第百七十四話 試練の魔導書 ケイロン・ドラグ

「ここは……」


 ケイロンは目がめると光と土の感触を感じた。

 その瞬間上体じょうたいをガバッ! と起こしてすぐさま周囲を見渡す。

 周りには行きかう商人達に馬車が走りや横には森の入り口があった。


 ここは彼女は知っている場所だ。

 しかしみんな様子がおかしい。


 それを確認するべく一度立ち上がる。

 そして自分もおかしなことに気が付く。

 細剣レイピア小袋アイテムバック、そしていつもしている首飾りがあるのだ。

 首飾り以外は王城に入る時に一度外して城にあずけていたはずだ。

 身に着けているはずがない。


「どういうこと? 確か、僕は光につつまれて……」


 分からない事ばかりで混乱気味ぎみのケイロン。

 しかも周りの人は彼女が見えていないかのように素通すどおりしていく。

 それが混乱に拍車はくしゃをかける。


 周りを見渡して再確認した。


「やっぱりここは領都りょうと近郊きんこうの森、だよね」


 服装はともかく飛ばされたという事実を考えると以前にセレスティナから聞いたことのある転移魔法の一種ではないかと考えた。

 セレスティナが規則的きそくてきに本を並べていたことを考えると、それにより発動した転移魔法の一種。

 そう考えるのが妥当だとうだろう。

 装備を除けば。


 そして何より周りの人達の様子がおかしい。

 普通そこにいればわざとぶつかるか、少しでも目をやるか、はたまた避けるか、するのだがその様子が全くない。

 まるでケイロンがそこにいないと言わんばかりの行動だ。


「分からないけど領都りょうとの――屋敷やしきの方へ向かったら何かわかるかも」


 そう思い体の方向を道の先に向けて足を進めようとすると、がらりと景色けしきが変わった。


「え? 」


 ケイロンは突然の事にまたもや混乱した。

 道から森の中へ視界が変わり臭いも変わる。なにもかもが変わってしまった。変わっていないのは自分の装備だけ。

 その事実が受け入れがたい。


「まさか誰かの魔法?! 幻術? もしくは転移? でも、何も感じなかった」


 硬直こうちょくした頭を再度働かせて可能性を考える。

 もしこれが誰かの思惑おもわくでかかった幻術ならば最悪この中は図書館ということになる。

 下手へたに攻撃を放って城や人を傷つけかねない。


 セグ家は新興貴族だ。

 ケイロン達を幻術におとしいれて、混乱させ王子や他の貴重品に危害きがいを加えた場合、罰は逃れられない。


 誰かの陰謀いんぼう、という考えが頭をよぎる。

 しかし逆に王城内、特に厳重な管理がされている図書館等で魔法を放つことが出来るだろうか?

 もし出来たとすれば相当そうとう手練ただれである。

 しかも横にある木を触ると本当の木のような感触がし、森そのものの青々しい匂いが風に乗ってただよってくる。


「いや、幻覚じゃないね。転移、かな」


 いかに伝説級の魔法使いでもこんな幻覚を見せるようなことが出来るなんてケイロンは聞いたことがなかった。

 少しくつを地面でこすり、下を見るときちんと靴も汚れている。

 土を触ると温かい。

 さてここまで幻術が本物と同じような挙動きょどうを見せることが出来るのだろうか、と考えた先は幻術ではなく、転移での方が現実的であるという答えだった。


 場所から場所へ移動させる転移魔法は確かに存在する。

 本当にまれだが存在するのだ。

 しかしそれは国により管理されていたり、そもそも膨大な魔力量が必要な為潜在的せんざいてきな使い手が少く、確認されている転移魔法の使い手はおらず、ほぼ都市伝説扱いとなっている。

 しかし超高度な幻術よりかは現実味がある。

 魔力量の高い魔族や狐獣人、龍人族等元々潜在せんざい魔力量が高い種族で尚且なおかつその中でも突出とっしゅつした魔力量を誇るものがおり、偶然にもその魔法陣や術式が手に入ったのならば可能性はなくはない。


「だけど、そんな特徴的な人がカルボ王国の――しかも単なる新興の子爵家を狙うかな? 」


 ケイロンは独りちながら考える。

 つまりアンデリックを狙った犯行としてもそれらの人ならばその国で確固かっこたる地位を気付いていることが予想されるし、もしモグリでやっていたとしてもこんな目立つようなことをする意味がない。

 よってこれも否定。


「幻術でもなく、転移の可能性も低い……なら一体本当に」

「Bruuuuuuuu!!! 」


 それを聞くと反射的に体を硬直こうちょくさせた。

 考えていると声と共に「ズン、ズン」と重い足取りが聞こえてくる。


「だ、大丈夫。乗りえたはず」


 ズン、ズン、ズン……。


 ケイロンは腰の細剣レイピアを前に構えて迎える準備をする。

 しかしいつものケイロンとは違う。

 若干じゃっか顔色は青く、冷や汗のようなものも出ている。

 足と手は震え、剣先けんさきがぶれているようだ。


 それが近づくにつれて様々なものがフラッシュバックする。

 同時に心臓がはち切れんばかりに動いて焦りを示す。

 つかにぎるも手汗てあせがすごく、すべりそうだ。一度服に手をやり汗をぬぐう。


 更に近づくと軽い吐き気に見舞みまわれる感じがする。

 今にもひざをついて休憩きゅうけいしたいが目の前にせまる音がそれをさせない。


 ズン、メキ、メキ……ズン。


 そしてその巨体が姿を現した。


「……ミノタウロス」


 ★


 Aランクモンスター『ミノタウロス』。


 牛の上半身に人間の下半身をくっつけたようなモンスターだ。

 お尻の部分からは獅子しし獣人と似た尻尾しっぽが生え、とがった二本の角は空に向かってそびえ立っている。

 ケイロンの二倍ほどあるその背丈せたけから出た屈強くっきょうな腕とはんし足は少し細い。

 そしてどこで手に入れたかわからない戦斧せんぷを構えてケイロンをにらみつけている。


「大丈夫、今の、ぼ、僕なら」


 にらみつけられたと同時に委縮いしゅくしてしまう。


 ケイロンはその昔、不遇ふぐうにもミノタウロスと出くわしぼこぼこされた。

 体中の骨を折った重症だったのだが親や兄達の献身けんしんもあり一命をとりとめた。

 しかし余程よほどのトラウマになったのか、その代償だいしょうに魔人型モンスターと戦うと委縮してしまうようになる。

 魔人型モンスター以外なら大丈夫だったのだがそれ以外となるとダメである。


 そしてつい最近アンデリックと会い、共に戦っていく中で克服こくふくできたと思っていたのだがどうやらまだなようだ。


「Bumoooooo!!! 」


 ミノタウロスが雄たけびを上げ急接近してくる。

 け、剣を。

 と、思うもうまく剣を振るえない、にぎれない。

 どんどんとせまってくる。まるであの時の再来さいらいのように。


 デリク!!!


 そう思い顔を下に向けた瞬間、目の先に安物やすものの指輪がはめられたネックレスが目に入る。

 その瞬間、体に力が戻る。


「ふふ、ああそうだったね。僕は、一人じゃない!!! 死突撃! 」


 せまりくるミノタウロスの懐に瞬動で入り一撃必殺の攻撃を軽く跳躍ちょうやくしならのどに与えた。


 ミノタウロストラウマくずれていく中ニコリと笑いながら上を向く。

 空から光がちて、そして――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る