第六十四話 スミナの奮闘 一 スミナとドルゴ

 ときさかのぼりアンデリック達が出ていったスミナの工房こうぼう

 熱気をったこの部屋で一人スミナがうねっていた。


「何を造ろうか」


 魔化まかほどこされた机の上に一つのペンダントが置いてある。

 彼女はこのアクセサリーを見ながらじっくりと考えていた。

 なんだかんだで彼女は職人。何を作るにしても手は抜かない。


「一番やりやすいのは……やっぱ大きめのペンダント型だよな」


 独りち、机の上方じょうほうにあるまどを向く。

 熱さのせいだろうか、少しくもって見えた。

 それを見て「一回入れえるか? 」と思い、空気を入れえる為少し飛びとびはねるような形でまどを全開にする。

 ついでと言わんばかりに扉の方へ行き扉も開けた。

 するといきおいよく空気が通り、温度の低い風がスミナの頭をクリアにする。


「そういやぁ本格的に空気入れえたのはどのくらい前だ? 」

「少なくともまどが開いてるのを俺は一年くらいは見てねぇがな」


 机に戻ろうと移動していたら、扉の方向から突如とつじょとして声がした。

 それに驚き「うぉ! 」と声を上げ、すみに置いてあった剣を手に取る。

 が、その正体に気が付き剣を降ろす。


「なんだ父ちゃんか」

「なんだはないだろ、なんだは」

「で、どうしてここにいんだよ。店の方はどうした? 」

「今日は誰も来ねぇよ。今月の常連はもう終わってる」

「分かんねぇぞ。新規が来ても」

「……後で戻るか」


 はぁと小さく溜息ためいきをつき、ドルゴはスミナを見る。

 ドルゴは何やらがある方を向き少しまゆを上げた。


「今日はやんねぇのか? 」

「……一週間くらいやめとくことにした」

「ほう、それはどういった風のき回しだ? 空気の入れえと一緒にお前の心も入れえられたのか? 」

「父ちゃん、何気なにげひどいこと言うな」

「そう言うな」


 ははは、と二人の笑い声が聞こえる。

 ドルゴはこうしてきちんと話したのはいつ以来だろうかと振り返っていた。

 そうだ。母ちゃんが死んでからだな、こうして笑うのは。

 そう思い最後の言葉を思い返す。


『スミナを不幸にしたらクレア―テ様に直訴じきそして出てやるからな!!! 』


 約束を守れているのか不安になり少し顔をくもらせる。

 ったく、出てくるなら出てこい。そんでまた俺達をしかってくれよったく。

 ドルゴはスミナと一緒になって怒られていた過去を思い出し、少しさみしく思う。


 本気で笑うことがなくなったスミナ。

 鉄を打つことばっかりになってしまったスミナ。

 自分の好きなことをさせてあげれなくなった自分。


 本来ならまだ自由にさせてやりたい時期じきで、冒険者にもならせてやりたいのだがその反面はんめんスミナを危険にさらしてしまうのはいけないと思う親心おやごころ


 泣く泣く二つの真ん中をとった折衷案せちゅうあんが最低限『パーティー』として行動することであった。

 しかしそれはこのバジルの町では困難こんなんなことだった。何せ新人があまり出ないからだ。それがスミナには不条理ふじょうりに映ったのだろう。折衷案せちゅうあんを出してから彼女が本気で笑ったとこをドルゴは見ていない。

 そしてアンデリック達との出会いは複雑な気分だった。

 本当は両手を上げて送りたいが危険にさらしてしまうのではないかという思い。

 スミナを送り出すことが彼女にとっていい事なのはわかっているのだが心がい付かず今回の騒動となったのである。

 頭じゃわかっちゃいるんだが、と内心ないしん少しどくづきながらスミナの後ろを見ると、ふと机の上のペンダントが目に入った。


「そのペンダント」

「あぁこれか。母ちゃんと作ったやつだな」

「……さみしいか? 」

「そんなこたぁねぇよ」

「そうか。だが……」

「あぁもう辛気臭しんきくさいの終わりだ! 」


 いやだいやだ、と手を大層たいそうに振ってスミナが空気をはらう。


「で、本当にどうしてここに来たんだ? 」

「いやぁ……」


 めずらしい物を見るかのようにのぞいてくるスミナに複雑な顔をしながら見返すドルゴ。


「おめぇが俺に負けてくやしがってんじゃないかって思ってな。様子を見に来ただけだ」

「なんだ、勝者が威張いばりに来たのか? アア“ ? 」


 挑発ちょうはつとも受け止めれるドルゴのれ隠しににらみ返すスミナ。

 ほがらかな空気から一変いっぺん、ピリピリするような雰囲気になる。

 

