第百九十六話 種族の輪 《サークル》 一 vs ハイ・ヴァンパイア

「くっ! 貴方何者ですか?! ただの吸血鬼族にこんな力は! 」

「この程度でを上げるとは。やはりよこしまなる神の眷属けんぞくはただの欲望の塊デザイアということか」


 すごい……。

 一体のヴァンパイアとエリシャの攻防を見ていたリンはそう感じた。

 リン自身獣王国で名をせる武人であるがゆえにそのすごさがわかる。


 ヴァンパイアの一撃でも当たれば建物をくだかんとする拳にエリシャの――爪を伸ばすことで一本の剣以上の鋭利えいりさを持つ武器となった腕。


 交差こうさするごとに金属のような音がする。

 決して生身の人から発せられる音ではない。


「で、殿下。彼女は一体」

「我らのパーティーの吸血鬼族——エリシャ殿です」


 恐る恐るホルスが聞くと淡々とリンが答える。

 

 そうしている間に二人は距離を保ち、そしてエリシャが口を開いた。


「やめじゃ、やめ」

「どうしたのです? ワタクシの力におそれ大のいたのですか? ふふふ、泣いて許しをえば痛みなく殺してあげますよ」

「そうではない。これ以上真面目にやるのがばからしいということじゃ」


 その上から目線なエリシャの態度にイラつくヴァンパイア。

 顔を赤くし鋭くにらみつける。


「もう勝ったおつもりで? 」

「勝ったも同然どうぜんじゃ。貴様のそこは見えた」

「何を……」

「ヴァンパイアの殺し方、知っておるか? 」


 少しリンの方を向き、まるで教師が生徒に教えるような口調で聞いた。


「聖光や太陽、銀などが弱点ですね」

「確かにそれも弱点じゃ。だが太陽を除けばいまいち確実性にける」

「ならば……」

「もっと簡単な方法があろう? モンスター全般に通じる弱点が」


 そう言うとエリシャの姿が消えた――


「ぐふっ! 」


 と思ったらヴァンパイアの後ろにいた。

 そしてその手には二つに割れて魔核コアから魔石へと変化しようとしている物がにぎられている。


「圧倒的な実力差がある場合は魔核コアを狙うのが一番じゃ」

「貴様ぁぁぁ……」

なげくのならば、我ら種族の輪サークルの前に立ちふさがったのをなげくのじゃな」


 はいになりながらも手を伸ばし魔石を取り返そうとしているヴァンパイアを他所目よそめにリンの方へ向かう。


「勝ったのじゃ! 」

「ええ、お疲れさまです」

「うむ。めたたえよ」


 リンに見せた顔はまるで先ほどまでの戦いが嘘のような笑顔であった。


 ★


「「「ヴァンパイアと戦った?! 」」」

「うむ。眷属けんぞくを増やすところだったのか町人のふりをしての」

「相手は自身をハイ・ヴァンパイアと名乗っていました。実力もそれに違わぬ実力で」

「くっ! 見抜けなかったとはっ! 」


 エリシャの言葉に軽くうなずくホルスさん。

 リンが実力者というヴァンパイアを軽くいなすなんてエリシャ、恐ろしい子!

 

