第九十二話 王都への準備期間 二 ケイロンと買い物 一

 午後、宿の二階にて。

 午前にレストさんからの『ミッション』をこなした俺は部屋でトッキーと話していたのだが、突然とつぜん何の予兆よちょうもなくとびらがドン! と開いた。


「デリク! これから買い物に行くよ!!! 」


 俺、午前中に行ってきたんだが。


『面白そうね。私もひさしぶりに外に出よう』


 ★


 ともあれもとよりリーダーなのにパーティー内で拒否権きょひけんを持ち合わせていない俺はケイロンと外に出ていた。


「どこか行く予定でもあるか? 」

「……ない」


 いきおいよく出たは良いもののケイロンに計画はなかったようだ。

 小さな体を更に小さくさせしゅんとしている。

 何がしたいんだ? 買い物に行きたいのは分かるが……。

 何を買ったらいいのかが分からないのだろうか?


市場いちばにでも行って物見ものみでもする? 」

「行く! 」


 市場いちばへ行くことを提案ていあんしたら勢いよく食いついて来た。

 若干じゃっかん引っかりをおぼえるも市場いちばに行くことにした。


「いつもみたいに多いね」

「ああ。いつも通りだな」


 あれ~? 人数が戻ってる?

 たんに午前の方が多いというレベルをして午前は多かったんだが午後が少ない。

 みんな買い物をませて午後に来なくなったのか?

 それとも有名人があのにいたとか。


「どうしたの? デリク。首をかしげて」

「いや……。まぁ進もう」


 少し違和感を感じながらも俺達は市場いちばの中を進んだ。

 それぞれいつもお世話せわになっている店には挨拶あいさつをしながら進む。冒険者として依頼をこなしているせいか顔見知りが増えた。

 近々ちかぢか王都へ行くことを説明しそのあいだ依頼を受けれない事を伝えていく。


 そして一軒いっけん初めて見る店があった。

 恐らく行商ぎょうしょうか、始めてここで店を開いたか。市場いちばはしにほっそりとたたずんでいた。

 露店ろてんのような感じで置かれている物を遠目とおめで見るとアクセサリー店のようだ。


 そこへ近寄ちかより何かり出し物がないか少しのぞく。

 すると店員の人族の女性が聞いてきた。


「何かお探しかい? 」

「何か良い物がないか、と」

「ははは、初のお客さんだ。存分ぞんぶんに見てくれ。そして買ってくれ」


 何というか言いにくい事をずばっと言うな……。

 しかし悪い印象いんしょうじゃない。ほがらかな人だ。

 そして並んでいるアクセサリーをいくつか見る。

 この銀色にかがやくシンプルな指輪とかいいんじゃないか?


「じゃぁこれで」

「あいよ」


 お金をはらい銀の指輪をもらう。

 スミナのように刻印こくいんをしているような指輪じゃない。

 シンプルな——たんなる指輪だ。

 あ、どうしよう。指のサイズが分からない。


「あー、頑丈がんじょうなネックレスみたいなのはありませんか? 」

「あるよ。ほら」

「じゃぁそれも」

「ありがとうよ! 」


 指輪をネックレスにとおしてもらいそれを小袋こぶくろつつんでもらう。

 出来たものを受け取り買い物を再開さいかいしようと振り返ったのだが……


「ケイロ……あれ? いない」


 ★


まったくもう! デリクは僕と一緒に買い物に来ているのに放っておいて! 」


 ケイロンはイライラとしながら市場いちばを出た。

 その怒りっぷりに周りの人は何事なにごとか? と興味本位ほんいで見ていたが本人は気にしていないし気付いていない。


 今度は指輪だよ、指輪!!!

 何! デリクとティナは結婚でもするの!

 もう知らない!


