「何か」の正体、事件の真相




「……すぅちゃんが怖がっているのは……ボク、なん、だ」




「…………………………は?」


 その発言に、言葉は耳を疑う。


 瀬尾が怖がっているのは、自分だ。

 聖は、そう言った。


「ボクが……ッ、ボクが悪いんだ、ぜんぶぜんぶ、ボクがっ……!!」

「ちょ、ちょっと待って、ちゃんと説明して!!」


 焦るあまり、言葉は声を荒げる。聖はただただ、肩を震わせて泣きじゃくっているだけだった。


 瀬尾さんは、聖さんを怖がっている? まさか、そんなことがあるのか? 傍から見てもあんなに仲が良さげな、お互いに信用を置いている、この2人が。片方は、もう片方を怖がっていたというのか? そんな風に、言葉の頭を、「?」が埋め尽くす。


「ボクは……っ、知っちゃったんだ、……。でも、それを言っちゃうと、すぅちゃんがあぶない目に……」

「……!!」


 犯人を、知っている。その決定的な発言に、言葉は反射的に食いつきそうになる。しかし、ここは我慢だ。ここで急かしてはいけない。自分に、言い聞かせる。急かしすぎてこの前のような戦闘を起こしてしまったことを、気にしてのことだった。


「……ボクは……っ、ただ少し、そのへんを歩いてた、だけなんだ。その時、へやから話し声が聞こえて……そこでは、2人の人が、話してて、わざと、使、がくえんの空気を変えるって……かくめい、を起こすって……」

「わざと異能力を、人が危険になるように使う……? 待って、じゃあ、異能力者は暴走させられていたんじゃなくて……」


 言葉は、息を呑む。まさかそんなことが、有り得るのか。



「自分から、他の生徒を傷つけに行っていた、ってこと……?」



 誰かからの強制ではなく、自らの意思で、異能力を暴走させた……いや、暴走しているように見せかけた。


 聖は、小さく頷く。嘘だと思いたかった。しかし、嘘を見抜ける彼女であっても、聖の言動からその様子は見られない。


 それが意味するのはやはり、「暴走など初めからなかった」、ということだ。


 帆紫や、せんのことを、言葉は思い出した。あんなに家族思いで、友達思いなあの2人も、暴走など一切していなかった。……自分の意思で、大事な人を、裏切った。

 気が遠くなってくる話だ。そうは思いつつも、言葉はゆっくり深呼吸をする。ここで嘆いて、話の腰を折ってはいけない。一刻も早く、自分は、真の黒幕をとっ捕まえなければいけないのだ。


「……それで?」

「あ、えっと……」


 言葉が先を促すと、聖は少し驚いたように目を見開く。そして、また口を開いた。


「もし、それにきょう力しないのなら、大切な人をきずつけるって……そう、言われてた」

「……」

「大切な人がいる人で、こうげき力のすごい人が、ねらわれてたみたい……1人になった時に、よび出して、そんな話をして……」

「……」

「ボクは、話を聞いてたことが、バレちゃって、それで、もし、このことをだれかに話したら、すぅちゃんがどうなるかわからないって……」


 そう話す聖の瞳に、再び涙が溜まる。その時のことを、思い出しているようだった。


「それで、そのかえり、すぅちゃんに会って、それで、すぅちゃんはやさしいから、ボクにどうしたのって聞いて、すぅちゃんの前だから、ボク、ウソなんてつけなくて、でも、言ったらすぅちゃんがあぶないから、だから、ボク、だからっ……!!」


 聖の瞳から、大粒の涙が零れる。膝の上で固く握られたその手に、聖の涙が落ちて。


「聞かないで、って、何も言わずに、ボクを守ってって、そう、言っちゃって……!!」


 聖の声は、異能力そのものだ。それは、どんな相手に対しても効く。


 例えそれが、とても大事な幼馴染に対してだとしても。


「だからすぅちゃんは、ボクを守る……。ボクの命令は、『ぜったい』だから……どんなに、君のことがこわくても、ボクの命令が、ゆうせんだから……」

「……」


 その涙交じりの独白に、言葉は何も返せない。返せるような言葉を、持っていなかった。


 綺麗な友情、だと思っていたそれは。

 とても歪な繋がりで、出来ていた。

 いや、元はそんなものではなかったのだ。それが、変わってしまった。出来事1つで、容易く覆ってしまった。

 保身のために、友情を捻じ曲げた。


「ごめんなさい……でも、すぅちゃんを守るには、これしかなくて……。ボクは……ボクは、よわいから、こんなやり方じゃないと、守れない……」


 ごめんなさい。その涙の隙間に、1つの願いが挟まる。



「たすけて……大切なものを、うばわれたくない……」



 異能力が意味を成さないこの部屋で。


 その無垢な願いは、無垢だったはずの、どこかで間違えて、汚れてしまった、それでも追い求めた、そんな願いは。


 同じくこの部屋にいる、たった1人に、届いた。


「分かった」


 強制力などなくとも、例えその願い事が、自分の大事な人を傷つけた人のものだとしても。

 言葉は知ってしまった。聖や他の生徒が追い詰められて、大事な人を裏切らなくてはいけない状況になってしまったことを。

 ……自分なら、何があっても、絶対に大事な人のことは裏切らないと、思ってしまうけれど。

 それでも、知ってしまった以上は、放っておくことなど、強く、優しく、そして何より……この学園を愛している言葉には、不可能だった。


「聖さん、教えて。その犯人は誰なの? 僕たちの平穏を脅かす、そいつは……!!」


 言葉が聞くと、聖は少し口を開き、一旦閉じる。……やがて深呼吸をし、告げた。


 ある人物の、名を。


 その名を聞いた時、言葉の頭は真っ白になった。何故なら、その人物が事件を起こしたなど、信じることが出来なかったから。それほど言葉は、その人物のことを、信用していたから。


 そして、思い出す。





 

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