第百五十四話 新たな日常、新たな関係

 拝啓はいけい、お父様、お母様。


 いかがおごしでしょうか。病気になっていないでしょうか、食事をきちんととっているでしょうか。何が起こるかわからない昨今、私アンデリックは心配です。

 何が起こるかわからないと言えば最近私は非常に迷惑光栄なことに子爵こしゃく位を拝命はいめいしました。それに加え隣国の王女様をめとる運びになりましたとても充実じゅうじつした毎日を送っております。いつかは帰らないといけないとは考えたおりましたが思っていたよりも早く帰りそうでございます。

 わた……


「なぁそろそろ現実逃避げんじつとうひは止めねぇか? 」

「何を言っているのかい、スミナ君。そのようなこと身におぼえないな」

「王女様をひざにのせて頭をでながら遠い目をして親に近況を報告しても何も変わらねぇぞ? 」


 はぁ、と溜息ためいきをつきながら俺に告げ彼女は「部屋を見に行く」と言いってしまった。


 リンが俺と婚約状態であることをあどけない顔でげた。

 ショックを受けた俺はくずれ落ちたのだが、彼女が仔猫こねこのように俺のひざに乗っかった。

 もとより俺の妹のように小さく軽い体、そしてしなやかな体躯たいくあいまって丸くなるとすっぽりと胡坐あぐらの上に収まってしまう。

 何が起こっているのか分からず放心状態だったがいつのにか俺の手は彼女の頭をでて金色の髪をさすっていたようだ。

 これが妹補正ほせいというものか?!

 そしてリンもリンで温かく気持ちがいいのかウトウトしながらまぶたで青い瞳を閉じかけている。


「……デリク。犯罪」

「流石にそれは擁護ようごできませんわ」

「何が犯罪なんだ? 」

「子供相手に欲情よくじょうするところだよ、エルベル」

欲情よくじょうしてない! 」

「リンは十二の大人ですよ。大丈夫です。ふぁぁ……」

「ちょ、余計よけいなことを」

「「さいてー」」


 ケイロンとセレスから今までにないほどの冷たい目線をびてしまった。

 俺は被害者だ。

 何かさっした様子で屋敷やしきの外に出ようとするな、エルベル!

 絶対憲兵団の詰め所に行こうとしているだろ。


「本当にどうするのですか? 」

「どうするの? 知りたいなぁ、僕は」


 カルボ王国に来てからの疲れが出たのか、本当にそのまま寝てしまったリンを三階の彼女の部屋 (予定)に連れて行きベットに寝かせた。

 さいわいこの屋敷やしきには最低限の家具かぐが置いてあるようだ。

 他にもクローゼットや机も見られる。

 もしかしたらリンが来ることが決定した段階で王国側が用意したのかもしれない。


 そのような中、俺の前で異常なまでの威圧を放つケイロンとセレスが。

 今回は完全にとばっちりだがどうも俺の答えを聞くまでは正座状態から解放さしてくれないようだ。

 素直に答えよう。


めとります! 」

「デリクはいいの? それで」

「流されたような感じになってますが」


 もとより拒否権がない婚約だ。

 ドラゴニカ王国とはことなりちょくで外交問題に発展はってんしそうだ。

 外交問題にならなくても獣王国で爵位を与える用意をしているとの事だらか獣王国としてビスト内で処理されるかもしれない。


「政治的な話は置いておいて、何かこう……放っておけない感じが」

「「……犯罪」」

「違う! どちらかと言うと、妹のような感じかな。実家に妹がいたからな」


 必死に弁明べんめいした。

 そうでなければ犯罪者一直線いっちょくせんだ。

 ま、妹のような感じがするのは本当だ。

 保護欲をられるというのだろうか。


「……デリクがそういうなら反対しないよ」

「ワタクシ達も頑張がんばらないと……ですね」

「うん。そうだね」

「何が? 」

「「何でもない」」


 それだけ言うとケイロンとセレスは三階の自室を確保かくほしに行った。


「さて、俺も確認を」


 そう独り広間ひろまから出る。


 この屋敷やしきは三階まであるようだ。

 一階は応接室や広間ひろま台所だいどころに食堂が二つ等々食事をとったり人をまねき入れたりする部屋となっている。

 二階は部屋がいっぱいだ。主に寝室。一つ一つの部屋はそこまで大きくない代わりに数が多い。恐らくお客さんをまねき入れる為の部屋のようだ。部屋によっては軽食を取るための部屋もあるようで。ここは使用人達の部屋にしよう。

 三階は二階よりも少しランクの高い部屋となっていた。この階層の部屋だけ調度品ちょうどひんあらかじめ置いてあり「ここに住んでね」と自己主張していた。恐らく前もって準備されたのだろう。この階層はギルドホームのような感じにしようか。それがいい。


 三階の廊下ろうかを行く。

 ある所には絵画かいがかざられ、ある所には光球ライト刻印こくいんされたマジックアイテムがあった。

 執務室、書斎しょさい、自分の部屋にメンバーの部屋。


 俺の部屋と指定された (半ば強制)部屋に立ち止まり、ノブを回して中に入ると――


『おっそーい』

『遅いから来ちゃった。テヘ』

『ダメだよつっちー。それだと私達が悪者になっちゃう』

真面目まじめだね、みーちゃん。このくらいで怒らないわよ』


 そこには元素四精霊がいた。


「……エルベルを呼んでやろうか。この不法侵入者」

『『『やめて!!! 』』』


 いつのにか俺の部屋に上がり込んでいた精霊達にジト目を送りながら、死刑宣告ともとれることを言ってみた。

 全員が声をかさねるが、不法侵入者に慈悲じひはない。

 最初の一発目が重要なのだ。

 ガツンと言ってやらないと。


「あのな。なんでここにいる? 」

『気配を辿たどったら思ったよりも近くにいたからさ』

『それできちゃったということさ、ベイベー』

『悪いのは私達じゃない。近くに屋敷やしきを持った君、さ』

『私は止めました』

『『『裏切り者! 』』』


 はぁと溜息ためいきをつきながらもとびらを閉め中に入る。

 れいれず家具がそろっている。

 何故か巨大なベットが置かれておりその隣には机が。

 少し大きめのまどとクローゼットに姿見すがたみまでもそろっていた。


『いいところに住むんだね』

『この金持ちめ! 』


 ひ、否定できねぇ。

 言われるとイラっと来るが、本当の事なので何も言えない。

 ふわふわとあちこち飛び回る彼女達を見ながら仕返しとばかりに聞いてやる。


「エルベルもこの屋敷やしきにいる訳だが、大丈夫なのか? 気配とか」

『わ、私達はエリートだから大丈夫! 』

『そう。年のこうとかじゃないからね! 』

『あの後気配を消す練習をひたすらしたのよ』

『私達にしては、頑張った。おかげで他の精霊からも感知かんちできなくなった』

『『『これが精霊の全力全開! ミスディレクションよ! 』』』

「精霊様の気配げばふっ! 」

『『『ひいっ!!! 』』』


 彼女達がドヤ顔していたらエルベルの声が聞こえドン! ととびら衝突しょうとつする音が聞こえた。

 気配、消せてねぇじゃねぇか!

 何がミスディレクションだ。


 あ~、とひたいに手をやり上を向く。

 先が思いやられる中、俺達の新しい日常にちじょうが始まった。

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