第百七十二話 試練の魔導書 スミナ

「どこだ、ここは」


 スミナは気が付くと一人工房こうぼうの中に立っていた。

 鉱山特有とくゆうの土と汗と金属の匂い。

 周りには屈強くっきょうな男達が必死に鉄を打ち汗をぬぐっている。所々ところどころ女性のドワーフ族も鉄を打っているのを見るとどうやらここは鍛冶屋のようだ。

 しかしこんな場所来たことがない。


 混乱。


 確かセレスが本を開いたと思ったら光り出して――。


「おい、新入り! 何ぼさっとしている!!! 」


 そう言われ、女ドワーフに拳骨げんこつを落とされた。


「痛ぇ! 何しやがる! 」

「何しやがるとはなんだ! もうすぐ領主様から受けた依頼の納期のうきせまってるだろうが。サボってないでさっさと働きな! 」


 そう言うと比較的大きなドワーフの女性が持ち場に戻った。


 領主? 納期のうき? どういうことだ?

 少し周りをみて考えるも答えは出ない。全員必死に鉄を打っているだけだ。

 伝説に聞く転移魔法でどこかに飛ばされた?!


「いや、ねぇな」


 スミナはその場にいたらまた何を言われるかわからないため壁の方へ向かった。


 彼女は咄嗟とっさに転移魔法によるランダム転移を考えたが、それを否定する。

 なぜなら女性はスミナの事を『新入り』と呼んでいたからだ。

 恐らく彼女は周りに『新しく入った工房こうぼうの弟子』のように認識にんしきされているに違いない。

 ならばこの現象は何か。

 分からない。


「考えてても仕方ねぇか。一先ひとまず仕事をやらねぇと」


 どう考えても異常事態なのだが、考えても答えが出ないものは仕方ない。

 そう割り切り自分に振られた仕事をすることに。

 しかし彼女はどんな仕事をするのか全く分からない。

 よって一先ひとまず聞くことにした。


「……。すまねぇ仕事なにすりゃいい? 」

「はぁ? 何言ってるんだ! お前は川から新鮮しんせんな水をんでくるのに決まってんだろう? 」

「少し熱にやられたようだ。ありがとさん」


 そう聞かれた如何いかにも熟練じゅくれんな鍛冶師が彼女にそう答えた。

 理由を付けて自分の仕事を知った彼女は一度外に出ることに。


 ★


「っても、川がどこにあるのか分かんねぇんだが……」


 とびらを出た先は砂ぼこりがう町だった。

 彼女が右を向くと大きな――鉱山と思われる――禿山はげやまが見える。

 工夫こうふだろうか、つるはしを持った人族の男性やドワーフ族、魔族もちらほら見えた。


 道を少し歩きぶらぶらする。

 割り振られた仕事をしないといけないのだが道が分からない。

 川があるということはどこか山のような場所があるかもしれないと思い周りを見渡すもそのような物は見られなかった。


「これは……困ったな」

「何がお困りなのじゃ? 」


 自分のつぶやきに返事が返ってきてびっくりする。

 周りを見渡し確認すると一人のエルフ族と思われる男性がいた。

 しかし、かなり歳をとっている。恐らく四百は超えているだろう。

 そう検討けんとうをしながらもスミナは慎重しんちょうに答えた。


「川を探してんだが……」

「川、とな。この周辺に川は無いよ。川は」

「だが工房こうぼうの連中にあるって聞いたんだが」

工房こうぼうの連中? 」


 と、少し老いたエルフは目を細めた。

 だがすぐに表情をもどして笑い出す。


「ほほほ、これはなことを言うお嬢さんだ。弟子を何人も取れるような大きな工房こうぼうはここら辺にはないよ」

「どういうことだ? 」


 否定されて少し機嫌が悪くなって口調が荒くなる。


「お嬢さんが言う工房こうぼうは、はて、どこにある? 」

「だ、か、ら……あっちにっておい! 」


 老エルフに示すべく指をしながら振り返るとその先には工房こうぼうがなかった。

 いや正確に言うと町すらもなかった。

 スミナは突然の事に慌てふためく。

 周りを見渡すと川が横を流れる工房こうぼう一軒いっけん

 確かに工房こうぼうではあるのだが自分がいた場所とは全く違う。

 そしてこの異常事態に目の前の老いたエルフはなおも笑っている。


「なるほど、なるほど。こことは違う、どこかから来たのじゃな? 」

「こことは違う?! ということはここがどこか知ってるのか! 」

「知っとるとも、知っとるとも。ここは『幻夢げんむの世界』」

「げん、む? 」


 聞きなれない言葉に愕然がくぜんとするもそれをかいさず老人は説明を続ける。


「夢か、はたまた幻か。人の心を映し出す。そんな世界じゃ。まぁ有体ありていに言えば夢の世界じゃが……」

「な、なんだよ」

「お嬢ちゃんのように実体じったいをもってやってくるのは珍しい」


 興味深そうにスミナを見て微笑ほほえむ老人。

 にわかに信じられない言葉だ。

 違う世界?! そんなことがあってたまるか!

