第百五十七話 王都のドタバタな日常 三

「そうえいばケリーさんはリンの初心者講習に参加しないのですか? 」

「……あれ以降、俺ははずされた」

自業自得じごうじとくだ」

「どうも経費けいひが掛かりぎるとの事らしい」


 冒険者ギルドの訓練場。ここでは様々な冒険者達が汗を流していた。

 いや正確に言うと彼らは自分のランクに合う依頼の依頼争奪そうだつ戦に負けたか冒険者達である。

 広い訓練場。俺達は周りの邪魔にならないようにすみほうへ行き、ギルドからりた予備の長剣ロングソードを手に持ちケリーさんと対面たいめんしている。


「なぁ、何か前よりも訓練している奴の数、多くねぇか」

「ああこれか。お前さん達がモンスターをりまくった影響で常時依頼が少なくなってな。それでひまを持てあましている奴らだ」

「俺達のせいか?! 」

もとより自分達の意思でモンスターりよりもらくな仕事へ行ったんだ。自業自得じごうじとく。気にする」

「ワタシ達には自由意志がなかった気がするが……」

「んなこまけぇこと気にすんな」


 更に詳しく聞いてみるとどうも例年の数倍上を一パーティーで倒していたらしい。

 そりゃいなくなるわ。そして失職するわ。

 だがケリーさんも言っていたが仕方ない。彼らのつけを俺達ははらわされたんだ。

 文句もんくはケリーさんに言ってくれ!

 それに職自体が無いわけだは無いだろう。

 王都の依頼を見ると雑用ざつようもかなりある。そちらを受ければいいだけの話だ。


「じゃ、はじめるか」


 俺とスミナが武器を片手にケリーさんに向き合った。


「いやいやいや、ちょっと待て。勘違いしている! 今日は戦闘じゃねぇ」

「え? 違うんですか? 」

「てっきり「戦いの中でぬすめ」と言われるのかと思ったぜ」

「ちゃんと教えるって言ったんだ。そんなことはしねぇよ」


 誤解を解くように手を前で振り慌てて説明した。

 コホン、とにぎった拳で咳払せきばらいしてこちらをみる。

 それにおうじ俺達も武器を降ろすが警戒はおこたらない。

 この人の事だ。「警戒をくなんて不注意すぎるぜ」とか言って不意打ふいうちされかねない。


「まずは、『かさね』だ」


 そう言いながらいつのにか訓練場のはしかさねてあった石をいくつか運んできた。

 あ、近くに事務員らしき人がいる。

 ありがとうございます!


「その名の通り、攻撃をかさねて威力を増大させる武技だ。通常、剣ならば斬撃や連撃から派生はせいした先の一つになる」


 そう説明しながら石を軽くちゅうに浮かせ拳でくだいた。


「これが普通の一撃」


 もう一個の――少し大きめの――石を軽く投げ少し速い拳速けんそくで打ちくだく。


「こっちが『かさね』だ。やってみろ」

「「わかるか!!! 」」


 ツッコむと「え? 」と言う表情をしてこちらを見ている。


実演じつえんしたじゃねぇか。後は反復はんぷくして練習するだけだろ? 」

「違います! 拳速けんそくが速すぎて同じに見えるんです! 」

「あれは説明になってねぇ」

「わかった、わかった。こっちも手が少ない時に助けられたこともある。もう一回やるから見てろ」


 そう言い再度実演じつえんしようとしていた。

 今度は目を見開き注意深く、見る。

 実演をじーっと見ているとほんのわずかかだがこぶしがブレて見えた。


「分かったか? 」

「……同じところに二回超速ちょうそくで叩きこむ、ということですか? 」

「おう、そうだ! 」

「初めからそれを言ってくれ……」

「やらないとわからないだろ? 」

「聞いてから見るのと、見るだけじゃ全然違うんだよ」

「ま、分かったのならいいだろ。ハハハ」


 軽快けいかいな笑い声が聞こえてくる。

 そして今度はいくつもの石を持ってきて準備を始めた。

 まさかかさねの練習をする前にみだれもか?


かさねが出来れば後は簡単。『みだれ』もほぼ同じだ」


 そう言いながら複数石をちゅうに放り投げ――一瞬で粉々こなごなにした。

 今度はかなり注意深く見ていたから極小ごくしょうのずれのようなものが見えたが、恐らく普通にこの攻撃を見たら一瞬で複数個の石を粉砕ふんさいしたように見えるだろう。


「えげつねぇな」

「だけどモンスターを倒すのが楽になりそうだ」

「一応の解説だ。『かさね』は威力が増すが『みだれ』は威力が分散ぶんさんするから気を付けろよ? 」

「前にワタシの盾を攻撃していたのは『重ね』だったのか」

「そうだ。加えて『重撃』を『かさね』と『連撃れんげき』でり出していた」


 俺達はそれを聞いて「うわぁ」と後退あとずさる。

 そりゃ課長に怒られるわ。

 これまでよくそれで死亡者が出なかったな。


「『かさね』と『みだれ』はかなり応用が効く武技になる。ま、頑張れ」


 そう言い俺達にを向け手を振りながら入口へ行ってしまった。


「……自主練じしゅれんしろと? 」


 ★


 リンの今日の初心者講習が終わったらしくアルビナが彼女を訓練場へ連れてきた。

 それを確認して俺達は自主練じしゅれんを中断する。

 結局の所、習得しゅうとくは出来なかった。

 これは思った以上に難しい。よう練習だな。


「流石です。リン殿下」

「いえ、この場では一介いっかいの冒険者。殿下は止してください」

「いえ、しかし……」

「リン、でいいですので」


 そう言うやり取りが聞こえてくるが……どれだけねこかぶっているんだ!

 ギャップがすごすぎるだろ!


「終わったか? 」

「ちょ、アンデリックさん。言葉使い」

「構いませんよ。許可を出している、いえ、言葉使いを他の人とせっする時のようにお願いしているので」

「で、でん「リンです」……。ハイ。リン様がそうおっしゃるなら」


 少しばかし汗をかきながらアルビナがこちらに近付いて来た。


「ちょっと、ちょっと。アンデリックさん。どうなってるんですか」

「俺が聞きたい」

「どういういきさつでリン殿下が冒険者をやることになってるの~」


 俺にかなり小さな声でささやくように聞いてくるアルビナ。

 頭をかかえ、悶絶もんぜつしている。


「それに初心者講習、いらないんじゃないの?! 」

「??? 」

「講師泣かせもいいところよぉ」


 どうやら今日の座学ざがくの講師はアルビナだったようだ。

 何があったのか聞いてみると悲痛な声を上げながら俺の服を両腕でつか涙目なみだめで説明した。


 ようするに疑問点や矛盾むじゅん点を怒涛どとうごと追及ついきゅうされたのこと。

 彼女の頭の中にある文献ぶんけんを引っり出しては考察に入り、それに対する考えを聞かれるという事態におちいったらしい。


 うわぁ……。

 これは確かに講師泣かせだ。

 同情はするが、初心者講習の話を持ち出したのはアルビナだ。

 可哀かわいそうではあるが彼女を引きがし、肩に手をやり一言。


「グッドラック! 」

「助けてぇよぉ!!! 」


 そういうアルビナを放置し俺とスミナはリンの方へ行く。


「では帰りましょうか」

「ああ」


 ギルドカードの発行はっこうと『かさね』と『みだれ』をならった俺達はギルドを後にするのであった。

 明日もまたリンの初心者講習があるのだが……。


 グッドラック、王都本部。

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