第35話「文化祭準備【前編】」

友人からの頼み

 私たち「湖畔隊」に与えられた最重要任務、「今世紀最大の凶悪異能犯罪者、通称『五感』と呼ばれる人たちを3ヵ月以内に全員捕まえる」というもの。その内、「視覚」と「聴覚」を逮捕し……。


「聴覚」の任務中、「湖畔隊」の1人であるカーラ・パレットさんの、主人格が目覚めた。そして新たな異能の効力を手に入れ、今後の「湖畔隊」での活躍が期待されている。カーラさんもその自覚があるのか、異能力の練習に熱心に取り組んでいた。

 そして、「聴覚」の任務から1週間が経ち。


 私──伊勢美いせみ灯子とうこの通う高校、明け星学園では、文化祭準備期間に入っていた。





 そういえば私の本業は学生で、決して異能犯罪者と死闘を繰り広げることが日常ではないのである。たまに自分で忘れてしまいそうなのが、毒されていると言うべきか。……うん、怖い。


 転校してきた時に思っていた「平穏な日々を送りたい」から、随分と離れてしまったな……なんて思う。……本当に、困った話だ。

 まあ、転校初日……あの生徒会長に出会ってしまった日から、私の平穏な日々はもう、全部終わっていたのだろう。



 私はスマホと財布、それだけの荷物だけを持って、学校へと向かっていた。というのも、文化祭準備期間は授業が全くなく、丸々1日を文化祭準備に使えることが出来るという……そういう期間だからである。だから教科書を持って行く必要は無い。

 ……まあ、だからといって私は文化祭の出し物に参加をする予定はない(正確に言うと1つあるが、私は当日以外ほとんどすることはないので)し、本当はこの期間に行く必要は無いのだけれど……。じゃあ何故学校に向かっているのかと聞かれれば、それは。


「あっ、灯子ちゃん! 来てくれてありがとう!」

「……いえ、まあ、暇でしたしね」


 私の友人である持木もてぎ心音こころね……ココちゃんに呼ばれたからである。


 ココちゃんは私に柔らかな笑顔を向けていて、心なしか私の表情も緩んでいくのが分かった。そのことを少し気恥ずかしく思いつつも、それで、と呟く。そのまま、少し視線を彷徨わせると、ココちゃんは大きく頷いた。


「あそこに並べてあるのが、試作品だよ。食べて、感想を聞かせてもらってもいいかな?」


 ココちゃんの問いかけに、私は頷く。

 私がやって来た教室……調理室には、甘い香りが漂っていた。



 これは私も最近聞いたことなのだが、どうやらココちゃんは、スイーツ同好会というものに入部した、らしい。最近作られた部活で、その初期メンバーとして声を掛けてもらったと。


「今まで、ほら、あたし、目つきとか口調とかキツいし、だからそういう、部活とか……避けてたんだけど。せっかく声を掛けてもらったし、それに……あたしももっと、人の輪を広げたいと思うようになったから……思い切って、入部してみたんだ!」


 それに、お菓子作りとか好きだしね。と、そう言ってココちゃんは笑っていた。その笑顔はとても楽しそうで、嬉しそうで、その選択は彼女にとってとても良いものだったのだなと、そう分かった。

 ちなみに、と当たり前のように近くにいるココちゃんの義兄……持木もてぎ帆紫ほむらくんの方を見たが、彼も嬉しそうに──どこか複雑そうにも見えたが──彼女の話に相槌を打っていた。


 で、文化祭では部活で1つ出し物をするものらしい。まあ別に出さないといけないというルールはないのだが、皆何かはやろうとするのだと。……スイーツ同好会もそれは例外ではなく。新部活の宣伝も兼ねて、今回の文化祭で手作りスイーツを販売するらしい。しかも、見栄えがするような新しいアイディアのあるスイーツを作って売ろう、という話になったらしく……スイーツ同好会は、試作品作りに明け暮れていた。

 だが自分たちで食べ続けると飽きてくるし、段々自分の感覚が信じられなくなってくる。だからスイーツ同好会には関係のない人に試食してもらおう! ……ということで呼ばれたのが、私である。


 カップケーキやクッキー、洋菓子から和菓子まで、本当に様々なスイーツが並んでいる。しかもその全てが、キラキラしているというか。可愛いと言うべきなのだろう、これは。……あまりそういう感性がないため、呼ぶ人を間違えていないか? と思いつつ、私は片っ端からスイーツを食べていき、渡された点数記入用紙に5段階評価を付けていく。正直、どれも美味しいが……。


 全種類を試食し、お腹も満たせたところで、私はココちゃんに点数記入用紙を返す。ココちゃんは私に笑顔でお礼を告げた。他の、名前も知らないスイーツ同好会の2人もお礼を言ってくれる。私はあまり自分の評価に自信がなかったので、曖昧に笑って返しておいた。


「あの……伊勢美さん、試食してもらったうえで申し訳ないんだけど……もう1つお願いしても、いいですか?」

「……はい、何でしょう」


 そして、名前も知らないスイーツ同好会部員の女子生徒の方に手を合わされる。私は彼女の方を向き、首を傾げた。


「その……伊勢美さんって、人脈広いよね? あと……3、4人くらい、試食出来る人に心当たりないかな? 私たち……ね、その、あんまりそういうの気軽に頼める友達がいなくて……」

「……ああ……」


 後半、控えめな口調で言われたことにどう返せばいいか分からず、私は何とも歯切れの悪い返事をする。ココちゃんとスイーツ同好会の男子部員の人は、露骨に気まずそうに目を逸らしていた。

 ……失礼な言い方になるが、ココちゃんがこの部に誘われたのはたぶんそういうことなのだろう……と、勝手に予想してしまった。実態が違ったら、それこそ申し訳ないが。


 あと3、4人くらいか。そう思って、悩み。


「……1人、すぐ来れそうな人に心当たりと……少しここに来るまで時間はかかりそうですが、暇そうな人2人に、心当たりがあります」

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