忍野密香~生きる理由~
そこから泉と少し歩き、記憶が飛ぶ。密香は柔らかなベッドの上で目覚めたので、途中で気絶をしたのだろうと理解した。
体を見ると、包帯が巻かれていたりと、傷の処置がなされている。動くたび、鈍い痛みが走るが……温かい。死ぬ機会を逃したのだと、分かった。
そして泉はというと、自分が寝ているベッドに椅子に座りながら突っ伏し、眠っていた。起きた時腰が痛くなりそうな体勢だな、と思いつつ、密香はその顔を覗き込む。……こうして落ち着いて見ると、彼の髪も、服も、ボサボサで手入れがされていないというか。目の下にはくっきりとクマがあり、よく眠れていないのが分かる。呼吸は、弱々しかった。
俺より死にかけてるじゃん、こいつ。と、密香は思わず呆れてしまった。
せっかくベッドがあるのなら、と存分に休ませてもらう。そうして泉が目覚めるのを待った。……そして何時間か後、泉が目を覚ましたタイミングで自分も起き上り、泉から話を聞いた。彼は、淡々と話した。
高校から卒業後、対異能力者特別警察に就職したこと。そこで、特別部隊の隊長になったけど、自分が若いせいもあってか部下たちはあまり言うことを聞かないし、上からの圧はすごいし、最近ちゃんと寝られていない。どうしようかとふらふら歩いていたら、お前を見つけた。だから、俺の部下にしようと思った。だそうだ。
とりあえず、泉が精神的に危険な状態だということだけは、その話だけでしっかりと分かった。俺の部下にしようと思った、という話が突飛すぎる。
だがすることもないので、密香はそれを了承した。こいつの部下なんて、という思いもあったが、暇が潰せるなら何よりだった。密香が危険人物だという認識はきちんと残っているようで、表には出ないでほしい、という申し出にも了承した。人目に晒されるほど面倒なことはない。対異能力者特別警察が相手なら、なおさらだ。
そして数日間、泉の様子を見させてもらったが……現状は、泉から聞いた話より、酷い状況だということが分かった。言うことを聞かないどころか、あからさまに泉を邪険にする部下たち。泉を腫れ物かのように扱い、その割に無茶な要望を投げつける上層部。泉は笑って見せていたが、何度も吐いたり、倒れかけて壁に頭をぶつけたりする様子を、見た。
なんか、本当に、勝手に死にかけている。密香はそう思った。
これが、俺が殺したかった人間なのか。こんなに暗いやつだったか。あの時の輝きは一体どこへ行ったんだ。俺はこんなやつにずっと執着していたのか。
……許せなかった。
だから密香は、陰ながら現状を解決させることにした。再び泉のあの輝きを見ないと、気が済まなかった。でないと、俺が泉を殺せなかった、あの日々が、全て無駄になる気がした。
まずは、上層部の弱みを見つけることにした。幸いにも、人から隠れて情報収集をしたりすることは得意だった。そして無事にいくつか入手すると、それを匿名で上層部に送付。特別部隊にあまり構うな、という文言付きで送ると、上層部からの声は静かになり、任務の連絡だけになった。
次に、泉の部下たちに泉の長所の情報を、それとなく流した。そうして深層心理に刷り込ませれば……ここからは、泉の努力次第になるが。
また、泉には煙草を教えた。初めは抵抗していたものの、徐々にその快楽にハマり、適度にストレスの捌け口にさせられたようだ。
あとは……お前らしく接すればいいだろ。と、それだけ言った。どうせこいつは、馬鹿が付くほどのお人好しで、優しいせいで自分が苦労して、でも、そんな姿に人々は惹かれる。それが、分かっていた。
結果的に、密香の働きかけは全て上手くいった。泉は徐々に調子を取り戻し、部下たちとも上手くいくようになり、上層部とは適度な距離を取り、「湖畔隊」なんて名前も付けてしまって。楽しそうに、やるようになった。
まあそうなったら、俺の役目も終わりだろうか。と思ったのだが。意外だったのは、泉がそのまま密香を個人的な部下として上層部に報告したことだった。
そんなことを言ったら、弱みになることは明白なのに。せっかく築いた安定が、崩れてしまうではないか。密香の相談もなしにそんなことをやり、密香は驚いた。
だけど泉は、やってしまった。
泉は、密香に笑いかけた。
「お前は、俺の部下だから。俺といることは絶対。いいね?」
偉そうな言い様に──否、上司としては何も間違いではない態度だが──密香はイラッとしつつ、笑い返す。
「いつか絶対殺してやりますよこのクソ上司」
それは楽しみ、と泉は楽しそうに返す。そんな飄々とした態度に、やはり密香は苛立って。
それでも、泉に生かされ、泉を生かし、泉を救い、泉といて……密香は、生きる理由が出来てしまった。
やはり俺は、こいつを殺さないといけない。そうしないと俺は、気が済まない。
でも、今じゃない。……こいつは、俺にはないものを持っている。でもそれに気づいていない。自分がいかに恵まれているのか。いかに幸せなのか。こいつが、気づいてから。
自分が世界で一番幸せだと、泉が胸を張って言えるようになった時、俺はこいつを殺そう。
そう、決めた。
だから今は、こいつにどれだけ苛つこうとも、殺したくなろうとも。俺はこいつを守り、こいつを導き、こいつを……幸せにしてやるんだ。
それが密香の生きる理由で、泉の隣にいる理由だった。
【第46話 終】
第46話あとがき
→https://kakuyomu.jp/users/rin_kariN2/news/16818093085623034483
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