 スミナはそう怒り、顔を赤くする。

 しかしどうしようもない事は明白めいはく

 そこである事に気が付きはっ! となる。


「ワタシを飛ばしたのは、爺さんか? 」

「違う、違う。わしはここに居続いつづけるだけじゃ。恐らくじゃが、外で何かあったんじゃないかの? 」


 そう言われれば、と思いあの光を思い出す。


「わりぃ。少しイライラしていたんでな」

「構わんよ。そんな時は、ほれ」


 パン! と両手を叩くとスミナの前につちと鉱物が置いてあった。

 何が起こったかわからずいきなりの事に驚く。

 このじいさんは一体? と思いながらも前を向くと笑顔のまま口を開いた。


「ここは人の心情を写す。鍛冶屋の工房こうぼうが映ったということはお嬢さんは鍛冶師じゃろ? ならこう言う時は一本打ってみたらどうじゃ? 」

「ワタシは早く出たいんだ」

「何、ここでは時間のような概念がいねんは無いに等しい。存分ぞんぶんにやるといいと思うのじゃが? 」

「くっ……」


 スミナは「これは何を言っても引かないな」と思い渋々しぶしぶながら奥にある工房こうぼうの方へ行き、剣を一本造ることにした。


 ★


 カン、カン、カン、とリズミカルな音が鳴る。


 熱く熱せられた未知の素材は、変形しない。


「かてぇ……」


 こんな素材見たことも触ったこともねぇと思いながら打ち続ける。

 彼女は自覚じかくしていないが、そこに確かに少し好奇こうきの感情が芽生めばえていた。

 未知の鉱物、彼女が本来求めていた物だ。

 今はギルドランクを上げることで精一杯せいいっぱいだがいつかは触りたかったものだった。


 カンッ!


 少し、変形した感じがした。

 よし、と思い再度、打つ。

 思いを込めて、打つ。


 打っている中でふとアンデリックの事が頭をよぎる。そしてその次に他のメンバーの顔が。

 いつもそん役回やくまわりばかりさせられるが嫌いじゃなかった。

 しかしいつのにか婚約者が、しかもお姫様来てしまった。


 くそっ!


 邪念じゃねんはらうかのように打ち込む。


 カン!


 どのくらい時間がかかっただろうか。 

 あの老人も来ずにひたすら鉱物を打ち続けた。 

 そのことに焦りをおぼえる。


 外は大丈夫だろうか。

 時間の概念がいねんが無いに等しいと言われてもそれが本当かは分からない。

 夢の世界なら夢を見ていると同義どうぎだ。

 ならば夢を見ている時、外の世界は時間が経過していないのかと言うとそうでもない。

 実際、不規則ふきそくな時間の動きをしながらも時間は経過している。 


 しかし今度は――まるで元に戻ったかのように――硬くなってしまった。

 どういうことだ……。


「わからんという顔をしているの」

「……じいさん」

薄々うすうす気付いているとは思うが……いやその顔だと気付いてないの」

「何がだ」

「その鉱物はお嬢さんの写し心。つまり硬くなるも柔らかくなるもお嬢さん次第しだい


 初耳はつみみだ。

 驚きと共に納得なっとくする。この硬さは自分の頑固さなのだと。


「この『幻夢げんむの世界』から抜け出す方法はただ一つ」

「いいのかよ。答えを教えて」

「構わんよ。別に教えたらいかんというルールもないしの」


 ほほほ、と笑うエルフ老人を見ながら「初めから教えろ」と怒鳴りそうになるが、押し留まった。

 ここで教えてもらわなければ教えてくれなさそうだからだ。


「抜け出すのは簡単。答えを見つけるだけじゃ」

「答え? 」

「そうじゃ、お嬢さんの答え」


 それを聞きつちと鉱物を同時に見た。

 その中に輝く箇所かしょを一つ発見。

 スミナがとった行動は――。

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