人間関係の架け橋に
その後、話はようやく初任務のことに移り、詳しいところを根掘り葉掘り聞かれた。覚えている範囲のことで、なんとか答えていったけど。
「ふぅん……なるほどな、なんとなく分かった。……ひとまずはお疲れ、
「……どうも……」
予想はしていたが、この春松くんの尋問にも似た質問タイムの方が疲れる。いや、訂正しよう。普通に戦闘とこちらの疲労は別物だ。別の種類だ。
2杯目のホットミルクの、最後の一滴を口の中に流し込む。最後の一滴まできちんと甘く、温かかった。
「……つまり、今回の件はこういう感じで動いていたわけだ。
実行犯たちは、ショッピングモールで行われるイベントの広告員として潜入。カーラ・パレットが見張りをしているはずだったところから普通に入店した。
爆弾の媒介は風船。客たちの手に渡らせることで、効率的に爆発の範囲を広げていった。
計画を実行し始めると、結界生成の異能力者である
こんなところか」
「……そうですね。そんなところです」
相変わらず理解力が高い。私の掻い摘んだ話から、きちんと現場の状況を説明して見せた。……彼は現場にいなかったというのに。
春松くんはいつの間にか出していた羊羹を優雅に食べながら、ふぅん、と頬杖を付く。傍らには、ホットミルクが湯気を立てていて。
……合うのかな。羊羹とホットミルク。
「で、お前らは忍野さんにそそのかされて、仲良くなることを決意したってわけか」
「……前途多難な予感しかしませんが」
「うん、同感。……パレットと
「……別に……誰とでも仲良く出来る、という感じは……あまり……」
「あ、マジで?」
春松くんの言葉に、私は頷く。……だってそれは、
きっと、表面上で仲良くすることは得意なのだろう。でも、一度嫌いになったら、その差は顕著に表れる。
要するに、好き嫌いがはっきりしている人なのだ。……と、思う。
誤魔化すように、3杯目に手を付け始めた。ずっと喋り続けているから、喉が渇くのである。
「……ま、あの人、好き嫌い激しいもんな」
心の中で思っていたことと近しいことを言われ、やはりこの人、心でも読んでいるのではないかと思う。だが彼は静かに羊羹を切り分け、涼しい顔をしていた。
「前までは暗かったって話はしただろ。本当に、自分が慣れ親しんだ人以外への人見知りがすごかったよ。社交的とは本当にかけ離れた感じで」
「……へぇ……」
「あの人は努力して、世渡りの術を身に着けたんだ。それは劇的で、痛々しくて……鮮烈な、変化だった」
「……」
彼は言葉ちゃんのことを、昔馴染みだと言った。……そしてこの口調的に、その変化を、近くで見てきたのだろう。
ずっと。
「……その、前の話の後、『これ以上は話さない』って言ってませんでしたっけ」
「別に、その時は話さないっていう選択をしただけだ。未来はどうなるか分からない」
「……ああ、そうですか……」
なんとも遠回しな、そして少し浮足立っているような言い方に、そう返す。
……何だろう、この人、言い方がいちいち仰々しいんだよな……。
少し疲れる、なんて思いながらホットミルクを飲んでいると、だからさ、と彼が切り出した。
「お前が懸け橋になってやれよ」
「…………は?」
思わず聞き返してしまう。すると彼は苦笑いを浮かべつつ、そのまま私を見つめた。
「本当はあの人、人付き合い上手くないし、パレットも尊さんも、あの人にとっては『嫌い』寄りだし。……そこからの挽回は、他の人が思うより難しい。例え意識してたとしても、だ」
「……それは……分かります、けど」
「だろ? ……後は、泉さんは立場上、あまりお前らに関わってこない。つまり言葉さんは、あの中で『嫌い』に囲まれていて……まあ、『孤独』なんだ。常に気が抜けない環境で、疲弊は免れないだろうな」
「……」
作戦会議の時を、思い出す。
あの時言葉ちゃんは、2度も私の肩を使い、休憩をしていた。それだけじゃない。彼女はあの場で、いつもよりも私に笑顔を向けていたし、距離も近かった。本音を聞く機会も増えたように思う。
……それはやはり、あの場で彼女にとって一番信用できるのが、私だから。
「……」
……いつか殺そうと考えている人にそういった感情を向けられるのは、なんか、居心地が悪い。
まあ確かに、勝手に疲弊されて、それがなんか彼女の行動が暴走する原因になって、取り返しのつかないことになったら……と、そんな可能性を考えるだけで面倒だ。しかも割とあり得そうなのが更に面倒である。
……やってもやらなくても、結果的に面倒になるなら、やるしかない、か……。
「……分かりました。今は彼女の人間関係構築のサポートをしつつ、私も彼らと仲を深める方が先……ということですね」
「ああ。お前だけが強くなったとしても、仲間との信頼関係の未構築は、足を引っ張りかねないからな。……それにお前は、もうだいぶ強くなったと思うよ」
素直なほめ言葉に、私は黙る。すると春松くんは、にっと笑い……手を伸ばして、私の頭を撫でた。
「だって、ほぼ1人で任務を達成したんだろ。並大抵の人間に出来ることじゃない。……よくやったな」
「…………どうも」
ポジティブな言葉は、浴びさせられ慣れていない。なんだか気恥ずかしくて、さり気なく手を払いのけつつそう言った。
彼は私に振り払われるがまま手を下ろすと……すんっ、と、その顔から笑顔が消える。そしてその仏頂面のまま。
「……でも、強くなったからって慢心するなよ」
「……強くなったという自覚がないので、大丈夫です」
「そうか。……まっ、例え自覚が出たところで心配はないだろうよ。お前の性格的に」
それは果たして、褒められているのか、貶されているのか。いや、ただの事実確認か、なんて思い直した。
「じゃ、いつまでもここにいても仕方がないな。……どうせ今も、向こうには皆集まってるんだろ? 行って来いよ」
「……そうですね。お願いします」
「自力で行く気ねぇな……」
「今から行く時間と労力をかけるのは、面倒です」
それに、魔法の方が便利だし。そう言うと、彼はため息を吐いた。そして甘やかしすぎたか、なんて苦笑い交じりに呟く。……が、魔法の杖を取り出してくれたので、やはり甘い。
私はもったいなく思い、3杯目のホットミルクを全て飲み干す。……それから顔を上げると、春松くんは頭上で杖を円状にクルクルと回していた。そして私の準備が整ったのを見たのか。
「……〝言葉さんのところに行けるようになーれ〟」
相変わらず棒読みで、魔法少女のようなセリフを唱える。
杖から溢れた光が私に向かい、その光に包まれ──目を閉じた。
目を閉じていても分かる、眩しい光。……その光が引いたと分かり、ゆっくり目を開けると。
「……
「……魔法が便利すぎるんですよ」
そこにはやはり、言葉ちゃんがいて。春松くんに届けてもらったと分かっているのだろう。呆れたようにこちらを見つめている。
そして私の悪びれない様子を見て、更にその瞳がもの言いたげに細められていくのだった。
……その様子に、案外平気そうだな、と思ったのは、心に秘めておこう。
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