 一人憤然ふんぜんとしながら足を進め市場いちばを出て大通りを抜けた。

 周りの雰囲気ふんいきがどんどんとくらくなるも本人は気付かず進む。


「……発見」

「え? 」


 どうやらケイロンは気付かないうちに裏路地うらろじに来てしまったようだ。

 声に反応し周りを見ると薄暗く道がせまい。

 そしてその前には男が数人。ほほに傷を持つ者もいれば、スキンヘッドの屈強くっきょうな男もいた。

 あきらかに普通の人じゃない。


「全く王子様、さまさまだな」

「ああ。こうして貴族の子供をさら機会きかいをくれるんだからな」

「……人攫ひとさらい。それも貴族の子供をねらった」


 男達の言葉を受け彼らが何をしているのかかんづいたケイロン。

 恐らくさらって身代金みのしろきん要求ようきゅうするか、はたまた売り渡すか。どちらにしても目の前にいる男達がろくでもないことはケイロンも分かった。


「誕生祭の時貴族はこの道を通るからな。俺達のかせぎ時だ」

「俺達を見て正体に気付くってことは俺達の名前が売れてきたのか」

馬鹿ばか人攫ひとさらいが名前おぼえられてどうすんだよ」

「確かに」

「「「ハハハ」」」


 不愉快ふゆかいわらい声に顔をゆがめながらも相手の顔を確認する。


「手配書におぼえがないね。手配される程の大物ってわけでもなさそうだね」

「ああ”。こいつ一丁手前いっちょうてまえにケンカ売ってんのか? 」

「これからどういう目に合うかも知らずに! 」

「君達程度だ。精々せいぜい僕の鬱憤うっぷんらしになってよね! 」

めやがって……。おいてめぇらこいつは生きてりゃいい。俺達を怒らせたことを後悔こうかいさせてやるぞ」

「「「おう!!! 」」」


 大男達が同時にせまってくるが余裕よゆうな表情のケイロン。

 このさい相手の首をねてやろうとケイロンが腰に手をやるとそこには何もなかった。

 しまった! 細剣レイピア置いて来たままだった。

 その事実がケイロンの行動を止める。

 その一瞬いっしゅんかれ接近を許してしまう。


「大人しくやられろや! 」

「高値で売ってやる! 」

「君の味はどんな味? 」


 腰にやっていた目を上に向けるとすでに目の前に男達がせまっている。

 まずい!

 即座そくざに他の攻撃をしようと考えるも体が硬直こうちょくして動かない。


「ハハハ、いい声で泣いてくれよ」


 巨漢きょかんの腕がケイロンにせまる。

 恐怖で目をつむ一瞬いっしゅん——アンデリックの事を思い出した。

 助けて! デリク!!!


散水ウォーター・スプラッシュ!!! 」


 ★


「ケイロンどこに行ったんだ」

『どうしたのよ。こんなところで』

「うぉ! 何だトッキーか」

『「うぉ」とは何よ、「うぉ」とは』


 市場いちばではぐれたケイロンを探すために周りを探索たんさくしていたが見つからない。

 少しはしの方で休もうとしたらトッキーが視えた。

 ここで話すわけにもいかず裏路地うらろじへ。

 市場いちばで話したらたんなる変人へんじんだ。何せ誰にも視えないのだから。


「トッキー、どうしてここにいるんだ? 」

『今日はあのエルフが外に出てなかったからひさしぶりに外に出たのよ。それにしてもどうしたの? 』

「いやぁどうやらケイロンとはぐれてしまったみたいで」

『それ大丈夫なの? 』

「うーん。大概たいがいの事はケイロン一人で解決かいけつできると思うから大丈夫じゃないか? 」

『……なんかきな臭いうわさを聞いたんだけど』


 トッキーがちゅうでクルクルと周りながら噂とやらを教えてくる。


「噂? 」

『そう。ひさしぶりに外に出たからあっちこっち動いてたら「貴族の子供をねらった誘拐ゆうかいが」って話が聞こえてきたのよ。ケイロン危ないんじゃない? 』

「……確かにケイロンは貴族の子供だが、あいつがやられると思うか? 逆にぞくの方を壊滅かいめつさせそうなんだが」

『それは武器を持っていたらでしょう? 今武器持ってないんじゃない? 』


 ……


「まずいじゃないぁぁぁぁぁぁ!!! どうしよう! ねぇトッキーどうしよう!!! 」

『お、落ち着きなさいよ。冷静じゃないと何も好転こうてんしないわよ』

「そうだけど! そうだけど! どうしたらいいだよ! 」

『あるじゃない。方法なんて』

「いくら探してもいないんだよ! もうさらわれたのか?! いやさらわれたからいないのか! 」

『落ち着きなさいって!!! 』


 ゴン!!!


 と、念力ねんりきのような異能いのうで物を飛ばしトッキーは物理的に俺をしずかにさせた。

 あきれた目を向けながら俺に向かって口を開いた。


『あのね。時の大精霊の加護が先読みなんてちっぽけな力だと思ってるの? 』

「どういうことだ? 」


 頭にこぶを作った俺はさすりながらそう聞く。

 しかし先読みくらいしか思い当たらないんだが。


『よく考えなさいよ。あんた一回だけ使ったじゃない』

「……何を」

『あ~もう! 予知夢よ、予知夢。あれも十分加護の力よ』

「今から寝ろと? 」

『違うわよ! どうしてそうなるのよ! 今思い浮かべるのよ! 彼女を! 』

「思い浮かべる? 」

『そう。頭に小精霊を循環じゅんかんさせながらケイロンを思い浮かべて彼女の『時』を『視る』のよ』

「『時』を『視る』……」

『そう。そもそも確定かくていした未来なんてないんだから彼女のこの後の『もしも』を視るのよ。それが『時の大精霊の加護』の力の一つよ。先読みなんて初歩の初歩』

「だが俺は時の小精霊なんて視たことないぞ。そもそもこのあたりにいるのか? 」

『いるわよ。ほら』


 そう言うと俺の回り、いやこの市場いちば全体に光がちた。


「うわぁまぶし!!! 」

みんなあんたに気を使って出てなかっただけ。私が言いくるめておいたんだから感謝しなさい。いつも視えたらまぶしすぎて生活できないでしょう? 』

「た、確かに。ありがとう」

『時間がないわ。やるわよ、みんな!!! 』

「うぉぉぉ?! 」


 トッキーの一言ひとことで俺の中に時の小精霊が一気いっきに集まり中に入った。

 頭の中をかき混ぜらえるような感じを受けながらもえにえ、視えた先へ俺は走るのであった。


『全くこれじゃ先が思いやられるわ』

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