第二十六話 臨時休業 三

「……なぁケイロン、これ全部書きうつしたのか? 」


 机の上にある多くの紙束かみたばを見て、大量の情報に顔を引きらせる。


「そうだよ」


 ドヤ顔で机にしながらも顔を硬直させている俺を見ていた。


ぬすんできてないよな? 」

「そんなことするわけないじゃないか! 」


 すぐさま反応して顔ごと体を跳ね起きらせた。

 バンバンバンと机を叩きながら心外だと言わんばかりに怒るが、俺はどうもこの量がに落ちない。

 とてもじゃないが午前だけじゃ無理だろ。


「だがこの量、午前中だけじゃ無理だろ……」

「フフン! そこは速記ショートハンドを使ったんだよ! 」


 物凄い自慢じまんげに言うケイロンだが、俺は首をかしげた。

 速記ショートハンド? そんな魔法あったか?

 俺が頭に疑問符ぎもんふを浮かべているとその様子が予想外だったのか、驚いた顔で逆に聞いてくる。


「え? 速記ショートハンド知らないの?! 」

「すまん、わからん」

「ええー、魔法使えるから知ってると思って自慢じまんしたのに僕がずかしいじゃないか」


 気を落とし、顔を下に向けた。

 やっぱり自慢じまんだったんかい!


「高度な魔法なのか? 」

「よくぞ聞いてくれました!!! 」


 ガバッ! と勢いよく顔を上げてこちらを見る。

 その勢いの良さに驚き、俺は体を少しビクッとさせた。


「無属性中級魔法——速記ショートハンド。文官系の貴族なら誰も覚えている魔法」

「ん? 確かに初級魔法と中級魔法には習得しゅうとくむずかしさがかなり違うが……誰でも使えるのか? だったらそこまで……」

「いやいや、デリク君。最後まで話を聞いたまえ」


 人差し指を一本立て、横に振りながらそれだけじゃない、とあんげる。

 近付き、もったいぶるので早く続きを言うようにかした。


「おおっと。そうだね。この魔法は通常自分にかけて筆速ひっそくを上げるものなんだけど、僕は付与魔法エンチャントが使えるんだ」

「つまり? 」

「羽ペンに速記ショートハンドを付与。自分にもかけて資料室にある資料を片っから読みあさり書きうつしたというわけ。つまりその速度は二倍以上!!! 」


 どうだ! と胸を張る。確かにすごい。誰にでも出来る真似まねじゃない。

 つまり彼は魔法を二重で使っていたということだ。

 いや、資料を読みながらということをまえるとそれ以上の難易度だろう。


 速記ショートハンド付与エンチャン。一つだけなら難易度は比較的下がるのだろうが二つ以上になると、魔力や集中力等の消費がけた違いだと聞く。

 物凄い努力をしないと無理だろう。


 しかし……待てよ?


「そう言えばこの前、初級魔法しか修得しゅうとくしてないっていってなかったけ? 」

「あ……。そ、そうなんだけど! ほら! あの時は戦闘の事だったし、攻撃や防御魔法の中級魔法と事務じむ系のマイナーな魔法は違うというかっ! なんというか!!! 」


 きょかれたケイロンは必死に誤魔化ごまかそうとしているが、俺はだまされない。


 それは無理があると思うぞ? と内心思いながらも温かい目で彼を見る。

 まぁ最初から謎多き美男子だ、このくらい目をつむろう。

 そう思い目を茶色い紙に移した。


「さてさて、資料の内容だ」

「ふぇ、あ、そうだね。説明しようか? 」

「よろしく」

「任せて! と、いっても地図がほとんどで後はそんなに情報はないんだ。一先ひとまず地図を見てみて」

「この赤い点はなんだ? 」

「モンスター討伐依頼の頻度ひんどが多かった場所だよ。主に冒険者ギルドの裏側に位置する林が多いね」

「……だが全体的にそんなに多くないな」


 いくつにも並べられた資料を広げながらケイロンが解説するが、本当にぽつぽつとしかも集中的にあるだけで広がりが見えない。


「それだけこの町はモンスターに対する被害が少ないということだよ。その代わりに盗賊被害が多いね」


 地図を指さし教えてくれる。


「護衛依頼が多い。特に貴族や豪商ごうしょうの」

「護衛依頼、か。まだまだ先だけど、気乗きのりしないな」

「そう言わないでよ、ね。依頼は依頼なんだから。それにある程度までランクが上がったら指名されることもあるんだから」

「そう言えば、いくらからなんだ? 指名依頼」

「Cランク以上だって。今日聞いてきた。ちょうど担当が違ったしね」


 苦笑いをかべるケイロンに「そうか」と言い、うなずく。

 あの受付嬢に聞くのはかなり精神力を消耗しょうもうするからな。

 いないあいだに聞いておくのがベストだろう。

 

「出現するモンスターもそこまで強くない。スライムがほとんど。だけどこれは都市部に見られる傾向けいこうだね。後は気を付けるところだとゴブリンやウルフ系のモンスター。オーガやトロールのような如何いかにも強いモンスターはこの周辺では依頼どころか確認されていないようだね」

「成程、ありがとう。流石ケイロン! 」

「それほどでも。まっ! このくらいはやってみせるよ」


 と、腕を屈伸くっしんさせ力こぶを作る。

 出来ていないが。何とも微笑ほほえましい。


「もうっ! デリクは見えないのかい? このり上がる筋肉がっ! 」

「細い腕しか見えん!!! 」

「そこは合わせてよぉ~」


 へなへなと椅子に座り込むケイロンだが、こういうのもいいと思う。

 なごむな~。

 彼の様子を見て一瞬いっしゅんほのぼのしていたら、口を開いた。


「……続きを説明しようか」

「その前に片付けないか? 机の上」


 ケイロンの再開の合図と共に机に広がる資料を見る。

 このままだとわけが分からなくなりそうなので一部を二人で片付けた。

 そこまで広くない机なのだ。

 広げるならベットの方が良かったかな、と思ったが後の祭りである。

 整理し直された資料をもとにあとは薬草の形や特徴、匂い、生息している植物に木、動物等々の資料を見てまった。


「うえ~。全部おぼえないといけないのか」

「これをおぼえきったら一先ひとまずFランク卒業だね」

「そうは言うが、ケイロンもだぞ? 」

「だ、大丈夫……だと思う。見覚みおぼえのあるものもあるし」


 二人資料の上に顔を引っ付けて、情報の多さにうんざりした。

 思った以上におぼえることが多すぎる。

 いや、俺が無知むちなだけか?

 そう思い、正面の黒髪少年を見るがそうでもないようだ。

 ケイロンでさえこの状態だ。どうやら俺だけじゃないらしい。


「先輩冒険者はこれを通過つうかしてきたのか……」

「凄い、ね。情報は命、というけれどもこれが最低限だとは」


 その後、起き上がった俺達は情報のやり取りを行っていく。

 するとコンコンコンとノックの音が聞こえてきた。

 二人で返事をするとバッ! と扉が開き銀色の毛玉が転がってきた。


 くるくるくる、しゅぱっ!!!


 転がり、はじけるように大の字開けると銀色の毛玉——フェナが大きな声で告げた。


「お兄さん達! 晩御飯よ!!! 」

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