第二十五話 臨時休業 二

 危機感あふれる昼食をとった俺は一人部屋のベットに腰ひまを持てあましていた。


「何かすることはないのか? 」


 誰にともなくそうささやいていた。

 思えば何もしない日というのはこれが初めてかもしれない。

 村にいたころは畑の仕事と教会での手伝い、弟妹ていまい世話せわに時々村へ帰ってくるじいちゃんの稽古けいこを受けたりと、何かはしていた。

 こうもひまだと何をしていいのかわからないな。


 ドン。


 ん? 何だ?

 壁の方から音が聞こえた。

 何だろう、と思い壁に近付こうとしたら扉からノックの音がする。

 

「デリク、今大丈夫? 」

「大丈夫だ、入ってきていいぞ」


 ケイロンだ。

 音は気になったものの特に気にすることもなく、入ってくるよう伝える。


 キー、っと音を鳴らしながら扉が開き黒いポニテを弾ませながらケイロンが入ってきた。


「お昼は大変だったようだね。フェルーナさんに聞いたよ」

「いや、まったくだ」


 口元くちもとに手をやる。

 痛みも違和感もないが、あれは二度と味わいたくない。

 ある種のホラーだ。


「だけど、女の子に「あーん」なんて……いい想いしたんじゃない? 」

「何がいい想いだ。もうあれは勘弁かんべんしてくれ」


 ケイロンが意地悪そうに言う。

 あじわった俺の身にもなってくれ。


「ならケイロンがあじわってみろよ」

「え? 嫌だよ、そんな。前もってわかっている危険にっ込むようなことはしないよ」

「いやいや、もしかしたら技量ぎりょうが上がってるかもしれないぞ? 」

「半日もたずにそれはないよ」


 首を振りながら、自分は嫌だとポニテをらす。

 なら言わないでくれ。


 黒い瞳がこっちを見る中、彼はそなえ付けの茶色い椅子に座った。

 そして茶色い紙のたばを机に広げる。


一先ひとまず軽い依頼を一つ見繕みつくろってきたよ」

「お、仕事が早い」

「Fランクの依頼だからね。残り物ばっかり」

「やる人がいないからな。仕方ない」

「逆に無茶むちゃをしなくていいからこっちとしてはありがたいけど、ね」

「そう言えば、ケイロンはいいのか? 」

「何が? 」

「この前見たが、少なくてもFランクじゃ物足ものたりないだろ? 」

「あぁ~いいよ、いいよ。そんなにいそがないし、安全第一で」


 ハハハ、と笑うケイロン。


 しかし、不思議だ。

 スライムとはいえあの動きはどう見てもFランクの実力じゃない。じいちゃんほどじゃなかったがそれでも物凄ものすごい速さだ。


 それに着ている物もそうだ。

 パーティーをんでいて時々ときどき忘れるが如何いかにも上品じょうひんそうな服。それに高そうな細剣レイピアきわめつけは小さいながらもアイテムバック。


 『普通じゃない』


 それにかぎる。

 しかし最低ランクに甘んじている。 

 どういうことだ?

 まぁ野暮やぼ詮索せんさくはやめておこう。彼にも事情じじょうというものがあるのだろう。


「君が明日には回復すると見込みこんで良さそうなものを」

「で、どんな依頼だったんだ? 」

「ヘレンさんの所の解体補助ほじょえらんできたよ」

「了解、それで行こう」

「もう出しているから安心してね」

「俺の了解なしにか? 」

「この依頼なら了解すると思って」

「なるほど」

「もしかして、ダメだった? 」

「考えあっての事だろう? 大丈夫だ」


 うるうるとした瞳でこっちを見るケイロン。

 そんなんだから女と間違われるんだよ!

