第百八十九話 バジルへ 一

『ええー! 屋敷やしきから出ていってしまうの?! 』

『なによ、私達が嫌いになったわけ! 』


 屋敷やしきに戻った俺達はバジルへ行くための準備をしていた。

 もちろんその中に使用人達への説明もある。

 しかし「いずれここを離れる」と伝えていたので特に大きな騒ぎにはならなかった。

 馬車で移動を、とは言われたが冒険者のランクを上げる必要があると言い説得。


 そして数日後、精霊達が騒いでいた。


「仕方ないだろ。それにどの道戻る予定だったんだ」

『もっとここにいていいじゃん』

『そうよ。遊ぼうよ』

「わがまま言うな。それについてきたいのならついてきてもいいんだぞ? エルベルもついてくるが」

「オレを猛獣もうじゅうのように言うな」

『『『げっ! 』』』

「……エルベルが、精霊を前に、平常心だと?! 」


 広間ひろま閉鎖へいさして話しているといつの間にかエルベルが入ってきていた。

 かぎをかけていたのにどのようにして入って来たのかということよりも精霊を前にして平常心でいる彼女に驚いている。


「ま、まさか……偽物?! 」

『違うわ。きちんと加護を持っている! 』

「だが、ありえない……」

『信じられないわ……人って、成長するのね』

「いや、こんな短期間に成長なんてしない。一体どうして」

『成長じゃないわ。これは進化よ!!! 』


 現実を受け入れられない俺達はエルベルを再度見た。

 いつものエルベルだ。しかしどこか顔のつやがいい気がする。

 何かあったのだろうか。


「ううう……。ひどい事をするのじゃ。同胞よ」

「エリシャ?! 」

「おお。アンデリックか。聞いておくれ。ミルが少し顔を出したらまた飛びついてきての」

「そ、それは大変だったな」

「うむ。だから少しばかし話したのじゃ」


 そう言いながらエリシャはエルベルの方を向く。

 それにつられて俺達も見る。

 少し顔につやがある以外は他に異常は見られない。

 いや、ほんのわずかにれている。全体的に体が。

 エリシャが我慢するように説得したのか?

 いや説得程度で収まる衝動ではないはず。一体何が……。

 何を話したんだ? 気になるが……やめておこう。嫌な予感がする。


「まぁ些細ささいなことよ。ん? この前の神の御使みつかい達じゃないか?! 」

『神の御使みつかい? 』

『私達の事ね! 』

『私達——神がかっていますから』

「単なる言い回しだ。に受けるな」

『『『ええー! 』』』


「神の御使みつかい達はどうしたのじゃ? みんな集まって? 」

「いや、特に何もない――」

『聞いてよ。アンデリックが私達を置いてバジルへ行くのよ』

『そうよ。薄情はくじょうだと思わない? 』

「むむ、寂しいかもしれんが……。お主達は、つまりアンデリックと一緒にいたいのか? 」

『そ、そんなこと……ないんだからねッ! 』

『ここは素直になろうぜ、ひーちゃん』

『そうだぜ。連れて行ってくれるかもしれないぜ』

『あの世にヨ……ふふふ』


 元素四精霊達の寸劇すんげきを見て少し困惑こんわく気味ぎみに俺の方を見上げてきた。


「これは……一緒に行きたい、ということでいいのかの? 」

「大体あってる。それに前から外に出てみたいって言ってたしな」

「なるほど。ならばミルの力で妾の影に入ったらどうじゃ? 」

『『『影??? 』』』

「そんなことが出来るのか?! 」

「う、うむ。流石に加護を持っていない人を入れることは出来ぬが神の御使い達も入れると思うのじゃが……」


 そう言い自分の影の方を向くとそこにはすでにミルを引っ張り出して自分達を影に入れようとする精霊達がいた。


『どうなってるの』

『これすごーい! 』

『本当だ、入れる! 』


 エリシャの中に出入りして遊ぶように入っているが……。

 多分ミルの力が無いと入れないと思うから困らすようなことをしたら入れてもらえなくなるんじゃないのか?


「ほどほどにしておけよ。もし影に入って外に出たいのなら」

『どういう意味? 』

『面白いからいいじゃない』

「あのな、多分それってミルの力で入れるってことだろ? なら閉ざすもミルの意思次第しだいなんじゃないのか? それこそ中にとらわれたりして」

『『『あ……! 』』』


 そう言われほうけた顔をする元素四精霊。

 すかさずミルがいるであろう影に近寄り口を開く。


『ごめんね』

『珍しいからちょっとはしゃぎすぎちゃった』

『だから私達をこばまないでくれると、うれしいな』


 手のひらかえしはや!

