第百四十話 精霊剣

 店の片隅かたすみざつに置かれたその剣が置かれていた。

 他の丁重ていちょうに置かれた剣とは違い古びた木製のたるにポツンと一本。

 どうしてかそれから目が離せない。


 まぁ呪われている物を店に置いてるわけもないし、と思い近寄ちかより手に取る。

 さやからくと一本のにぶい銀色の長剣ロングソードが出てきた。


「なんだ、この剣? 」

「お、アン何か見つけたか? 」


 俺が剣をかざして様子を見ているとスミナが声をかけ近寄ちかよってきた。

 間違って剣をスミナに当てないよう慎重しんちょうに見せるとスミナもこれがどのような剣なのかわからない様子だ。

 首をかしげている。


「ん? その剣はなまくらだぞ? 」

「そうなんですか? 」


 俺とスミナが首をかしげていると受付の方から店主の声がした。

 そちらを振り返ると店主一人でさっきまで喧嘩けんかのようなことをしていたケリーさんは自分のグローブを探して物色ぶっしょくしている。


「ああ、それは昔打ったやつだ」

「へぇ。おっちゃんが打ったのか」

「だが見ての通り売れ残った」


 確かにお世辞せじにも良い剣って感じはしない。

 色がにぶっているもの。このくらいなら俺もわかる。


「作るよりも前に「精霊の力を宿やどす武器」ってのにあこがれて作ったんだが誰も使い手がいなくてな……」


 今何と?


「大体精霊術師エレメンターは遠距離からボンボン打つってのが基本だろ? 接近戦をやる異端いたんなんて現れるわけがねぇ。失念しつねんしていたぜ」


 その異端いたん。ここにおりますが。近距離剣士がここにおりますが。

 店主を見て、再度この剣を見る。

 だがこの様子、もし使えたとしてもすぐに折れたらもとも子もない。

 やはり返そうか。

 そう思い剣をさやに戻したるに置こうとすると――手から離れない。

 ど、どういうことだ?!


「どうした坊主。それ買うのか? 」

「え、あ? え? 」

「ま、剣の硬度こうど保証ほしょうするぜ。何せあのバカげたあこがれに希少金属をこれでもかと言うくらいぶち込んだからな。切る、と言うよりも殴るってのなら一級品だ、ハハハ」


 魔族店主の笑い声がひびく中、俺は震えていた。

 手が剣からはない?! 何が!

 が、手にしたら最後とはこのことか。


「アン、それ買うのか? 」

「おいおい坊主。本気か? 売る俺が言うのもなんだが剣士なら違う物を選んだ方がい良いぞ? まぁ不良在庫ふりょうざいこを買ってくれるならありがてぇが」

「……買います。最近命の危険にさらされることが多いので、武器が壊れないのはメリットなのです」

「そ、そうか。なんかわりぃな。まけてやるから、元気でやりな」

「……お支払い、お願いします」


 結局の所、剣が手から離れずそのまま買うことになってしまった。

 ふだの金額は法外ほうがいなものであったが年数ねんすうがたっている事やケリーさんの知り合いだということ、それと店主の罪悪感でかなり割り引かれ金貨一枚のお買い上げとなった。


 ★


「にしてもお前さんも物好ものずきだな」


 ケリーさんと一緒に店を出ると歩きながらそう言った。

 俺はそれにかわいた笑いでしか答えられず、彼のまゆる。


「ではこれで」

「ありがとうございました」


 そう言い俺達は精霊の宿木やどりぎの方向へ足を向けるとガシ! と肩をつかまれる感触がする。

 前に進みたくても痛いくらいにつかむ手がそれをはばんでいる。

 嫌だ! 振り向きたくない!


「いろんな討伐依頼がよぉ。たまってるんだが……」

「……」


 逃げろ! ここから一秒でも早く逃げろ!

 厄介事やっかいごとのにおいしかない!!!


「俺の紹介で剣、買えたよな」

「……わかりました。明日向かわせていただきます」


 こうして俺は権力というものにくっするのであった。


 ★


「どうしてその剣を買ったんだ? 」

「話しても信じてくれるかわからないが……」


 ここは精霊の宿木やどりぎの俺の部屋。

 靴に刻印こくいんするための魔法を選ぶためにスミナが足を運んでいる。

 魔法を選び終わった後、雑談ざつだんしていたのだがスミナがそう切り出した。

 一応伝えておくべきかと思い、手から離れなかったことを言う。


「……呪われてんじゃねぇか」

「正直手放したいが、手放すと戻ってくると言われても信じそうだ」

「確かに」


 スミナは少し顔を下に向ける。


「ま、アンには適正てきせいがあったと考えると良いんじゃねぇか? 」

「そんな呑気のんきな」

「だがよ。手から離れない呪われた武器と考えるよりも精霊の力を引き出せる武器って考えた方が前向きだろ? 」

現実逃避げんじつとうひともいう」

「耐久性は良いようだし、うじうじ考えずに次にそなえるしかねぇな! 」


 そう言い立ち上がり俺の部屋を出ていってしまった。


 ★


「あああああ……」

「陛下。少し落ち着いてください」

「ドーマ宰相さいしょう、これでも落ち着いている方だと思うが」

「ならば言葉を変えましょう。奇声きせいはっしないでください」


 ここはカルボ王国王都カルボの王城の執務しつむ室。

 机にかじりついていたカルボ三世が突然奇声きせいはっし始めた。


 本来王と宰相さいしょう執務しつむ室は別々にあったのだが、ある時の王が効率こうりつを考えてもう一つの部屋、つまり王と宰相さいしょう双方そうほうが使う執務しつむ室と言うのが出来上がった。

 それが今彼らがいる部屋である。


「賊を討伐したセグ卿への報酬はどうしたものか」

「カイゼル五世陛下もとんでもない事を……」


 カイゼル五世からの伝令でんれいからあずかった手紙を読み頭を痛める二人。

 アンデリック達への報酬はもちろん考えていたのだがその手紙にはそれ以上の事や物などが書かれていた。またその手紙にはある事に関して調節ちょうせつを行うために会議を開きたいとのむねが書かれている。


 友好国とはいえ強者をかこいたい獣王国に自分の国の貴族を盗られたくないカルボ王国。

 調節ちょうせつするはいいものの非常に悩ましい問題であった。


勲章くんしょうや金銭、だけでは無理だな」

「書かれている内容がないようですし……」

「だが異例いれい特例とくれいを作ると今後に差しつかえる」

「勝手に貴族を増やす者もおりますしね」


 劇的げきてき功績こうせきが認められた場合一代のみの騎士爵ならば貴族の自由裁量さいりょう権の範囲で騎士爵を与えることが出来る。

 例えばアンデリックがまががりなりにもカーターの孫娘を賊から取り戻したことなどである。

アンデリックの場合は少々事情がことなりケイロンやセレスをひきいているという点も今後目を離せない、首輪くびわをつけておきたいという思惑おもわくもあったが。

 認められることで与えることが出来る爵位。よってこれを悪用あくようする者も当然とうぜんいる訳で、二人が思い浮かべているのはこの事である。


「さて国としてこれ以上の価値を見出してもらわねば獣王国へ行ってしまうやもしれんな」

「……私が同じ立場なら獣王国へ行ってるやもしれません」

「この不忠ふちゅうものめが」

冗談じょうだんです」

「笑えぬわ」

「「ハハハ」」


 冗談じょうだんを言い少しでも空気をゆるませようとするドーマであったが流石に笑えない。

 かわいた笑いがその場を支配し、そして痛い頭を抑えながら話し合うのであった。


 王子誕生祭たんじょうさいまであと数日。

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