第二十三話 プロローグ

 これは……夢か。

 しかし見覚みおぼえのない夢だ。


 それにしてもどこだここ? 何かさわがしいな……。

 何が起こっているのか分からない。


「おい! ゴブリン共! こっちだ! 」

「かかってこいやぁ!!! 」

「ほーら、ゴブリン共! こっちよ! 」


 騎士の恰好かっこうをした男冒険者が大盾を構えてゴブリンを挑発ちょうはつし、攻撃を受ける。反撃と言わんばかりに盾の横にある隙間すきまから魔核コアを一撃で突き、殺す。

 戦士風の男冒険者は長剣ロングソードを振り回してゴブリンを殴打おうだし、魔法使い風の女冒険者は挑発ちょうはつに乗ったゴブリンめがけて魔法を放っていた。


 彼らの目の前には大量のゴブリンの死骸しがいがある。

 成程、ゴブリン討伐の依頼の途中とちゅうってわけか。

 それにしてもリアルな夢だ。臭いまでわかるとは。


「くそっ! こんなの聞いてねぇぞ! 」

「全くだわ、多いにも限度げんどがあるでしょ! 」

「後でギルドをうったえてやるわよ!!! 」


 と、言いつつもほぼ敵を全滅させていた。

 あとは街道かいどうにはみ出ているゴブリンくらいだった。

 しかしそのゴブリンもあと少しなのだろう。数が彼らの目の前にあるものよりも極端きょくたんに少ない。


 女冒険者は緑の生物に向かって深紅しんく火球ファイアー・ボールが放つ。

 轟々ごうごうとゴブリン達を焼きはらい、彼女達の道を作る。

 チリチリと焼きあとが残る中、誰かの声がした。


「だ、誰か!!! 早く来てくれ! 大変なんだ! 」

「神官! 神官はいねぇか!!! 」


 道の向こう側から声がする。

 悲痛な声だ。

 しかし俺は冷静だ。

 何せこれは夢なんだから。そうあわてるものでもない。


「どうしたのかしら? 」

「まて、あっちは補給班ほきゅうはんの方だぞ! 」

「おい、まさか……」


 三人が一斉いっせいあせる。

 そして焼けて黒くなった道を走っていく。

 俺もそれについて行こうとしたら、後ろから誰か来るのが分かった。


「何があったんですか! そっちにはっ! 」


 俺が振り返るとそこには夢の中の俺がいた。

 あせりのせいか物凄い汗を流している。

 おい、俺よ。

 もっとクールに行こうぜ? それに一体そこに何があるってんだ?


 そう思いながらもやれやれ、と首を横に振りもう一人の自分について行った。


 そしてそこにあったのは――


 無残むざんに殺されたケイロンの姿だった。


「「あ……あぁ……あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! 」」


 ★


 ガバッ!!!


「はぁはぁはぁ……。今のはなんだ? 」


 太陽がのぼっている。

 もう朝をむかえているようだ。

 しかし気分はれない。


「何だ、あの胸糞悪むなくそわるい夢は! 今まで見たことないっ! 」


 夢を見ることはある。

 しかしそれは昔の夢だったり、それこそ夢とわかるようなハチャメチャな夢だったりだ。

 こんなにも鮮明せんめいで嫌な夢は見たことがない。


 一人ベットの上で考えていると、とびらの向こうからドドドと音が聞こえる。

 そして――


「お兄ちゃん! 大丈夫!!! 」

「デリク、大丈夫かい!!! 」


 ドンッ!


 と、ケイロンとフェナがとびらを開けて入って来た。

 

 生きている。


 物凄い形相ぎょうそうだがケイロンが生きている!


「デリク、君大丈夫かい?! 」

「お兄さん大丈夫? 物凄い汗」

「あ、あぁ。大丈夫だ」


 フェナにしては珍しく心配してくれている。

 金色の瞳にかげりが見えた。


「ちょっと夢見ゆめみが悪かっただけだ」

「ならよかった~」

「はぁ、驚かさないでよね」


 ん? 俺が寝ているあいだに何があったんだ?

 恐る恐る顔を二人に向け、聞いてみる。


「あれだけ大声でうめき声上げて、何いってんのよ! 」

「僕の部屋まで届いてたんだから……心配したよ」

「うめき声、上げてたんだ」


 声を上げていたことにずかしくなり、少しうつむく。


「全く! 何か出たんじゃないかって心配したんだから! 」

「え? 何か出るの? 」

「で、でないわ、わよ! 例えよ、例え! 」


 少し目をキョロキョロさせながら『例え』ということを強調きょうちょうするフェナ。

 まさか、出るのか?

 もしかして市場いちばの人が驚いていたのってこれの事か?


一先ひとまず、今日の準備をしようか」


 ベットから起き上がり、足を床につけ立ち上がろうとしたら……


 バタン。


 俺は床にファーストキスをささげてしまった。


 ★


「魔力欠乏、ですね。一日安静あんせいにしていれば元に戻るでしょう」


 フェルーナさんがそう言った。

 倒れた後、俺は再びベットに寝かされていた。

 フェナがフェルーナさんを呼びに行き、彼女の診断を受けたというわけだ。


 どうやらフェルーナさんは魔法使いらいし。

 え? あの腕力で?

 と、思ったのは秘密だ。


「朝に何か大量に、それも瞬間的に魔力を使ったのですか? 」


 少しあきれ顔で聞いてくるフェルーナさん。


「いえ、そのようなことはしていないんですが……」

「しかし……こうも消耗しょうもうしているとなると、そうとしか」


 何か心当たりがないか聞かれるがまったくない。

 変な夢を見たくらいだ。

 しかし夢は夢。それこそ魔力を消費するような物でもない。


「まぁ今日は安静あんせいですね。冒険者ギルドの依頼はやめておいた方が良いでしょう」

「しかし……」

「デリク、僕は構わないよ。君が休んでいる間に依頼を見てくるから、さ。あと町を見て回ってみるよ。何か新しい事を発見できるかもしれないから」


 情報収集をしてくるというケイロン。

 しかし今回はそれが逆に心配だ。

 夢は夢。

 分かり切っているのだが、どうしてもあれを見た後じゃ警戒けいかいしてしまう。


「……ケイロン、了解だ。だが一つ約束をしてくれ」

「約束? 何だい? 」


 ケイロンは俺のわずかな強い口調に緊張を高める。


「ゴブリン討伐依頼だけは受けないでくれ」


 すると、意外だったのか少しほうけた後、少し笑いながら俺の言葉に返事した。


「ハハハ、もちろんだよ。まだ入りたてなのに受けるわけないじゃないか」

「そ、そうか」

「それに今日休養きゅうようをとったとしても明日万全ばんぜんに動けるわけじゃない。例え僕達がベテランになっても、そんな状態で討伐や採取依頼しないよ」

「それもそうだな」


 受付嬢の事もあるからイレギュラーが発生する可能性もある。

 しかしそれも杞憂きゆうのようだ。


さきんじて軽い依頼をいくつか見繕みつくろっておくよ。リハビリ程度に、ね」


 じゃぁ僕は行くね、と言いケイロンは部屋を出ていった。


「体調がかんばしくないということでごはんは軽いものの方が良いでしょう。こちらに運びますので一階に降りてこなくても大丈夫です」

「じゃぁね、お兄さん! 「ゴッ!!! 」痛っ!!! 」


 一礼いちれいして、フェルーナさんが一階へ降りていった。

 ひりひりするのか頭を押さえ、うずくまるフェナを引きって。

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