第二百一話 走る激震 一 王都カルボ

 アンデリック達の戦いをはる遠方えんぽうから見る影が複数あった。

 滅国竜の出現。

 それに全員が絶望する。


 しかし被害状況など情報を持ち帰らなければならないのが彼らの任務。

 運悪く、その日バジルにいた彼らは初めて運命というものを呪ったかもしれない。

 だがそれは良い意味で裏切られることになった。

 彼らが事の詳細をギリギリまで見極め情報を持ち帰ろうとしたその時にアンデリック達が滅国竜を打ち取ったからだ。


 その情報を持ち帰るべくある者は自領じりょうへ、ある者は王城へ、はたまたある者は自国じこくへと足を向けるのである。


 ★


「何で……何で」

「それは貴方が道を踏み外したからです」


 滅国竜へ変貌へんぼうしてまで敵を倒そうとしたのに殺されてしまったエカテーは一人霊体となり、気を失い運ばれるアンデリック達を見ていた。

 彼女の体はすでにけ、自身を打ち滅ぼしたものを見下ろしている。


 声がする方を見るとそこには一人の紫色の髪をした魔女風の女性がいた。

 背は高く豊満ほうまんな胸を持ち妖艶ようえん雰囲気ふんいきただよわせる人のような姿をした者ではあるが、霊体であるエカテーを視れる時点で普通の人ではない事は確かである。


「貴方、何者?! 近寄らないで! 」

「そうはいきませんことよ? 何せ私はずっと貴方に目を付けていたのですから」


 どんどんとエカテーの方へ近づいていく女性。

 その得体えたいの知れない雰囲気ふんいきに恐怖しながら後退る。


「まさか、邪神?! 」

「あんな愚物ぐぶつと一緒にしないで。そうね、貴方達の言葉でいうならば『死神』というのが妥当だとうでしょう。訂正ていせいして欲しいわ」

「死神?! それにずっと目を付けていたなんてどういうこと!」


 その正体に驚き、絶望する。

 と、同時に自分が完全に死んだことを認識して色の無い顔を白くした。


「私は最も『死』に近い場所に現れるの。だからこの国で最も『死』が多かったバジルに私がいるでしょ? 」

「な、なら、貴方が人を殺したもののようじゃない! 」

「……。流石邪神の使徒しと魅入みいられる人ね。ひどい言いぐさですわ。私達の仕事は死した霊魂れいこん輪廻りんねに戻したり、罪深き魂を地獄——私達が管理する世界へ送る事。でも貴方は、汚れ過ぎね」


 そう言いうと何もないちゅうに黒い空間が現れそこから大きなかまを取り出した。

 それを肩にかついでもう一方の手でとんがり帽子をつかむと嘆息たんそくつぶやく。


「はぁ。完全に綺麗にするまで地獄で何万年、何百万年かかることやら」

「やめ――」


 そう言い終わる前にかまでエカテーは切りつけられて黒いかまに吸収されていった。

 仕事が終わったと言わんばかりに道具をまた黒い空間に戻すとアンデリック達の方を見た。


「あの子。初めから私の事、視えてたわね。どういうことかしら? 」


 そう言い金色の瞳を細め、深淵しんえんのぞくように視る。

 するとにやりと笑い一人納得した。


「ああ、なるほど。長らく――ったから忘れていたわ。ふふ」


 そしてそこから彼女はいなくなる。

 次の『死せる魂』を求めて。


 ★


 ドンドンドン!!!