「ちげぇよ。様子を見に来ただけだ。ま、落ち込んでなさそうで何よりだ」

「あったぼーよ! こちとら将来のパーティーメンバーから期待きたいされてんだからよ! 」

「ん? 奴らは何か言ったのか? 」


 ドルゴは職人と言えど娘を心配する一人の親。

 男性であるアンデリックに何を言われたのか気になるのも仕方ない。

 変なことき込まれてないだろうな、と思いつつ眉間みけんしわせ彼女の返答を待った。


「あぁ、俺をパーティーに入れた後のことも考えてだろうけどよ。一度休憩きゅうけいがてらアクセサリーを作ってみたらどうかってよ」

「……」


 今までとは違う彼女に毒気どくけを抜かれたような顔をする。


「確かに言う通りだ。俺は鉄の事ばっかだった。だがこれからはそれだけじゃいけねぇ。休憩きゅうけいも仕事のうちってな! 」

「それでアクセサリーを? 」

「ああ! 何を作ろうか考えてたところだ」


 スミナがニコッと笑った。

 ドルゴはアンデリック達が少なくとも娘の心配をしてくれるような人でよかったと安心する。

 なんだ。わかってんじゃねぇか。ならまかせても大丈夫そうだ。

 安心し、冒険者と聞いて思い出したことが。

 そういえば……。


「何にやけてんだ。気持ちわりぃ」

「気持ちわりぃとは何だ、気持ちわりぃとは! まぁいい、おりゃぁ少しこれから用事ようじで出てくる。店番みせばん頼むわ」

「お、おい、ちょっと待て、父ちゃん! いきなり用事ようじ?! 」

店番みせばんでもしながらアクセサリーでも考えてな。そうすりゃ少しは何か思いつくだろうよ」


 「こら、逃げるなー!!! 」と言うスミナの声をにドルゴは店をった。


 ★


 宿屋『銀狼』前。


「あれ? ドワーフ族? 」

「ん? 誰だ、じょうちゃん。いや……そうか。その尻尾しっぽに瞳の色。なるほどな」

「何一人でごちゃごちゃ言ってるの! 私はじょうちゃんじゃなくてこの宿の看板娘かんばんむすめフェナよ! ところでお客さん? 」

「あぁ……客、といえば客だな。ガルムはいるか? 」

「パパの知り合いなのね! 中に入って! 今呼んでくる!!! 」


 そう言い家、のように見える銀狼に狼獣人の女の子——フェナが入っていった。

 フェナに続きドルゴも入っていく。


「パパ! ドワーフのお客さんよ!!! 」

「ん? お客さん? ちょっと待ってな」


 ガルムの声がおくの方からする。

 なつかしい声に顔をほころばせながらもツンとした顔を作る。

 いかん。𠮟しかりに来たんだ。にやけちゃいかんな。


「お待ちどう。本日のご宿泊……で……」

「おうおうおう、ひさしぶりだなガルム」


 「今にも怒ってます」と言う表情をしたドルゴの顔と声に声が途切とぎ途切とぎれになるガルム。

 昔武器のあつかいがあらすぎてハンマーでぶたれた時の思い出がよみがえっていた。


「で、俺に何かいうことがあるんじゃないか? 」

「ひ、ひさしぶりです、ドルゴさん」

「この町に引っしてきたんなら連絡くらい寄越よこさんかぁぁぁぁ!!! 」


 ひさしぶりの感動の再開とはいかず、ドルゴの会心かいしんのパンチを受けながらドルゴはガルムと再開したのであった。


「ガルム、娘ってのは分かんねぇもんだな」

「そうですかい? まだかわいいさかりなんで」

「そう言ってられんのも今のうちだぞ? 」


 興奮も収まったころ、二人はおくの部屋で飲んでいた。

 普段ならこのような事はないのだが大声が聞いたフェルーナが飛び出してきてひさしぶりの顔に挨拶あいさつし、ついでにおくで飲んだらと言ったのだ。

 ドワーフ族はお酒が大好きである。ドルゴもその例にれず酒好さけずきでフェルーナのもうし出に飛びついた。


 もし客が来た時のため厄介払やっかいばらいともいう。


「ドルゴさんの娘さんは「スミナだ」、そうスミナちゃんは大変なので? 」

「いんや。元気だが、仕事熱心ねっしんだ。だが……」

「だが? 」


 そう言うと少し顔をゆがめ、酒を一気いっきに飲んで言った。


「『最高の武器』を目指めざして冒険者をやりたがってるのがあまりにもうるさいんでこの前試験を出してやった。「俺が造った物をえる物を造れ」ってな」

「それは無理難題むりなんだいを……どうするんですか? 」

「ま、どうにかなるだろう」


 少し顔をほころばせそう言うとようんだとばかりにせきを立つ。

 ガルムは顔を赤らめているがドルゴにそのような様子はない。


「じゃぁな。生きてんなら連絡くらいしろ」

「はは、ドルゴさんにはかなわないですね」


 そう言いドルゴは上機嫌で自分の店に帰って行った。

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