第十八話 店番 一

 翌朝、俺達は依頼書をもって市場いちばへ来ていた。

 いつもの恰好かっこうで目的地へ向かう。

 つやのある黒いショートポニテが特徴のケイロンとなんの特徴もない俺だ。

 歩くごとに「お、おい。あれ誰だよ」「あんた……早く準備しな」等のようなやり取りがされている。

 みなさん見間違っているようで。

 彼は男ですよ、男。


 美少女に見える美男子を横に俺とケイロンは目的である熊獣人夫婦がやっている店へと辿たどり着いた。


「すみません」

「あ~まだ開店前なんだ。開店まで待ってくれ」


 声が売店ばいてんの裏から聞こえる。

 簡易的かんいてきに作られてこの売店ばいてん奥行おくゆきがあり、意外と広い。

 そしてどうやら裏口うらぐちような物があり、とびらがある。

 前はそこからベアおばさんが出てきたんだっけ。

 しかしどうやら俺達を客と間違えているようだ。訂正ていせいしないと。


「俺達、冒険者ギルドの依頼で来たのですが」

「お、依頼を受けてくれたのか!!! 」


 依頼、という言葉に素早く反応して扉をガバッ! と乱雑らんざつに開け受付まで来た。


「お、この前の! お前達が受けてくれたのか! 」

「ええ」

「そうかそうか、助かった」

「「助かった? 」」

「もうすぐ売りに出す用の蜂蜜はちみつが切れそうなんだ、これが。だから取りに行こうって思ってよ。店を開けるわけには行けねぇし、最悪一人で行こうか考えていたんだが……そうかそうか、受けてくれたか」


 いかつい顔に満面のみをかせながらそう言う。

 腕をみ、うんうんとうなずきこちらを見ている。

 店番みせばんを受けるだけでこの喜びよう、どれだけ切羽せっぱまってたんだろう。

 物凄い売れていることは分かるが……やっぱりどこも人手不足なんだな。


「おや、この前フェナちゃんが連れていた子達じゃないか! 」


 俺達が店主に手順を聞こうとすると奥からもう一人大きな影が見えた。


「ベア、こいつらが店番みせばん手伝ってくれるってよ」

「クマツ、そちゃぁ本当かい! 助かるね」


 その声に顔を上げるとそこにはこの前紹介してもらったベアおばさんがいた。

 店主さんの名前、クマツさんっていうんだ。


 自己紹介もほどほどにし、受付での手順てじゅんを教えてもらう。


「この裏にある瓶詰びんづめされてる物を売ってくれ。一応サンプルとして店の前に何本かはおいてあるがすぐになくなると思うからな」


 そう言われ、受付を正面から見る。

 そこには小、中、大と書かれた茶色いびんが並べられていた。

 値段は小が銅貨一枚、中が銅貨二枚、大が銅貨三枚と書かれている。

 しかし値段ほど少なくない。

 少なくとも大のびんは小の五倍くらいはあった。


「だから前においてるもんは売らずに店中にみ上げてるのを売ってくれ」

「もしまんが一店頭にある物がぬすまれたら……どうしましょう? 」


 おい、ケイロン。不安になるようなことを言わないでくれ!


「大丈夫だ。持ち上げて見てくれ」


 そう言われ、俺が大のびんをケイロンが小のびんを持ち上げる。


 ぐぐぐぐぐ……。

 重い……。

 何だ、これは?!


 ケイロンの方を見るが、向こうも持ち上げれないようだ。

 小ですら持ち上がらないとはっ!


「ははは、盗難とうなん防止だよ。大人の獣人が三人でも持ち上げれないよ。それこそびんを壊さないとぬすめやしないように重石おもしを入れてるんだから」

「最も、俺達相手にぬすもうなんて考えるやつなんていないがな」


 確かに。

 クマツさんやベアおばさんを見てぬすもうなんて考える人なんていないだろう。

 何せ大きいはずの服がパンパンにふくれ上がるほどに筋肉がり上がっているんだから。

 ぬすもうとした瞬間、そのやからはミンチになるだろう。


「あとは、そうだな。後ろの分を売ってくれればいい。その日で売れる量が違うから売れ残っても大丈夫だ」

「そうだねぇ、お金の間違いを気をつけてくれればいいってもんよ」


 そう言い二人は準備をする。

 木製のリアカーを持ってきて、そこに空のびんを置いた。

 物凄い大きさだ。どれだけめてくる予定なんだよ……。

 

「さぁ俺達は蜂蜜はちみつ狩りに行くとするか」

「そうさね、ついでにイノシシでも狩ってくかい? 」

久々ひさびさの狩りデートってわけか」

「ちゃんとリードしておくれよ」


 何やら物騒ぶっそうな単語を放ちながら「後は任せたよ」と言い、リアカーを引いて行った。

 ベアさんを後ろに乗せて。


 ★


 二人が蜂蜜はちみつを取りに行った後、俺達は早速準備を始めていた。


「さぁやろう。服はこのまま……でいいんだよな? 」

「いいと思うよ。何も言わなかったし。それに周りの店を見て」


 ケイロンにそう言われ店の内側から身を乗り出して観察かんさつした。


「あぁ~どこも自由な感じだな」

「多分私服がそのまま仕事服になっているんじゃない? 」

「なるほど」

「さて、帳簿ちょうぼ帳簿ちょうぼっと……」


 ケイロンは店の中を歩き、帳簿ちょうぼを探す。

 俺はそのあいだに受付の上にコイントレイを置いたり、蜂蜜はちみつ瓶に場所を確認したりした。


「あった、あった。デリクは……計算得意? 」

「足し算、引き算そして掛け算までは大丈夫だ!!! 」

「……君を教えた司祭様って何者? 」

「さぁ? でも色々教えてくれたなぁ」


 ジト目でこちらを見るケイロン。

 村を出てたった数日前の事なのになつかしく感じながら思い出す。


「で、計算がどうしたんだ? 」

「これ書ける? 」


 俺が整理された紙束かみたばを見ると、そこには数字がたくさん書かれていた。

 その隣には売り出したものが。


「多分書ける。ようは引いていけばいいんだろ? 」

「そうそう。僕が書こうと思うんだけどもし手が離せなかったら変わってもらってもいいかな? 」

「別にいいよ、そのくらい。それに……」

「それに? 」

「ケイロンが受付に立った方が売れ行きが良さそうだ」


 そうからかう。

 も、もう、と言いながらケイロンは違う作業に移ったがあながち嘘でもない。

 こういうのは美男子がやった方が売れると思うのだ。

 残念なことに。


 前に村の女性に人気な司祭様が女性の行商に村でできた野菜を売ったことがあった。

 その時……いつもより多めに買ってくれたんだ。

 それからというもののその行商は俺達の村へ足を運ぶ回数が増えた。

 理不尽りふじんに思うが、仕方ないのだ。


 売れ行きがまずく、困った時は……。

 と、ケイロンを見てニヤリとする。


「さて、もうそろそろ他の店が回転し始めてるよ」

「あぁ。やろうか」


 こうして俺達は初めてのレジ店員をするのであった。

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