急報きゅうほう! 急報きゅうほう! 」

「どうした! 騒がしい! 」


 騒がしいと言いながらも入室を許可するのはカルボ王国国王『カルボ三世』である。

 荒いノックの仕方にドーマ宰相と共に顔をしかめながらも早朝の来訪者をまねき入れた。

 入って来た軽装けいそうの騎士が、不敬ふけいにもかかわらずひざに手を突きながら息を整えようとする。

 そのただならぬ様子に彼を見下ろしながら異常事態であること、認識した。


「一先ず息を整えよ」

「ぜぇ……ぜぇ……。私の事よりも、ぜぇ……報告したいが、ぜぇ……。ございます」

「その様子では報告もままならぬまい」


 これ以上の温情おんじょうを受け取るわけにはいかないと思いバジルからひとっ走りしてきた諜報員は一旦落ち付く。


 そして休憩した後、魔人と滅国竜『カオス・ドラゴン』が出現したことを伝えた。


「……。嘘じゃろ? 」

「本当でございます。突如とつじょ魔人がバジルを強襲。後にカオス・ドラゴンへ変貌へんぼう

「カオス・ドラゴン……。伝承でんしょう上のモンスターが出現?! ありえない」

伝承でんしょう通りの姿でございました! 」


 そう言い敬礼けいれいする騎士。

 カオス・ドラゴンの伝承でんしょう

 それはのドラゴンがある大国を滅ぼした時の伝承でんしょうである。


 その昔一体のドラゴンが当時覇権はけんにぎっていた大国に現れた。

 軍事力に長け、英雄とは言わずともそれにじゅんずる剣士や魔法使いをかかえた大国。


 しかしそれはカオス・ドラゴンの出現で一夜にして滅びる。

 カオス・ドラゴンは様々なモンスターを召喚しばらき国を同時多発的に襲い強襲。

 その外見は体躯たいくに様々なモンスターの頭部を付けたような姿で、一睨ひとにらみすると周囲を混乱させ、毒のブレスを吐くと半刻はんこくたないうちに国民を死亡させたという。


 カオス・ドラゴンについてはまだまだ他の伝承でんしょうもあるのだが大体がこのような話であった。

 故に二人は絶望した。

 だが諜報の騎士はきびきびとした口調で次の報告をする。


「ご安心を! 」

「何を安心するというか! 」

「カオス・ドラゴンは、討伐されましたっ! 」


 ギリギリまでとどまり命の危険から解放された影響か騎士は涙と鼻水を流しながら報告した。

 それを聞き、王と宰相は耳を疑う。


「討伐された? どういうことだ? あれは討伐というレベルのモンスターではない」

「あれはどこかに行くのを待つか、国を滅ぼすかのどちらかしかしないぞ? それを討伐した?! 誰が」


 王が否定し、宰相さいしょうが疑惑半分で討伐者の名前を聞く。


「セグ卿でございます。アンデリック・セグ卿でございます! この目で、確認いたしました! 」


 鼻水をずるずるっとすすりながら報告すると二人は一瞬固まり、動き出す。

 カルボ三世は椅子の背もたれに体をあず天井てんじょうあおぎ、ドーマは違う意味で頭を痛めていた。


 ★


 報告を終えた騎士に休むように指示を出した後二人は顔を見合わせ話し合いとなった。


「……。今年は厄年やくどし、かの? 」

「それは大和皇国のこよみでしたかな? しかし、確かに。王女誘拐ゆうかいにカオス・ドラゴンの出現。そしてそれを同一人物が解決した、と。そう思いたくなるのは分かりますが現実を見ましょう」


 痛い頭を抑えながらもドーマ宰相さいしょうは考えをめぐらせる。


褒美ほうび勲章くんしょうはともかく派閥はばつだ。これは軍閥ぐんばつが黙っとらんぞ」

「もし彼が軍閥ぐんばつに引き抜かれたら、と考えるだけで頭が痛いですね」

穏健おんけん派にとどまるのならばまだ良い」

「そのまま自由に冒険者をしてくれるのならば、それもいいですね」

「我々としては下手へたに軍事力を増強させたと思われたくないのだが」

「カオス・ドラゴンを倒すほどの貴族、となるとそうはいきませんでしょう」


 はぁ、と二人共溜息ためいきをつきまどの外を見る。


「龍人の二のまい御免ごめんですよ? 」

「……。ならば新しく大臣でも作るか? 」

「例えば? 」

「冒険大臣、とか? 自由大臣とか? 」

冗談じょうだんが過ぎますよ。現実を見てください、陛下」


 冗談じょうだんを言い現実逃避をしながらも、こうして二人は寝ずの対策をるのであった。

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