第二百九十一話 誘われてアクアディア 使用人ver.

「「来ましたわー――!!! 」」


 ここはアクアディアの大通り。セグ子爵家の家紋を付けたメイドが二人、大声で叫んでいた。

 それを巨乳文官ヒナがいさめため息交じりに、護衛の武官ハルプに目をやる。

 しかしハルプもどこか上の空のようだ。


「どうしたのですか? ハルプ」

「い、いえ……」

「ハルプさん、ハルプさん! あそこに水龍サーカス団の人気マスコットキャラクター『みずっち』がいますわよ」

「サーカスを見に早く行きましょう! チケットがあるとはいえ、良い席がとられてしまいますわ! 」

「は、はい!!! 」

「……貴方もですか、ハルプ」


 今日はアクアディアに来てから初めて彼女達に与えられた休日。

 ヒナもこの日を待ちに待ったアイナ、サラ、ハルプの気持ちは分からなくもない。

 しかし彼女達は仮にもセグ子爵家の使用人。

 しかも今日着ている服には家紋が入っている。

 ヒナは本来行動をつつしみながら楽しむべきと考えるのだが、問題児達には関係ない。


 ヒナは頭を押さえて彼女達について行き早速アクアディア名物『水龍サーカス団』を観にいったのであった。


 ★


「まさかあのようなことになるとは……」

「予想外でしたわ」

「ヒ、ヒナ……」

「ええ。予想外ですね! まさか貴方達に池に落とされるとは思いませんでした! 」


 龍の仮面を被った三人に水びたしの文官服を着たヒナが怒鳴った。


「しかし悪気があったわけでは」

「あったらなお悪いです! 」

「興奮冷めやまないげいでしたね」

「私はその時池の中でしたけどね! 」

「魔法の多重詠唱。きわめるとあそこまで素晴らしいものになるのですね。感激で涙が出そうです」

「私は涙でいっぱいですが」


 水龍サーカス団を観にいった彼女達。

 いつも抑圧された環境で働く彼女達はここぞと言わんばかりにその芸に熱狂ねっきょうした。

 いや、芸が行われる前から熱狂ねっきょうし盛り上がっていた。

 その横にいたのは不運な文官ヒナ。


 水龍サーカス団の本拠地には池がある。

 これはそこから水を取り出し――王都で見せた以上の――芸を行うためである。

 王都等各地で見せる芸も素晴らしいがこのアクアディアで見せる物は一味違う。

 精密せいみつさもさることながらその規模きぼことなる。 

 これは本拠地にある池の水を使い芸をする為で、外で芸をするときは限られた魔法水のみしか使えないことに起因きいんする。


 そしてこれが今回の悲劇を生んだ。


 彼女は普通の人間で魔法も体術も一般レベル。

 熱狂ねっきょうした武闘派メイドと武官ハルプにもみくちゃにされながら池に落ちてしまった。

 ヒナがいないことに気付かずそのまま水龍サーカス団の芸が開始。

 結局の所、不運なヒナは芸を見ることも叶わず、ただ「水浸しになっただけ」だった。


「さぁ次に行きますわよぉ! 」

「次はどこでしたっけ? 」

「次はプール、というところですね! 」

「「「さぁ行きましょう!!! 」」」


 水浸しのままヒナはプールへ連れていかれた。


 ★


「あまり、です」

「まぁ。気を落とさず」

「そういうこともありますって」

「何でめ物疑惑が発生するのですか! 」

「いやぁ。実際考えると身長に不釣ふつり合いなサイズですし? 」

め物ではありません! 」

「女性である私達は分かりますが……。彼らには少し見極めが難しかったのでしょう」


 彼女達が行ったのはアンデリック達いったプールとは異なり少しグレードが落ちるプールであった。

 そこへ堂々どうどうと入りいざ水着を装着。

 遊び方を一通り教えてもらった彼女達は普通に遊んでいたのだが、そこに声をかけてくる男性達が。

 すらりとした体をした美しい彼女達に引き寄せられるかのようにきたのだが、ふと違和感に気が付く。


 一人だけおかしい、と。


 ヒナは他の面々とは異なり若干身長が低く、そして巨大な胸を持っている。

 一瞬男性陣が釘付くぎつけになるも、そこからどんどんと同情的な目線に変わった。


 何か不快ふかいな視線を感じたヒナはその男性陣にどうしたのかと聞くと「君はそのままで美しい」「それに頼らなくても可愛いと思うよ」などと口走った。


 ヒナは最初何を意味しているのか分からなかったが、徐々に何を指しているのか気付いて男達をプールの藻屑もくずへとかえした。


「せっかくいい男を捕まえるチャンスでしたのに」

「アイナさんは婚約者がいないのでしたね? 」

「ええ。こう見えて日々自身をみがいています! 」


 そう言い胸を張るアイナ。

 しかしそれをみてヒナは「もう少し行動を抑えた方が良いと思うのですが」という言葉を飲み込み愛想あいそう笑いをした。


「皆さんはすでに婚約者が? 」

「ええ」

「まぁ」

「そうですね」

「私だけですのね」


 そう言いながら膝をつくアイナ。

 かける言葉もない。

 かけてしまえば嫌味いやみになってしまう。

 故に彼女達の行動は正解だろう。

 正解の行動をとったからと言って本人にとって正解になるとは限らないが。


「なんで誰も気遣ってくれないのですか?! 」


 大通りで大声で叫ぶアイナ。

 それに苦笑いで返し次へ急ぐ他三人。


「さぁ次に行きましょう」

「わ、私は『みずっち』人形が売ってある場所に」

「私はここでしか食べれないというお菓子を」

「ちょっと待ってくださいまし!!! 」


 今日もセグ子爵家の家臣団はにぎやかである。


———

 後書き


 こここまで読んでいただきありがとうございます!!!


 これで第七章は終了になります。


 面白く感じていただければ、是非とも「フォロー」や目次下部にある「★評価」、よろしくお願いします。

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