 俺達は一旦ホルスさんとリンそしてエリシャがいる貴族街の通路にいた。

 戦闘組全員の安全を確保かくほできたのとあの周辺にモンスターが残っていなかったからである。

 避難所の守りはガルムさんに任せて俺達はこちらへ。


「戦った場所にモンスター、少なかったね」

「そうだな、ケイロン。もしかしてどこかで誰かが戦っていたとか? 」

「有り得ますね。最初こちらの方までモンスターがやってきていたのはまだ数で押されていただけで、もうすでに殲滅せんめつ状態ということもあります」


「しかし話を聞くだけでも恐ろしいな。Sランクが三体って」

「ああ、人語を話している段階で誰かに誘導されたんだろうが」

「一体だれが……」


「倒したんだけどな! 」

「うむ。同胞の言う通りじゃ」

「確かに勝ったが」

「もしこれが誰かの陰謀いんぼうならまだ続きがありそうですわね」

「そうだね。なんでこの町を狙ったのかも気になるし」


 俺達が考えているとどこからか大きな音がしてきた。

 ドドドドド! という何かが崩れながら移動する、変な音だ。


「全員警戒! 」

「「「はい (うん)!!! 」」」


 俺自身も風と時の小精霊をまと移動速度上昇スピード・アップ等の魔法をかけて完全に戦闘隊形に入った。

 さっきまでドラゴンとやり合ってかなり消耗したのだが仕方ない。

 これは確実に戦闘音だ。

 それにこっちに近付いている。


 そして――目の前の建物が勢いよく崩れ、魔杖を持った猫耳ねこみみローブが異形のモンスターに頭を鷲掴わしづかみにされて現れた。


「サブマス! 」


 異常状態はまだ続くらしい。


 ★


「ど、どうなってるのよ! 」

「どうもこうもうわしらを相手するには弱すぎる、ということじゃ」

「冒険者、甘く見過ぎです」


 時はさかのぼり冒険者ギルドの裏のさらに奥。


 ここではエカテーとミッシェルそしてギルバートが戦っていた。

 しかしその様子は圧倒的。

 周りは氷に覆われ一部のモンスターは氷塊ひょうかいに閉ざされ絶命ぜつめいし、他のモンスターは氷の槍に包まれ、はたまた他のモンスターは細切れにされていた。

 ガルムやフェルーナとは一線をかくす戦闘力で、本来ならば町を確実に滅ぼすモンスター達を全滅させていた。


 元とはいえAランク冒険者が二人そろうとこうなるのか、というのを見せつける程である。


「……これじゃ意味が」

「レディ、だから撤退てったいを申し出たのに」

「そうそう、最初で破綻はたん、計画破綻はたん

「モンスターの利用は計画的にってね。時には戦略的撤退てったいも必要だよ? 」

「てったーい」

「だけど見逃してくれそうにないけどね」


 困惑の後エカテーに苛立いらだちが沸々ふつふつき上がる。

 計画が失敗したせいか、ルータ達の陽気ようきな声のせいか。


知性ある武器インテリジェンス・ウェポン、か。ひさしく見なかったが邪教に手を貸すしゃべる道具とは、面妖めんような」

面妖めんような、とはひどい言いぐさだ。僕はこれでも紳士しんしなんだから」

「邪教に入信にゅうしんするように手勢てぜいそろえる物を紳士しんしとは言いませんね」

「それは道具差別だ。差別だ、差別」

「抗議、抗議」


 長身の真っ黒い魔法使い風の女性が抗議だ、と言いながら弱々しくにぎりこぶしを上げて抗議する。


「……エカテーがここにいるということはお主達が脱獄を助けた、であっとるかの」

「脱獄? おぼえないな」

「解放してあげただけ、それだけ」

「それを脱獄と言います。まぁいいです。一先ひとまらえましょう。氷結牢獄アイシクル・ジェィル


 ミッシェルが魔法をとなえると氷の牢獄ろうごくが一瞬で出来上がりデザイアとルータをらえる。

 らえられたというのに呑気のんきに二人で話していた。


「これは少し説教が……む? 」

「何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で……何で私が一番じゃないのよ」


 怒りが違う感情に変化したのか一人ブツブツとしゃべっている。

 それがまるで何かのきっかけであったかのように、つぶやたびに彼女の体から黒いもやき出始めた。

 その異様な光景にギルバートはまゆひそめる。


「何じゃこれは」

「始まったね」

「始まった? 何がですか? 」

「見ていればわかるよ」


 ルータに聞いている間にも変化は進んでいたようだ。

 周りの肉塊にくかい氷漬こおりづけになったモンスター達が黒いもやつつまれてエカテーの方に引きせられて行く。

 彼女のあったモンスター達はすでに彼女にくっつき、エカテーは身動きが取れない状態となっていた。

 それでも彼女は呪詛じゅそを吐き続ける。


「ミッシェルのせいで、ミッシェルのせいで、ミッシェルのせいで、ミッシェルのせいで……」

「ミッシェル、何やらかしたのじゃ? 」

「いえ、断罪だんざいしたおぼえしかありませんが」

「ほぼほぼそのせいじゃろ」

「完全に悪いのはあちらなのですが」


 むー、とむくれながらその様子を見続けている。

 その間に攻撃すればいいのかもしれないが余計よけい衝撃しょうげきや魔力を与えて不測ふそくの事態を起こしてはいけないと考え攻撃をひかえていた。


 どんどんと彼女はつぶれるように肉塊にくかいに埋もれていき――


「あ、あ“……が、が」


 一体の魔人が出来上がった。

 氷の牢獄ろうごくの中でくるりと器用きようにミッシェルとギルバートの方を向いたルータはしわせながら二人に告げる。


「一応彼女のことをしょうするのならこう言おうか。魔人型モンスター魔人・個体名『エカテー』、と」


 こうしてミッシェルやギルバートは討伐難易度不明のモンスターと対峙たいじすることになった。

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