 まぁ彼女達にとってはミルの力はある種外に出るための生命線のようなものだ。

 変人奇人へんじんきじん出没しゅつぼつするという屋敷やしきの外に出るのにはかなりのリスクがるようだから。

 俺はまだあったことがないが。


 そう考えているとバタン! という音がして扉が開いた。

 どうやらエルベルはかぎを何らかの方法で開けていたようだ。


一先ひとまずず書き終えました。転移魔法の魔法陣を」

「仕事早いな」

「それほどでも」

「僕達も準備終わったよ」

「早くギルドに行くのです」


 セレスが入ってきて作業終了を伝えに来ると他の面々もやってきた。


みなさん」

「「「??? 」」」

「ワタクシが設置せっちした転移魔法について説明しておきます」


 ギルドへ行くために少し騒がしくなりそうな時、セレスが転移魔法について説明を始めた。

 内容はいたって簡単。


 まず外部に転移魔法が使えることをらさない事。

 うん。これは重要だ。逆に利用されて中へ入られても困るし、何より転移魔法を目的に襲撃されたらたまったもんじゃない。


 次に転移はここにいる人数分くらいしかできないように設置せっちしている事。

 これは逆に利用された時の防犯用のようだ。

 上限七人といった所か。恐らく精霊達は影に入って移動するからカウントされないのだろう。


 最後にこの魔法は場所と場所をむすぶものなので相手となる魔法陣を書かないと使えないということ。

 つまり今回は使えないということだ。


「了解」

「了解なのです」

「わかった! 」

「さぁ永久の契約エターナル・コントラクトでも結ぼうじゃないか! 」

「了解だぜ」

「じゃぁ行こうか! 」


 準備を終えた俺達は予約してあった依頼へ向かうのであった。


 ★


 一方その頃とある国の上空。


「そう言えばデザイアは邪神教団の人なのに私を教団の拠点きょてんへ連れて行かないのね」


 ワイバーンに乗ったエカテーが隣にいる魔女ことデザイアに話かける。

 ワイバーンでの移動は便利で速いのだがあぶみもなく乗り心地ごこちがいいとは言えない。

 むしろこうして話すのは危ない行為だ。

 しかしそれを気にせず答えた。


「あいつらなんて、しらない」

「あら、喧嘩けんか? 」

「違うよ、レディ。相棒はね、あまり友達がいないんだ」

「そ、そんなこと、ない」

「要するにはぶられているってこと? 」


 そう言うと少しうつむき殺気のようなものがれ出す。


「はぶられてなんか、いないもん」

「Gryu! 」

「あ、ちょっと、その殺気を抑えなさいよ」

「おさえて、相棒! それとも友達は僕だけじゃ不満かい? 」

「ん。ルータで十分」


 ルータと呼ばれた帽子ぼうしが何とかなだめたことによりワイバーンから落ちて転落死という事態を逃れたエカテー。

 デザイアは落ちても大丈夫だろうがエカテーはそうはいかない。

 いくら偉大な召喚士グランド・サモナーになったといえど身体能力はほとんど上がっていない。

 落ちたら即死だ。


「さぁ待ってなさい! ミッシェル! 貴様が護っているものを全て粉々にしてやる!!! 」


 にごりり切った瞳でバジルへワイバーンを飛ばしていく。

 今の彼女には『復讐』の二文字しか頭にない。


 ★


 エカテー達が上空を通った国では……。


「くそっ! なんでこんなにモンスターが! 」

「隊長、押し切られます! 」

「冒険者達が到着しました! 」

「来たか! 」


 ある国の領都りょうとの城壁。

 そこには大量のモンスター達が押しせていた。

 種類も雑多。ゴブリン、コボルト、オーガにトロール等規則きそく性は見られない。


 ワイバーンはAランクモンスターである。

 その災害と呼ばれるSを除くと確認できる最上位モンスターの一角であった。

 そのようなモンスターが上空を通ったらどうなるか。

 もちろんモンスター達はパニックを起こして逃げようとする。

 今回はその先には運悪く町があっただけ。


「おいおい、これはどういう状況だ? 」

「なにが起こってるの……」

「いいじゃないか。私達は仕事をするだけよ」


 そう言い一人の女剣士が光をまとった剣を構えてモンスター達に突っ込んでいく。

 無謀むぼうともいえるその行動に唖然あぜんとする騎士達をおいて他の面々も城壁から降りていった。

 魔法使い風の女性はちゅうを浮き巨大な火球を出現させて――


煉獄の炎ゲヘナ・フレイム


 放つ。


 一瞬にしてモンスター達が蒸発するもまだ狩り切れていない。

 残りを視認できない速度で他の剣士が倒していき殲滅せんめつまでに数刻すうこくとかからなかった。


「ま、上出来でしょう」

「素材を残してほしかったがな」

「あーあ、トロールの皮が」

「『美しき死神ビューティフル・リッパー』のみなさんありがとうございました! 」


 その言葉に一瞬固まるも謝意しゃいを受け取る彼女達。

 偶然この町に立ち寄ったAランク冒険者パーティー『美しき死神ビューティフル・リッパー』によってこの町の危機はったのであった。

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