 ケイロンはよかった、と安堵あんどしほっと息をらした。

 

 受付嬢に変な依頼を入れられる前に入れたのだろう。


ちなみにどんな考えだったと思う? 」

「え? んー」


 ほらほら当ててみて、と挑発ちょうはつしてくるケイロン。

 これは、意地いじでも当てたくなるな。


「……あの受付嬢に変な依頼を入れさせないため」

「えー、つまんないな。正解」

ちなみにあの受付嬢、今日はどんな感じだった? 」

「何か今日はいなかったよ」

「え??? 受付嬢って休みあるの? 」

「流石にあるでしょ。多分輪番りんばん制なんじゃないかな。ほら、前にもとなりの受付嬢が変わってたこと、あったじゃない? 」


 あ、確かにそう言われれば。

 でも専属が休みって……いいのか?


「だから今日あのせきに座っていた他の受付嬢に依頼を先に入れておいてもらった」

「流石、ありがと」

「いえいえ、それほどでも」


 ずかし気に頭をく。


「ならヘレンさんの所に行けばいいんだな」

「うんそう。時間も指定していできた」

「……なんか思ったよりゆるゆるだな」

「Fランクというのもあるだろうけど、多分ヘレンさんが何時いつでもいいって言ったんじゃないかな? 」

「そうか? 」

「だってさ、前の依頼でさえ受ける人がいなかったんだよ? 期限きげんぎると取り下げられるのならば、いつでもいいとした方がいいと思うんだけど」


 ケイロンは「多分僕達をあてにしての事だろうけどね」と言い紙をひらひらとこちらに向けながら推察すいさつした。

 ん? そう言えば、あきらかに紙のたばが多い。

 

「ん? 他のたばは? 」

「これはこの町の地図や周囲のおかや林とかの大雑把おおざっぱな地図と動植物の生息地、モンスターの種類だよ」

「え? そんなもの売ってるの? 」

「売っている、というよりも冒険者ギルドにあった」

「それ、かなり重要なものじゃないのか? 」

「重要だよ。冒険者ギルドの資料室にあったから書きうつしてきた」

「いいのか? そんなことして」

「きちんと了解はとってるよ」


 心外しんがいだ、と言わんばかりにぷくーとふくれるケイロン。

 見ていて可愛かわいらしくあるが、やっていることは可愛かわいらしくない。

 何せ重要機密きみつを外に持ち出しているのと同義どうぎだからだ。


「まぁ行政は頭痛いだろうね……」

「ケイロンのような人がいたら、な」

「違うよ!!! はぁ、こういった資料が冒険者なら無条件で手に入る状況に、だよ」


 バンバンバンと机を叩き、強く否定した。

 確かに、頭を抱えるだろうな。

 それこそ町の地図が敵国に渡ったら大変だ。


「でも、行政が規制きせいしないのか? 」

規制きせいできないんだと思うよ、多分」


 一息つき、はぁーっと紙束かみたばを横にやり机にすケイロン。

 そして説明しだす。


「ギルドと行政は相互不干渉が鉄則てっそくなんだ。だから手出ししたくてもできない、と思う。それこそ手出し出来るのなら冒険者ギルド内の暴力沙汰ざたを法律でしばれるからね」

「ふむふ……む? 」

「これは冒険者ギルドに限らず他のギルドにも言えること……。例えばギルド内で不正があったとしてもそれをさばけない。さばくためには一旦いったんギルドを追放されてからじゃないと無理ということだよ」

「ギルドというのはつくづく無法地帯むほうちたいだよな……」

「本当にね」


 した状態でこちらを見て苦笑いするケイロン。

 その顔にはどこか疲れた様子が見えた。


「だけど行政もギルドの恩恵おんけいを受けているんだ」

恩恵おんけい? 」

「そう。つまり格安かくやすで住民の不安や不満の解消、低予算でのモンスター討伐のようなことを受けてくれるから、コストがかからないんだ」

「町の憲兵さんとかじゃいけないのか? 」

「……人を雇ったりモンスターと戦闘が出来るように憲兵さんを育てるにはかなりお金と時間がかかるからね。厳しいと思うよ」


 持ちつ持たれつということか。

 一人納得なっとくしながらも、ベットから立ち上がり机の紙束かみたばを手に取った。

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