円の中心の言い争い

 私は校舎内を歩き1人、困った、なんて思った。

 というのも私は、言葉ちゃんとココさんがどこにいるのか知らないのだ。先程私が墓前先輩に言った「スマホで連絡を取ればいいのに」というセリフが、そっくりそのまま私に返って来たような感覚がする。私、言葉ちゃんの連絡先、持ってない。

 ……言葉ちゃんどころか、この学園にいる人の誰の連絡先も持ってないんだけどね……。

 どうするか、と考えつつも、宛もなくとりあえず歩きまくる。それは今日言葉ちゃんを探したように、再び色んな生徒に言葉ちゃんの所在を尋ねようと思ったからだ。あの人は、そこにいて息をしているだけで目立つ。目撃情報もほぼ絶えないだろう。

 ……というか私、言葉ちゃんを探すの今日で2回目……。

 そんなことを考えながら、私は校舎内を練り歩いていたが……。



「……いない……?」



 私は1人、そう呟いていた。


 いない。誰もいない。いつもなら騒がしい生徒の声がしているはず。なのに今日はこんなに静かだ。授業時間は終わっているから、生徒数が少なくなる、というのは不思議な話ではないけど……。それにしてもこれは、人がいなさすぎる。一体、何があったのだろう。

 教室を覗くと、いくつか荷物が放置されたりしている。……どうやら、帰ったわけでもないようだ。だったら、どこかへ向かったと考えるのが妥当。……どこに?

 考えていても仕方ない、と、私は歩みを進める。いつも騒がしいこの学園が静かなのは、別館を歩いた時より怖かった。……いや、別に別館は怖くなかったけど。


 しばらく歩くと、人の声が聞こえた。ようやく誰かがいるらしい。……その声の内容は、上手く聞き取れないが……。

 ……何かを言い争っている……?

 まさか、また持木くんみたいな生徒が現れたんじゃ……。


 その可能性に気づき、私は思わず小走りになる。恐らくそこには、言葉ちゃんがいる。私にはその確信がある。……だってあの人は、「皆の味方」だから。……そんなあの人が、誰にも負けるはずがない。……わかっているけど。


 やがて人の姿が見える。それも、1人や2人じゃない。……もっと大人数。この学園に今いる人が全員集まっているんじゃないか、というほどの人の数だ。

 ……いや、本当にそうかもしれない。

 ……墓前先輩以外。

 どうやらその生徒たちは、誰かを囲っているらしい。中心に数名、騒ぎの中心人物がいる……。私は近くにいた生徒に声を掛けた。


「……あの、これ、何が起こってるんですか」

「え? ……ああ、転校生じゃん。丁度良かった、あれ止めてくれば?」

「……何か事件とか?」

「違う違う」


 生徒は私の予想にあっさり首を横に振る。……確かに一昨日より生徒たちに恐怖の色が無い。……私の考えすぎのようだ。

 ……だったら止めるって、一体何を……。


 と思っていると、その生徒が、この子前まで行かしてあげてー、と軽く声を張り上げた。瞬間、私に集まる目、目、目。私は思わず、ひゅっ、と息を呑んだ。目立つのは、嫌いなんだって……!

 すると生徒たちは私のために道を開けてくれる。さながらモーセだ。きっとモーセはこんな気持ちだったのだろう……なんて現実逃避をしながら、私は背を押されて前に進む。やがて円の中心に来て。そして。



偲歌さいかがそんな非義非道なことをするわけがないじゃないですか!!」

「だーかーらー!! 僕は君にじゃなくて君の後ろのひじりさんから話が聞きたいの!! 瀬尾せおさん、どいてくれる!?」



 ……2人が、言い争っていた。


 一方は毎度おなじみ、明け星学園の生徒会長、小鳥遊言葉。

 もう一方は……黒髪を高くツインテールにした女の子。どこかのおしゃれな制服を身に着けている。深緑色のブレザーと短く折られた灰色のチェックのスカートが、とても彼女に似合っていた。

 そしてその少女は強気に眉を吊り上げ、言葉ちゃんを睨みつけている。その背に誰かを庇って。

 その庇われている人は……女か男か、判別がつかない。それほど中性的な顔をしていて……そして何より、その人物は私も息を呑んでしまうほど美しい顔をしていた。この世にある美しいもの全てをかき集めたら、こんな顔になるのではないか……そう思うほど。


 そして悟る。どうやらこの2人は、この人の取り合いをしている……と。


 そこで何故か、ツインテールの人と目が合った。え、何で。と思ったのも束の間。何てことはない。私も円の中心に辿り着いたからだった。


「貴方は……転校生の……?」

「……えっと……」


 私は冷や汗を流しながら、今この場で言うべきことを考える。止めてくれば、と言われたが、具体的にどう止めればいいのか。そもそもあの人たちは私にどんな展開を求めているんだ。ああ、わからない。もう考えるのも面倒くさい。

 そうして思考を放棄した私は。


「……目立つの……嫌なので……言い争い、やめませんか……」


 力のない声で、そう告げるのだった。


【第4話 終】

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