第二十四話 臨時休業 一

「はい、お兄さん。あーん」

「ちょ、ちょっとまて! やめろ! 」


 それから俺は後退あとずさる。

 状況が状況ならばさぞうれしい状況だろう。

 しかし……。


「今ならまだに合う! こんなっ! こんな事! やめるんだ!!! 」

「何! 私の料理が食べれないの! 」

「そうじゃない! せめて自分の手で食べさせてくれ! 」

「うるさい!!! 」


 ゴッ!


 いきおいよく俺の口の中に木のスプーンがっ込まれた。


「%△#?%◎&◎□!!!」


 アチチチチチ!!! 熱い! 熱い!!!

 くち! くちがぁぁぁぁ!!!


 もだえ、苦しむ。

 ベットの上にき出さないように、ハフハフと口の中に空気を入れ、冷ましながらちょっとずつ飲み込んでいく。


「はい、次」


 全部食べ切ったと思うと、振り向いた先でフェナがスプーン一杯に取ったかゆをこっちに向けている。

 それ自体は問題ない。だが問題は立ち上がる熱気ねっきだ。


 嘘……だろ?


「や、やめ……やめろー―――!!! 」


 フェナの悪魔のような微笑ほほえみと凶悪きょうあくなスプーンが俺を襲った。


 ★


「全くもう……。お客様に回復してもらうために作ったのに、ダメージ与えてどうするのですか」


 フェルーナさんがあきれ顔でそう言った。

 彼女はベットの上で苦しんでいる俺の隣に座り、治療をしてくれている。ベットの隣には拳骨げんこつに倒れたフェナが鎮座ちんざしていた。

 フェルーナさんは上体じょうたいを起こしてる俺の隣に座る形で冷却クールを使いながら俺の口を冷やしている。

 青い魔法陣から冷気が放たれひんやりとして気持ちいい。


 いつもなら自分で冷却クールを使うのだが今は魔力が無い。よってフェルーナさんにやってもらっている。


 金糸きんしのような髪が少しれる。

 そこからいい匂いがただよってくる。


 少し落ち着くと、顔が赤くなった。

 い、いかんいかん! 彼女は人妻だ!

 俺は一体何を!

 それにあそこにガルムさんがいるじゃないか。

 ふくれ上がった筋肉を見ると、落ち着いた。

 あれだな。ガルムさんはこの宿では清涼せいりょう剤だな。


「しっかし、フェナ。なんでこんなことを? 」

「おに……お客さんが困ってるかと思って……」


 ガルムさんの言及げんきゅうにごもごもと言いよどむフェナ。

 善意ぜんいうれしいが、ほどほどにしてくれ。

 具体的に言うとダメージがないくらいに。


「だが無理やりは感心かんしんしないぞ? 」

「だって!!! お世話せわしたかったもん! 」


 もん! っていや、キャラがくずれてますよ、フェナさんや。


「ガルムの言う通りです。悲鳴が聞こえた時は何事なにごとかと思いましたよ」

「物凄い悲鳴だったな、ハハハ」


 冷却れいきゃくが終わったフェルーナさんはベットから立ち上がり、フェナの元に近寄ちかよった。

 ガルムさんが思い出し、爆笑する。

 そして俺はあの惨劇さんげきを思い出し、とおい目をする。

 俺の悲鳴を聞いたフェルーナさんとガルムさんが何事かと思い勢いよくけ付けた。

 彼らが見た光景は口にやけどをっている俺とそこに追撃ついげきを行うフェナという構図こうず

 それにフェルーナさんの怒りが爆発しフェナの頭に拳が炸裂さくれつした、というわけだ。

 


「うゔ……」


 両親にかれと思ってやったことを否定されたせいかしょんぼりとし、銀色の尻尾しっぽや耳もれ下がる。

 会った時から元気溌剌はつらつな彼女を見ていたからこそギャップが激しい。

 このくらいでしょげる彼女だろうか、と感じる。


「ま、まぁ最終的に大丈夫でしたし俺は構いませんよ」

「お客様がそういうなら……」

「ま、兄ちゃん達が来てうれしかったんだろうよ。兄が出来たような感じになって、よ」

「パ、パパ! 何言って! 」

「そうですね、この子は兄妹がいないから……」

「ママも何を言ってるの?! 」

「そうそう、兄ちゃん達が依頼に行っている時なんかは兄ちゃん達の話をさ「ゴッ!!! 」……」


 ガルムさんが更に何か言おうとするとフェナがジャンピングアッパーをり出しあごにヒットする。


 グフォ! という息がれる音がし、ガルムさんはくずれるように倒れた。

 一体何が……。

 若干じゃっかん腕が金色がかっているような気がする。


「あらあら、フェナは力の使い方、うまくなりましたね」

「ママも! もう! 」


 ふんっ! と顔をフェルーナさんとは違う方向へ向けてしまった。

 ねてしまったようだ。


 しかし、そうか。

 兄弟姉妹きょうだいしまいがいない彼女にとって俺達は兄のように見えたのかもしれないな。ケイロンは姉かもしれないが。

 そして張り切り過ぎた、と。

 なるほど、俺はこの町に来て数日が立つが時々さわがしかった日々をなつかしむ。

 そう思うと、彼女の寂しさというものはきっと俺が分からない程のものなのだろう。


「な、なによ! その生暖なまあたたかい目は! 」

「いや、微笑ほほえましいなって」

「私は看板娘よ! さみしくなんかないもの! 」

「いやいや、無理をしなくてもいいんだぞ? フェナちゃんや」

「きぃぃぃ!!! 馬鹿ばかにして! 次こそは完璧にこなして見せるんだから! 」

「それだけは勘弁かんべんしてください!!! 」


 ベットから飛び降り、流れるような動きでスライディング土下座である。

 また口の中を焼かれたらたまったもんじゃない。

 ヘルプ! ヘルプ・ミー! フェルーナさん!!!

 ちらっ! ちらっ!!!


「……少なくとも今日はやめておきなさい、フェナ」

「えー! 見返みかえせないじゃない」

「お客様の体調もあるのです。せめて被害が出ないように練習してからにしましょう」

「……わかったわよ」


 そう言いフェナはフェルーナさんと気絶したガルムさんを引きって俺の部屋を出ていった。


 俺以外いなくなった部屋で一人、体を動かし確認する。


「……一応、大丈夫そうだ」


 魔力欠乏のせいか体が重いがそれ以外は大丈夫だ。

 口の中もれるかと思ったが、今の所は異常なし。


 窓まで歩き、木製のそれを開ける。


まぶしっ!!! 」


 りつく太陽をびながらも位置を確認した。

 あれからかなり時間がたったようだ。

 太陽が頂点ちょうてんたっしようとしている。

 そしてふと思う。


「この宿、大丈夫なのか? ついさっきまで従業員全員俺の部屋にいたんだが」


 宿の経営が気になりながらも「俺が考えることじゃないな」と切りえ、運動不足にならないために体を少し動かすのであった。

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