第百六十話 王都のドタバタな日常 六

 自分の部屋が欲しいと言い出した精霊達。

 不法侵入し、居座いすわり、あまつさえ自分達の部屋を要求ようきゅうする。どこまで図々ずうずうしい奴らなんだ。


 だが太陽の光をびて薄くけている彼女達がこういっている理由に心当たりがある。

 分かるが……一応聞いておこう。


「理由を聞こうか」


 寝室で一休憩ひときゅうけいしようと思った俺はそのまま中に入り大きなふかふかベットに腰を下ろした。

 彼女達はちゅうを移動しながら俺の前に腕をんだ状態で陣取り声を出す。


『あの変態が感知できない部屋が欲しいのよ! 』

「それは無理だろ。エルベルの精霊感知は異常だ。部屋を用意してもすぐに感知されるのがおちだ」

『それでも欲しい! 』

『そうよ! それに自分だけの部屋って少しあこがれるじゃない? 』


 確かにそれは分かる。村を出るまでは一人だけの部屋というものにあこがれていたから気持ちは分からなくもない。

 今も実はあこがれてる。が、今のあこがれは方向が変わり精霊達が入り込まない部屋になってしまった。


『な、何よ、その眼は! 』

『ダメだよ、ひーちゃん。暴れたら。最初の作戦がダメになった所で私達のねがいをかなえる方法は誠実せいじつうったえるしか残されてないのよ』

「なるほど、屋敷やしきに入った時の奇行きこうはこれの為か」

『『『うぐっ! 』』』


「しかし……なんだったんだ? あれ? 」

『……前の屋敷やしきに来る前にいた場所でああやってお願いしているのをよく見たのよ』


 火の小精霊をクルクルとちゅうに回しながらそう言うひーちゃん。

 一体何十年、いや何百年前の話だよ。それ。


『あの後の奥さんのお願い事、よく通ってたよね』

『うん、うん。行けると思ったのにな~』

『まだよ! チャンスは残されてるわ! 』


 あきれた目線を向けながらもベットに倒れ込み天井てんじょうを見ながら考える。


 部屋を与えるか、か。

 客室を使えばどうにかなるんだろうが、万が一にでも大量のお客さんが来た場合が困る。

 それに従業員にり振る予定の部屋もその内まるだろう。

 ならば彼女達に与える部屋は無い方が良い。

 見えないだろうが、誰かと一緒にいる状態というのは精霊達が言っているのとは違うのだろう。


『あのエルフ、こわ過ぎよ』

みんながいないあいだに急に目の前に現れて』

『ゴーストよりも恐怖を感じたわ! 』


 エルベルは、俺達がいないあいだにも何かやらかしていたようだ。

 これは屋敷やしきにいるだけで問題が起こりそうな感じだな。

 来客らいきゃく時に暴れられたら大変だ。

 ならば精霊達を違う場所へ一か所に集めて様子を見る方がいいのか?


『一精霊一部屋を所望しょもうするわ! 』

「よーし、部屋を与えようと思ったがやめた」

『『『そ、そんな! 』』』


『ひーちゃん、謝って! 』

『今ならまだ希望はあるわ! 』

『もらえるかもしれなかったのに! ひーちゃん、謝って! いっぱい、いっぱい、謝って! 』

『わ、私が悪いの?! だってみんな一精霊一部屋欲しいって言ってたじゃない! 』

『もらえないくらいなら一か所でももらえた方が良いに決まってるわよ! 』

『そうよ、つっちーの言う通りよ』

『『そうだ、そうだ! 』』』


 欲を出した火の精霊に全員がめ立てる。

 ひーちゃんは泣き出しそうだ。

 少し火が顕現けんげんしそうになっている。

 ちょ、やめろ! それは洒落しゃれにならない!


「わ、わかった。わかったから泣くな、ひーちゃん」

『いいの? 一精霊一部屋もらえるの? 』

「……一部屋だけだ。それ以上は無理だ。他の来客らいきゃくがあるかもしれないからな」

『分かったわよ。我慢するわ』

『ひーちゃん、何上から目線なの?! 』

『ありがとうございました! ほらみんな頭を下げて! 』

『『『ありがとうございました!!! 』』』


 そう言いながら彼女達は部屋をすり抜けていった。

 その後『後からでも部屋を増やしてもらえるかもしれないわ』『今は殊勝しゅしょうに出るべきよ』とかいう声が聞こえてきた。

 ここはアクアディア子爵家ではない事を忘れてないだろうか?


 ★


 寝室で一休憩? した後執務しつむ室へ。

 ケイロンとセレスの指導しどうもと俺は書類をさばいていた。


「こっちは、こうだね」

「お、ありがとう」


 この手の仕事をあまりしたことのない俺は四苦八苦しくはっくしながらも、二人のおかげで何とかやっている。

 書類の作成はバジルの町の町役場やくばの依頼以降全くやっていない。

 と、言うかあれ一回きりだ。


「なぁ、やっぱり無理があったんじゃないか? 」

「そんなことは無いよ」

「ええ、陛下より認められているのですから問題ありません」」


 二人はそう言うが村人から冒険者、そして騎士爵からの子爵と言う不思議な流れを辿たどった俺からすれば問題しかないように思える。


「しかし十二で貴族家当主は……。普通は十五からじゃないのか? 」

「あれは学園アカデミーの卒業に合わせただけだよ」

「地方、それもかなり小さな貴族家で尚且なおか跡取あととりがその者しかいない場合、世間せけん一般いっぱんの成人年齢で貴族家をぐことはままあります」

「だから大丈夫」


 あんに書類から逃げ出せない事を伝えるケイロンが書類を一枚追加でこっちに渡す。


「あっ」

「どうした? 」


 書類を渡された時に手が触れただけなのだがどうしたのだろうか。

 少し目がおよいでいるな。動揺どうようが分かる。

 しかし……思ったよりもやわらかかったな。手。


「アンデリック、書類を」

「ああ、悪い」


 少し感触を思い出しているとセレスに注意されてしまった。

 俺は書類に顔を向け、羽ペンをとる。


「……これは、何だろう? 」

「どれです? 」


 そう言いながら青く長い髪が邪魔にならないように手で分けながら俺の書類に顔ごと近づけた。

 俺の顔の隣に彼女の顔が超至近距離にある。

 近い、近い!

 あ、でもなんかいい匂いがする。

 花壇かだんの花とは違う、さわやかな匂いだ。


「——となります。って聞いてます? 」

「え? あ、あぁ」

「これは聞いてませんね。もう一回説明しますのでよく聞いていてください」

「助かるよ」


 このようなやり取りを何回もり返しながら、書類整理が終わっていく。


 そして執務しつむ室のまどの外、向こう側に二つの影があった。


「なんとももどかしいですね」

「あ、あの三人はいつもこのような事を? 」


「バジルの町を出てからになりますね」

「なるほど。殿下、頑張ってください! 」

「私も応援しますよ、黒タイツ殿」

「え? 貴方の立場なら殿下を応援するのはよろしくないのでは? 」

「いえいえ、あの空間にリン王女殿下が加わると更に面白い事に……ふふふ」

「へ、変態です。その物凄くにやけた顔、変態です! 」

「全身黒タイツ殿には言われたくないですが……」

「うぐっ! 」


 そこには誰もいないように見える。

 しかし二人、確かに執務しつむ室をのぞく影があったようだ。

 ここは三階だが。

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