていて……私には到底、真似出来ない。……でも、追いつきたいと思っています。同じ土俵に、立てるように」


 まあそれでも、肝心の部分は私も隠しているが。


 私の答えにカーラさんは、くふふ、と笑った。変な笑い方だな、なんて思っていつつ彼女を見ると、彼女は両手で口元を抑えている。心底楽しそうに、面白そうに、笑っていた。


「……貴方ってやっぱり、あの方がとっても大事なんですね」


 他の子に聞いた通り、なんて彼女は続ける。一体誰に聞いたのだろう。ため息を吐きたくなって、でも押し殺して、代わりに私は言葉を紡ぐ。


「……そうですね。きっと、そうなんだと思います」


 その解答に、へぇ、へぇ、とカーラさんはしきりに呟いている。……ツッコミは入れない。


 確かに、大事だ。すごくすごく、大事だ。

 だって、私以外の手でどうこうされてしまったら困る。私が彼女を殺すのだ。だから、私の手で大事にしないといけない。


 ……それが出来ないのなら、私がここにいる意味は無い。





 その後、料理勝負はつつがなく終了した。勝ったのは私とカーラさんのチーム。


 ただ圧勝、というわけではなく、美味しさで言えば拮抗していたらしい。泉さんと忍野さんは、口を合わせてそう言っていた。

 ただ今回はペアでの対決だということで、きちんと2人で分担して作っていた私たちの勝利となったのだ。まあ言葉ちゃん、包丁で指切るわ皿割るわで、いい出番なかったよな……。


 にしてもあの言葉ちゃんとペアであり、きちんと1人でカレーを作りあげた大智さんは、本当に料理が上手いのだな、と思った。本人は料理を褒められた時、そんなこと……などと言いながら、噛み殺せていない笑みを見せ、体を揺らしていたが。

 あとは普通に皆でカレーを食べて、その日は解散となった。オチ? そんなものはない。



 ああ、春松くんがやたらとニヤニヤしていた意味は分かった。彼は言葉ちゃんが料理が苦手だということを知っていたのだろう。言葉ちゃんはカレーを食べつつ、あの野郎シメる、なんて呟いていたので、もしかしたら春松くんはシメられるのかもしれない。

 まあ私には、関係のない話だ。





【第32話 終】





第32話あとがき

https://kakuyomu.jp/users/rin_kariN2/news/16818093074864269844

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