第二百九十話 龍と七老害

「アクアディアの小僧こぞうの返事はまだか! 」

「よもや我々の申し出を断るという愚行ぐこうはせまい」


 ここはドラゴニカ王国にある、とある貴族家の屋敷。

 そこには七人の龍人族が顔を合わせていた。

 それぞれ角の色は異なる龍人達が豪華な衣装いしょうまとって円卓えんたくlを囲み、議論していた。


「しかし下手へた反発はんぱつされカオス・ドラゴンを倒した小童こわっぱを取り込まれたら目も当てられませんぞ? 」

「そのための王子との婚約だ」

「しかし一度断られているのだろ? 幾ら王子が想っているからと言っても少しタイミングが早くありませぬかな? 」

「そのようなことは無い。猛烈もうれつなアピール、と捉えるだろう」

「わしはお主のその根拠こんきょのない自身が不安でたまらんわい」


 今日は定期集会。

 老いた彼らはこうして定期的に会い何も生み出さない話し合いをしている。


 今回の議題は先日強行させた王子とアクアディア子爵家との婚約であった。

 王子はすでに諦めていたが他の面々はそうではなかった。

 恋愛に自由、と言えどそこはやはり政治色が入るのが国というもの。

 よって王子は不本意ながらも再度求婚をしなければならなくなった。


 しかし彼らの言い分もわからなくもない。

 彼らが主張したのは初代アクアディア家当主が持っていった軍権の一つの回収。

 これはカルボ王国とドラゴニカ王国が軍事同盟をむすんでいる証明であり、いざという時の為にそこから相互に派兵はへいできるようにしたものだが、そのせいでドラゴニカ王国内で他国の貴族であるアクアディア家が発言権を有してしまった。


 他国の貴族が国内で発言権を行使こうしする、これほど脅威なものはない。

 よってそれを解消すべく婚約を催促さいそくした。


「王子の求婚を断らなければこんな手間てまなことをしなくても済んだのだが」

「そもそも王子との求婚を断ること自体がおかしいのだ」

「左様。不作法ぶさほうにもほどがある」


 ならば自分の娘や孫を差しだせばいいではないか、と第三者がいればそう思うかもしれないが彼らの中ではそうでないらしい。


 ドンドンドン!


 放していると突如、激しいノックの音が薄暗い部屋に響いた。


「なんだ! 」

「騒がしい! 」

「龍人族たるものもっと気品あふれる行動が出来ぬのか」

「入れ」

「失礼します! 」


 大きなノックの音を鳴らして入ってきたのは一人の土龍人であった。

 この屋敷の武官の一人で五百歳、と言ったところだろうか。

 いつもはしぶい顔をしているのだが今はどこか焦った表情をしている。


「大変でございます。七議員の方々! 」

「どうした! 」

「きょ、巨大な何かが空をおおっています! 」


 それを聞き全員が顔を合わせる。

 巨大な何か。

 この五百を超える武人ですら見たことのない何か。


「何かとは何だ! 」

「まず情報を集めよ。モンスターの可能性が高い。訓練通りに迎撃準備だ」

「そ、それが……」


 兵士は老人達の言葉に少し言いよどみながらも前を向いた。


「巨大すぎて全体像が把握はあくしずらく……。多くの兵士が心を折られており……」


 彼らはそれを聞き憤慨ふんがいした。


「これだから最近の若い者は」

「わしらも向かう。せめてこれにかこつけて他の者が襲って来るやもしれん。最低限この屋敷を護れるだけの力は残せ」

「行くか」


 そう言い七人の老いた龍人族は処刑台へと向かった。


 ★


「あ~。なんでこんなことになってんだ? 」


 一人優雅ゆうがてんう一体の蛟龍こうりゅうがいた。

 彼はゼン・ドラゴニル・アクアディア。

 初代アクアディア子爵である。


「兄貴の時はもっと綺麗きれいだったんだが」


 セレスティナとコウの話を盗み聴きしていた時、少しばかし古巣ふるすに不信感を覚えた彼はアンデリックの精神世界を脱出した後、情報収集の為に行動をとった。

 彼は姿を消し、体を小さくし、ドラゴニカ王国内の各貴族家に侵入した時に得た情報によると老人達が自分達の保身ほしんのために私腹しふくやし王子さえ操るようになっていた。


 それにいきどおりを覚えた彼は元の姿に戻りこうして上空をただよっているのだが……ここにきてどうしたらいいのか分からなくなっていた。


 行動を起こせば混乱を起こす可能性がある。

 しかし起こさなければまたもや王族が老害ろうがいの操り人形になるかもしれない。


「ああ! もういい。なるようになれ! 」


【告ル】


 ★


 暗雲あんうんただようドラゴニカ王国王城のテラス。

 そこには多くの護衛に囲まれながらも上空を見るウォルター王子がいた。


「蛟龍……」

「まさか神獣?! 」

「何故神獣がここに! 」

「誰かばち当たりなことをしたのか! 」


 ウォルター王子は見上げながらも太陽の光をさえぎるその龍に見惚みほれていた。

 時々れる太陽の光で照らされ輝く青い鱗に漢らしい隆々りゅうりゅうとした体つき。

 自分にはない物がそこにはあった。


 ウォルター王子はけっして凡人ぼんじんではない。

 分家の一つであるアクアディアのセレスティナが異常なだけで彼も十分に能力値は高く、他の龍人族とは一線をかくす。


 しかしそんな彼が見ても、男が見ても見惚みほれる程の雄々おおしさがそこにあった。


 そしてその龍から声のような物が放たれる。


【告ル——】


 その龍から放たれた言葉に全員が騒然そうぜんとする。


「さっきの聞こえたか? 」

「き、聞こえた」

「まさか、奴らが……」

「有り得ん話ではない」


 後ろで護衛を放りだして議論している部下達をしからず少し笑みを浮かべる。

 少なくともここにいる全員に聞こえた。

 ならばその真偽しんぎはともかく老害共の屋敷を捜査そうさできる、とすぐさま考える。


 龍は必要事項を言い終えた為かその場を離れすぐにドラゴニカ王国に太陽の光が戻った。

 王子はそこから部下の方を向き、一言。


「さぁ老害ろうがい駆除くじょしようか」


 ★


「ドラゴニカ王国で龍神騒ぎ? 」

「ああ。何でも突如とつじょ天が巨大な龍におおわれたそうだ」

「なんだ、そんな嘘くさい話。嘘つくならもっとましな嘘をつけ」

「馬鹿。これは本当だって。そん時いた商人に聞いてみな」


 俺達がアクアディアの町を歩いているとそんな会話が聞こえてきた。

 少し立ち止まり聞き耳を立てる。


「なんでも国をめちゃくちゃにしていた貴族がいたらしくてよ。国内全域にその、名前と罪状が響いたらしい」

「そんなバカな話があるか。ドラゴニカ王国はそんなに広くねぇが、アクアディアよりは確実に広いぞ? それを全域? 」

「ああ。それで国も動いたらしくてさ。どうも、裏で悪いことしてた老人らしく、公開処刑されたらしい」

「デマ……ではなさそうだな。国が動いたんじゃ」

「ああ。今じゃあいつらは七老害と呼ばれて、墓すら作られていないらしいぞ? 」

「ひでぇ話だ」


 ……。


 ゼン様ぁぁぁぁぁぁ!!!

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