絶望の瞳
僕は電車を乗り継いで、ののかのいる病院まで向かう。……ちょっと遠い高校にするんじゃなかったな、と、入学したばかりなのに早速後悔してしまう。
でも今は、そんなことはどうでもいい。
僕は病院に向かうバスが来るバス停まで辿り着く。次のバスは……20分後か。ベンチに座って待とうと、それがある方を振り返ると。
「やァ。元気?」
「なっ……」
振り返ってすぐのところに、〝そいつ〟はいた。相変わらず不気味な画面を顔に着けていて、そして、笑っている。
どっと、全身の穴という穴から冷や汗が流れ出るのが分かる。恐怖で脚が震える。心臓が耳元で鳴り響いている。……僕は逃げるように数歩下がったが、彼はすぐに距離を詰めてきた。
「あハは。いい反応だネ。僕、嬉しイな」
「っ……」
「君、名前は? 僕、君に興味があるンだ」
そう言うとそいつは、僕に手を伸ばす。──思い出した、ののかが言っていたことを。
こいつの異能力は、手を握った相手の身体状態を自在に操ると。
僕は咄嗟に、持っていた真新しいスクールバッグを真横に振るう。しかし、当たった感触は無かった。
「あッぶないなァ~。怪我しちゃうでしョ?」
「ッ……それ、あんたが言うの……!?」
「言うヨ~。日本語喋れるからネ~」
そう言うと、そいつは手をひらひらと振る。……こちらをおちょくっていることは一目瞭然で、僕は思わずそいつを睨みつけた。
しかしそこで、気づく。そいつの手に、何かが握られているということに。
「……へぇ~、伊勢美灯子、ッていうんだ」
「なっ……僕の学生証っ……」
「ン? ああ、名前が知れたからいいよ!! 返す~」
そう言うとそいつは、軽い調子で僕に学生証を投げて返してきた。慌ててそれをキャッチして。
なんなんだ、こいつ、と、何度も思って来たことを改めて思った。
「あ、僕のことは……そうだなァ……Smileとでも呼んでヨ。ほら、いつも笑顔だシ!!」
「……作り物の笑顔で言われてもね」
「あれレ~? まともに笑うことも出来ない君には言われたくないなァ~」
「……」
確かに、僕は笑顔を見せるようなタイプではないが。こいつが僕の何を知っているというんだ。
「……それで、僕に何の用」
「怖いなァ~、睨みつけないでヨ。……さっきも言った通りだけど? 僕は、君に興味がある」
「……興味……?」
興味を持たれても、欠片も嬉しくなどないが。そんな思いで睨み続けるが、彼はどこ吹く風だ。人工の笑顔を僕に向けながら、言葉を続ける。
「僕はねェ、人の絶望の顔を見るのが好きなんダ!! だから僕は、この異能力を使い続ける。……死の淵で、いつ来るのか分からない痛みに、苦しみに、絶望する様が見たイ!!」
「……」
「でも、あのコ……一星ののかは、他の人とはど~も違ってネ。あのコはなかなか絶望しない。常に笑っている、恨み言も文句も言わない。……それはそれで面白いけど、まァつまらない。だって僕が見たいのは、絶望だかラ!!」
宇宙人の言葉でも聞いている気分だ。何を言っているんだろう、以上の感想がない。
理解できない。こんなやつ……人間じゃない。
そこでふと、そいつが僕の方を見る。作り物の、棒でしかない目なのに、確かに見つめられていると分かる。それが不気味で、僕はまた肩を震わす。
「……でも、君が現れタ。それで、一星ののかは変わったようだネ。……弱くなった!! なんて喜ばしいことだロう、一星ののかは君という大事な人が出来て、弱くなっタ!!」
「……弱く……? 何を、言って……」
「それに君も一星ののかと出会って、変わった。同様に、弱くなっタ!! ……そして君は、一星ののかとは違う。──僕に、絶望を見せてくれル!!」
そしてそいつが取った行動は、1つだけだった。
フィンガースナップ。
それだけで、僕は嫌というほど、今何が起こったのか、理解出来てしまった。
「ッ……!!」
僕はそいつに手を伸ばす。そのまま、襟首を掴んで、あれだけ忌み嫌った異能力を──。
「おッと、こわいこわ~い。駄目でしョ。君の異能力は危ないんだかラ~」
「っ、僕はっ、異能力なんてッ……!!」
「持ってるでしョ? 素敵な絶望──世界を『拒絶』する異能力だ」
拒絶。
その言葉が、胸の中にずしんと重みが圧し掛かる感覚がする。……いや、今は考えてる暇はない!!
僕は何度も、そいつに手を伸ばした。消さないと、こいつを消さないと。
でないとののかは、ずっと苦しみ続ける。
「あハはっ、いいよ、その顔だよッ!! ……何も出来ない、現実を前に立ち竦むしかない、絶望の瞳……!!」
「……うるさいっ!!!!」
苛立ちのままに、叫ぶ。こんなにも必死に手を伸ばしているのに、届かない。そのことに苛つく。
──届かない。
心の中で繰り返す。気づいてしまう。その事実に。
……僕じゃ、届かない。何も、出来ない。
足がもつれた。僕は無様に、地面に倒れ込む。しまった、と思った時には、もう遅くて。
「一星ののか、死んじャうかもよ?」
頭上から、声が掛かる。顔を上げるが、もうそこには、誰もいなくて。
震える足に鞭を打って、僕は立ち上がる。擦った膝が、手が、痛い。せっかく初めて身に纏った制服だってきっと、汚れている。でも、そんなこと、どうでもいい。
「……行かないと」
行かないと。
もうバスを待つ時間もない。僕は勢い良く地面を蹴った。
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