可哀想!!!!

 ……だがすぐに、彼はふつふつと、笑い出す。水が沸騰していくように、徐々に、爆発するように。


 笑い出した密香を、花温は奇妙なものでも見るように見つめた。しかし密香はそんなことに構わず、舌の痛みも忘れて、口を開いた。


「賭け……ね。賭けるまでもねぇよ。あいつはここには来ない」

「……へぇ、随分自信があるみたいだね」

「あいつは、臆病な人間だ。でもそれでいて欲張り。……躊躇いながら複数を一気に取ろうとして、結局どれも取れず、中途半端に終わる。……それでも丸くは収まるんだろうけど。……それにあいつは、孤独を何よりも恐れている。そんなあいつが、『湖畔隊』という居場所を捨ててまで、俺を助けに来るとは思わねぇな」


 ふん、と息を吐き出す密香に対し、花温は露骨に不機嫌になっていた。どうしてか、と思う暇もなく、花温が密香の頬を拳で殴る。あまりに突然だったので、密香は思わず小さく呻き声を出す。それで口の中が切れたのか、床には血の花が咲いた。

 焼けるように痛む頬。それを手で抑えることも出来ない。それに伴い、密香も苛ついてきた。


「……君に青柳くんのことを語られると、すごいムカつくなぁ。確かに君の方が付き合いも長いし、関係も深いと思うけど……」

「……よく分かってんじゃねぇか」

「それでも、ムカつくものはムカつくの」


 拳を握りしめながら言われ、密香は閉口する。無闇に煽り散らし、暴力を振るわれるのも面倒だ。異能力で治癒も出来ないし、ここで体力を削るのは得策ではない。

 ……というか、そもそも。


「ていうか、忍野くんの言った通りだとすると……君はこのまま、誰にも助けてもらえず死ぬことになるよ?」


 今まさに考えていたことを、花温に指摘される。思わず舌打ちをしたくなるのを抑え、無視をした。


 泉が助けに来てくれないとなれば、生存率がいよいよ絶望的になる。目の前には今世紀最大の凶悪異能犯罪者の1人が見張りとしている。いつまでかは知らないが、タイムリミットはそこまで長くないと見ていいだろう。異能力が使えないこの状況、現状の打開はほぼ不可能。


 ……しかしそこまで考え、密香はふと思った。何故、誰かが助けに来てくれることを前提に自分は考えているのか。と。


 1人で生きてきたし、1人で生きていくのだ。これまでも、これからも。

 だから誰かの手助けなど不要だし、そうされる必要などない。今回も1人でどうにかするだけなのだ。


 分かってしまう。自分はなんだかんだで、青柳泉という人間に毒されているのだと。彼から影響を受け、自分は歪んでいっているのだと。

 昔は、迷うことなんてなかった。変に悩むこともなかった。


 自分は変わってしまった。

 全部、青柳泉のせいだ。


 ……ああ、こうしてまた、考えている。


 何も反応を示さなくなった密香に、花温は思わず少しだけ笑う。彼のことが可哀想だと思ったのだ。

 彼は誰にも看取られず、1人で無様に死ぬのだ。そして自分は、それを殺す役割で。なんと光栄なことだろうか。


「だったら、私は青柳くんが来る方に賭けようかな。……それで、青柳くんの目の前で君を殺す。素敵でしょ?」


 花温は、密香に手を伸ばす。そしてその顔に、指先で優しく触れて。触れられているところが、熱い。輪郭をつぅ、と撫でると、密香の体がわずかに上下した。……密香は花温を睨みつけ、花温は密香の反応を楽しみ、笑っている。

 花温は、まるで愛撫でもするように密香に触れていく。しかしその行動は「愛」から来るものなどではなく、今自分はこいつの上にいるのだという優越感。先程殴った頬に触れた時、密香が微かに表情を歪めたのを見て、花温の優越感はもっと満たされていく。

 きっと、じくじくと痛んでいる。可哀想に。殺してももらえなくて、特に認識もしていなかった平凡な少女に一方的に触れられて、誰にも助けてもらえなくて、これから死を待つしかなくて。


 ああ、可哀想!!!! なんて、可哀想なんだろう!!!!


 高笑いをしたくなる衝動を抑え、花温はただ微笑むだけに努める。密香を撫でる手は、止めないで。


 分かっていた。自分は平凡な少女だった。それが変わってしまったのは、青柳泉に出会ってしまったから。


 自分はおかしくなってしまったのだ。知っている。

 全部、青柳泉のせいだ。


「……早く、迎えに来てね。青柳くん♡」


 花温は笑う。蕩けた表情で。


 まるで、白馬に乗った王子様でも待つように。



【第45話 終 第46話に続く】





第45話あとがき

https://kakuyomu.jp/users/rin_kariN2/news/16818093084559305396

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