生徒会長の演説

『じゃあまあ、前置きが長くなっちゃったけど!! 本題はこちらだよ~……先輩、カモンッ!!!!』


 聞き慣れた声の、そんな言葉が聞こえた。


 私が扉を開いた先、その直線上にある壇上に、言葉ちゃんが笑って立っていた。その手にはマイクがあり、意気揚々と話している。カモン、というその言葉通り、舞台袖に向けて手を差し出していて。

 ……先輩、というのは……。


 私が考えていると、言葉ちゃんの視線がこちらを見た。そしてさり気なく、それとなく、微笑まれる。だから私は、軽く頭を下げておいた。


 そして体育館の床に、思い思いに座ったり集ったり壁に寄っかかったりしている生徒たちから、わっ、と軽い歓声があがった。……まるでアイドルが登場したみたいである。


 言葉ちゃんの横に現れたのは、私の予想通り……青柳あおやなぎいずみさんだった。


『えーっと……はい。2、3年生の皆は久しぶり。1年生や転校生の皆は初めまして。……小鳥遊の1つ前の生徒会長を務めていました。青柳泉といいます。……よろしくね~』


 言葉ちゃんからマイクを受け取った彼は、へらっと笑いながらそんな風に告げる。するとまた、軽く歓声があがった。……この人、アイドルか何かだったのだろうか。


『で、えっと、なんか小鳥遊に呼ばれたはいいんだけど、俺もなんで呼ばれたか知らないんだよね。皆、知ってる?』


 泉さんは辺りを見回しながらそう言う。すると生徒たちの間から、知らない~。先輩も知らないの~? と、レスポンスが返ってきた。それを聞くと、困ったなぁ、と泉さんは苦笑いを浮かべる。

 ……つまり「大事な話」とは、泉さんに関係があること、ということか? でも本人も知らないって、一体……。


 それに回答を用意していそうなのは言葉ちゃんくらいだろうけど、その肝心の言葉ちゃんは壇上から姿を消していた。明らかにどうすればいいか分からなくて、泉さんが困っている。


『これって……場を繋いでおいた方がいいのか……? ……えー、俺にはハードル高いんだけど……』

「頑張れー!!」

「なんか面白い話してー!!」

『うっ、ありがとう? ……そのフリやめて!? 余計ハードル高くなるじゃん!! えっと……どうしよ、マジで。んー……俺が卒業してからの話でもする? そんな話興味ある? 面白い?』


 生徒たちからの野次応援もあり、泉さんが必死な様子で言葉を紡ぐ。クスクスと笑いつつも、そこに悪意はなく──いや、どこか混じってそうな雰囲気もあるけど──生徒たちは彼の提案に頷き、その話の先を待っていた。


『興味あるならいいんだけど……後からつまんなかったとか言わないでね? 俺泣いちゃうから。……じゃあ、この話から──』

『はーいただいまっ!! ごめんね~、もう1個のマイクを探すのに手間取っちゃってさぁ』


 泉さんが話し始めようとしたまさにその時、言葉ちゃんが舞台袖から意気揚々と戻ってきた。……だから、生徒たちも泉さんもその場でずっこける。泉さんなんて、演台に頭をぶつけていた。とても痛そうだ。可哀想に。


『あ、ああ……お帰り……』

『先輩の話は後で聞かせてね~』

『嫌だよ恥ずかしい!!』


 ケラケラと笑う言葉ちゃんに、泉さんは真っ赤になりながら返す。そして額を手で抑えていた。相当痛かったのだろう。


『で、本題に戻るよ~』

『はい……俺が呼ばれた理由も気になるところ……』


 涙目になっている泉さんを差し置いて、言葉ちゃんは演台に手を置く。


『皆……夏休み前にあった事件のことは、詳細に話してあるから知ってるよね。理事長が生徒たちを脅して、僕たちの仲を引き裂こうとした。異能力軍隊なんて、馬鹿馬鹿しいものを作ろうとした。……一生モノの傷を体や……心に負った人もいると思う。学校に来るのが怖くなっちゃった人もいると思う。この後どうなるか分からなくて、不安に思ってる……そんな人が、多いんじゃないかな』


 先程までのふざけた調子とは一転、言葉ちゃんは真面目なトーンでそんな風に問いかけてきた。すると生徒たちの顔からも笑顔が消えて。真面目な表情で言葉ちゃんを見続ける人や、隣にいる人と顔を見合わせる人、俯く人、様々な人がいるのが窺えた。

 ……大事な話、か……。


『僕は生徒会長として、この夏休みの間、君たちに安心して明け星学園に通ってもらえるよう……努力したつもりだ。それでも、微々たるものだと思う。いつも通り、ここは皆の活気に溢れていて……自由で、いい学校だと思うけど、でも、何かが変わってしまった。それを、完全に元通りに戻すことは……正直、不可能だと思う』


 ざわ、とその場の空気が波経つのが分かる。つまり、生徒会長はその問題を放り投げたということか? そんな声が聞こえてきそうだ。

 だが言葉ちゃんは、でも、と言い、小さく深呼吸をしてから続けた。


『僕は、この学校が好きだよ。すっごく。そして大半の人にも、そう思ってもらえてると思ってる。……元通りにすることは不可能だ。だから、。前よりも、ずっとずっと、いい方向に!! それで、新しい明け星学園を、また好きになろうよ!! 元々生徒主体の校風なんだから、僕たちで変えていこう!! 今回の件で負っちゃった風評被害も、全部ぶっ飛ばすくらいの勢いでさ!! ……僕たちはこんなに素敵なんだって。異能力者は全然危なくなんてない、楽しい人たちなんだって、僕たちが証明していこう!!

 ……もちろん、楽な道のりではないと思う。元々険しい道だったのが、今回のことで、もっと険しくなっちゃったかもしれない。でも……僕は、この学園を、そして生徒の皆を、信じてる。きっと僕たちなら、出来るよ!! 楽しく、自由に、野心的に、目指していこう!!』


 ……それは、言葉ちゃんのこれまでかというほどの「思い」が込められた演説だったのだろう。


 あんな事件があって、解決して、それですっかり全てが元通り、だなんていかないのだ。それほど大きな出来事は、心にも体にも大きな爪痕を残す。

 でも、いつまでもそんなものに囚われているわけにはいかないのだ。

 そんなの、癪だし、あいつが脳裏で笑っている気がする。だからこそ。

 僕たちは、前に進まないといけない。


 ……こんなところだろう。


 その場に訪れたのは、静寂で。……言葉ちゃんの強い、深紅の瞳が、微かに揺れる。何かを間違えてしまった気がする。そんな不安が見えてきそうだった。小さく息を吸うような音がして。私はため息を吐く。



 ──パチ、パチ、パチ……。



 私は小さく、拍手を送る。


 体育館全体に響き渡らせる必要は無い。ただ、

 すると私の拍手が伝染したみたいに、次々と同じ音が響き始める。あっという間にそれは、拍手の大合唱になった。


 私は手を下ろし、腕を組む。もう私がする必要は無いだろう。


 壇上を見上げると、言葉ちゃんは口を半開きにして呆けていた。だがすぐに肩を上へ、下へ、と時間をかけて上下させる。そして大きく息を吸って。


『……ありがとう』


 か細い声で、そう告げた。

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