第百七十五話 試練の魔導書 セレスティナ・ドラゴニル・アクアディア

 目がめるとそこは本の山だった。

 新書の良い匂いも若干感じられるが古書が圧倒的に多いようだ。古びた――若干かび臭い臭いもする。


 セレスティナは周りにらばりながらも山のように積み上がった本を見ながら現状を確認している。

 手を横にずらすとそこにあったのは本であった。

 先ほどまでタイルと思っていたものはどうやら床をくさんばかりの本のようだ。


 異常事態である。

 非現実的な光景を前に、流石のセレスティナも好奇心よりも先に疑問がわき上がった。


「一体何が……」

「何が、ではないじゃろうて。いきなり現れて本を崩したと思えば……。こっちこそお嬢さんは一体なんじゃ? 」


 どこからか老人の声がする。

 しかし誰かは分からない。聞いたことのない声だ。

 誰の声か確かめるために座っている状態から立ち上がる。


 立つと見えるのはやはり本、本、本の山。

 古今東西ここんとうざいの本を集めたような様々な本が置いてある。

 好奇心こうきしんられ手に取りたいがその前に確認することを思い出し、足場あしばのない本の上を歩いた。


「エルフ? 」

「そうじゃが……。お嬢さんは龍人族、水龍人かのう」

「ええ、そうですわ」


 声がする方向に行くとそこには分厚ぶあつい本を読んでいる一人のエルフの老人がいた。

 エルフの平均年齢が五百歳のであることを考えると恐らくすでに四百は超えているのではないかと考えた。

 しかしここがどこで、彼がどんな目的で、そして何をしているのか分からない。

 少し困惑しながらもその様子を見る。

 エルフの老人は少し顔を上げ、その緑の瞳をセレスティナに向けた。


「して、なにようじゃ? 」

いくつか質問が。まず一体ここはどこなのですか? 」


 本を読んでいる所を邪魔されてか少々機嫌悪気わるげに口を開くエルフ。

 セレスティナも痛いほど気持ちは分かるので、それに物怖ものおじせずに手短てみじかに質問した。


「ここは『幻夢げんむの世界』じゃ。そうじゃの。言ってみれば人が見る『夢』の中と言ったところじゃろうか」

「ではここはお爺さんの夢の中、でしょうか? 」

「いんや。ここはお嬢さんの夢の中。ほれ、お嬢さんの求めるものがそこら中にあるじゃろ? 」


 なるほど、と思いながら周りを見渡す。

 本—―つまり自分の知識がこうして現れているのかと納得なっとくしながらも更なる疑問が出てくる。


「こんな本、読んだことがないのですが」

「読んだことのない本が現れるのも不思議ではない。ここは人の夢の中。人の心情しんじょうを表すものが現れるからの」


 そう言い再度本に目線を落とすエルフ。


 心情しんじょうを表すと聞いて納得なっとくする。

 未知みちなる知識の山。それがこの本ということだろう。

 しかしセレスティナは一刻いっこくも早くここから出ないといけないと考え、再度エルフの方を向いた。


「ここからどのようにしたら出れるのですか? 」

「出たいのかの? 」

「……ええ。もちろん」

「ここにはお嬢さんが求める物がたくさんあるのにの。ここにいればお嬢さんが求める知識がたくさんある。無理をしてでなくてもいいんじゃないのかの」


 それを聞き少しれる。

 確かにそうだ。少しくらいいても罰は当たらない。

 ほんの僅かな欲望の揺さぶり。

 すぐ横にある黒い背表紙せびょうしの本を触る。

 しかし何故だろうか、確かに欲しいものはそろっているのだが、全てではない。満たされない。


「……。やはりここから出ることにします。どうやらここには欲しいものが全てあるわけではないようなので」

「ふむ……。そうかの」


 そう一人呟くと老人は手に持つ本を横に置き目をつむり少し考える。

 うーん、とうなっていると目を開けセレスティナの方を向いた。


「ここから出る方法は簡単。答えを見つけることじゃ」

「答え、ですか」

左様さよう。答えを見つけると必然的にここから出られるのじゃが……」

「それは難しいですね」

「そうなんじゃ。結局わしも出れないしの」


 ほほほ、と笑いながらとんでもない事を言い出す老人。


「出れない、とはどういう意味で? 」

「なに簡単なことじゃ。恐らくじゃがお嬢ちゃんは資料室の本を並べてここに入ったのじゃないかの? 」

「ええ、そうですが……。まさかお爺さんも、でしょうか」

「わしの場合は少しことなる。わしは自分で創って、出られなくなったのじゃ」


 ほほほ、とまたもや大きな声で笑うが看過かんかできない事を言った。

 創った?! この人が?!

 そう驚き少し強張こわばった顔で老人の方を向く。


「これを創ったのですか?! 一体何故! どのようにして! 」

「ほほほ、創った理由は簡単——」


 少し過去を思い出いして後悔こうかいが見える顔をして言った。


「そこに創りたいものがあったからじゃ」

「そんな理由で一つの世界を?! 」

「発明とは大体そんなもんじゃ。それに作るのは意外と簡単。クレア―テ様のように『全』を作るのではなく人の夢——催眠状態にちょっと力を加えて集めるだけじゃ。そんなに神がかっとらんよ。ま、創った本人は『自分の夢』が終わらずにこうして管理人まがいの事をしてるがの」


 セレスティナはそれを聞き頭に手をやる。

 自分もかなり飛んだ性格をしているのは自覚しているがこの老人はその上を行くようだ。


「わしもお嬢さんのように『外に出る理由』があったらよかったのじゃが、如何いかんせんわしには知識欲しかない! 」

「なにを胸張むねはって言っているのですか」


 あきれて嘆息たんそくするセレスティナ。

 しかしエルフは気にする素振そぶりもせずに彼女に聞いた。


「じゃがお嬢さんは出たいのじゃろ? 」

「ええ。外にはまだやらないといけないことがたくさんありますし、待っている人もおりますので」

「そうか……」


 セレスティナがニコリと微笑みを浮かべながら老エルフはそう呟いた。

 そして場から移動して違う本の山へと向う。

 山の一つに辿たどり着くとあれでもない、これでもないと言いながら一冊の本を取り出した。

 それをセレスティナの方へちゅうを移動させながら渡す。

 ゆっくりと迫ってくる本を慎重しんちょうに手に取ると老エルフの方を向いた。


「これは? 」

「このくらいしても構わんじゃろ。それは魔導書の一つでの。触って魔力を流すようにしたら知識が入るようになる」

「こう、ですか」


 少しあやしく思いながらも、外に出る手順の一つと考え言われるがままに魔導書に魔力を流す。

 すると突然魔導書が発光して――消えた。

 同時にセレスティナの中に膨大な情報量が流れ込む。


「うう“」

「その知識を使うかどうかはお嬢さん次第しだい。これは、そうじゃな。自分の欲求に打ち勝った褒美ほうびとしよう。中々自分の強い欲求に勝てるものなどおらんしの」


 膨大な情報量に頭をかき混ぜられ苦しみひざをつく。

 そして気が付いたら、セレスティナは気を失っていた。


「さて、わしは最後のめと行こうかの」


 そう言い本の山と同時に老人は消えった。

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