第百七十三話 試練の魔導書 エルベル リン・カイゼル

 エルベルは気が付いたら一人森の中にいた。


「どこだ、ここは? 」


 そう呟いた瞬間あの光を思い出す。六色の光を。

 あれが原因だな。

 しかしセレスにも困ったものだ、と自分の事をたなに上げてそう思い前を向く。

 何が起こったかは分からないが図書館から違う場所に来たようだ。


一先ひとま水辺みずべを探すか」


 青々あおあおとした草木くさきを分けて森を進む。

 ここがどこかは分からないが少なくともタウの森ではないことは分かる。

 このような場所を知らないからだ。恐らくは来たことのない、どこか違う場所だろうと検討を付けて歩いて行く。


 時折ときおり光がしこんでくる。それを考えると恐らくまだ昼だろう。

 今の所、人や動物の気配はないが……。


「風の精霊よ」


 そうとなえて見るがエルベルの予想通り失敗した。

 彼女は触媒である精霊弓を用いないと精密なコントロールができない。

 特に探知のような広範囲に人や物を探知することは得意とくいではない。

 いつもは何気なにげなしに使っているが、かなり集中力をけずっていたりする。

 精霊弓が無い状態でも精霊魔法を使うことは出来るが大雑把おおざっぱなものになるためあまり使いたくないのが本音ほんねだ。


「魔力も温存おんぞんするか」


 森で育った彼女は森で遭難そうなんした時の恐ろしさを知っているし体験している。

 普段はハチャメチャな彼女だが遭難そうなんする危険性がほとんどない事を理解しての行動だ。

 体力、魔力を温存おんぞんできる状態で、しかもイレギュラーに対応できる仲間と共に森へ入ることができるのがどれだけありがたい事か、と今更いまさらながらに再認さいにんする。


 少し進むと川のような水が流れる音が聞こえてきた。

 どうやら水辺みずべが近いようだ。

 水生成ウォーターで生活水を確保かくほしても良いがここはやはり温存おんぞんだろう。


「ん? 」


 と、少し違和感を感じた。


 気配。

 しかも強烈な気配!

 この気配は!!!


 そう思い、走る。

 草木くさきを分けるのもめんどくさいと言わんばかりに走っていく。


 そして彼女の前に現れたのは――


『『『いらっしゃいませ! エルベル様!!! 』』』

「精霊様ぁぁぁぁぁ!!! 」


 人型の水の精霊達がエルベルをまねき入れた。


 ★


 自主規制。


 至福しふくの時を過ごしている。

 周りには精霊様、精霊様、精霊様……。大好きな精霊様にれた至福しふくの時。

 ああ……最高。

 だけど……。どうしてだ。物足りない。いない。みんないない。


『どうしたの、エルベル様』

『ちょっと元気ない』

『病気かな』

『だれだ! エルベル様をいじめる奴は! 』

「ち、違います、精霊様! 大丈夫です! 」


 精霊の怒りを感じたエルベルは自分が大丈夫だということを必死になって伝えた。


『こらこら、よしなさい』

『長老! 』


 一人の――少し年上な感じの——精霊が出てくると周りの精霊達はエルベルから少し引いた。


『君は、もうわかっているんじゃないのかな? 』

「……なにがですか」

『これが『現実』ではない事を』


 思っていたことを的確てきかくに言われ少し動揺どうようする。

 分かっている。

 いつもの精霊達の反応とは全く違うから、今のこれが現実ではないことくらい分かっている。


「でもいいじゃないか! 」

『悪い、とは言ってない。だけどね、君は……君が本当に居たいのはここなのかい? 』


 そう言われてうつむく。

 オレが居たい場所。オレを叱りながらも迎えてくれる人達。ありのままでいさせてくれる場所。

 デリク、みんな……。


「ふふ、君は答えがすでに出ているようだね。なら行きなさい」


 少し年上の精霊がそう言うと急に光が空間にちて、エルベルは気を失った。


 ★


 リンは一人森の中で戦っていた。


「うりゃ! 」

「Gru? 」


 目の前の相手にこぶしを放つと次の獲物に取り掛かる。

 次の獲物に取り掛かったと思うと先ほどまで戦っていた相手が遅れて、はじけた。

 そして目の前にいるオークを倒して、とをり返し結局この周辺にいるモンスター達は立った一人の少女に殲滅せんめつされた。


「終わったですぅ」


 そう言い彼女の後ろのみ上がったモンスター達の死骸しがいを見下ろす。

 王の子もまた王のようなもので彼女は幼いながらも『王者の風格ふうかく』を出していた。

 しかしその顔はれない。


「早く帰ってお兄ちゃんの温かい膝の上に収まりたいのです。しかし困りました。ここ、どこです? 」


 周りを見ても木、木、木で森であった。

 しかしエルベルがいた所とは違い木と木のあいだ間隔かんかくが広い。

 そしてそのあいだからなくモンスターが襲ってきていたのだが、先ほど殲滅せんめつされたばかりである。


 誰がどう見てもモンスター暴走スタンピードだ。

 それを一人で解決するなど普通ではない。

 その過ぎたる力のせいか周りからは畏怖いふの対象とされていた。

 これはアンデリック達にはあまり見せない別の顔でもあった。


「まぁ、お兄ちゃん達はみんな異常に強いからこのくらいでは引かれないと思うのですが」


 本気を出した時にどう思われるか、セグ家に来た時は不安で仕方なかった。

 しかし異常なまでに集まった武力と変態的思考をしている人達の集まりを見ていて、考えるのもばからしくなった彼女は先日その一端いったんを見せる。

 引かれるかと思ったが逆に素材がダメになると怒られてしまった。

 拍子抜けもいいところで力が抜けた彼女にセグ家というのは更に居心地いごこちがいい場所となる。


久々ひさびさの一人ですのでゆっくりと進みましょう。さぁ愛するお兄ちゃんの元へれっつらごー、ですよ」


 腕を上にかかげてそう独りち、森を行く。

 どうやら前は出口のようで光が見える。

 

 ストレスから解放された反動はんどうおさな言動げんどうになったビストのお姫様はしくもこの魔導書の試練の一つである「自分と向き合うこと」を簡単にこなし、出口を足をみ入れた。


 それを見守る影が一つあったのだが、その者は何もせずに、そしてする必要はないと判断し、彼女を見送った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る