第百二十九話 王都のアクアディア子爵家別荘へようこそ! 三

 気が付くと俺はベットの上だった。


 パチクリと何回かまばたきをして今の状況を確認する。

 『精霊の宿木』の物ではない豪華ごうかなベットにまどからし込む日差ひざし。

 いつもと違ういいかおりに静かな部屋。

 かけられている如何いかにも高級な毛布もうふを少しずらしながら恐る恐る上体を起こし周りを見た。


「本当にどこだ、ここ? 」


 白い艶々つやつやした丸い机に赤い絨毯じゅうたん、奥には俺の背丈せたけの倍以上の姿見すがたみがあり更に横には衣装棚いしょうだなが。

 しかもそれらが所狭ところせましとと並べられているのではなく十分な間隔かんかくを開けておかれている。


 見たことのない景色けしきだ。有りない。

 確か俺は……。

 と、考えているとノックの音が。それに答えると「失礼します」という声と共に見覚みおぼえのあるメイドが入ってきた。


「アンデリック様。おはようございます」

「お、おはようございます」


 そうだ。この人はルータリアさんだ。声で思い出した。

 猫獣人のルータリアさんは耳をピクピクと動かしながら尻尾しっぽを少しらして挨拶あいさつを。

 俺も顔を向け挨拶あいさつをした。


「まだ体調が完全とは言い切れないかもしれません。今のままでかまいませんよ」


 起きようとした俺にそう言い少しはにかんだ。

 どこか冷たい雰囲気のルータリアさんだったが何やら今日は機嫌きげんが良さそうだ。


「あの……。俺は一体どうしたのでしょうか? 」

「私に敬語は不要ふようでございます。先ほどのご質問ですが、入浴時に倒れてきた仕切しきりりに頭を打たれ気絶しました」


 思い出した! そうだ。あの時精霊のいたずらを受けていると頭から何か衝撃しょうげきを受けたんだった。


「思い出していただけたようで。そしてそのまま起きられなかったためその場にいたレストを含め我々により介抱かいほうされてそのまま眠った、ということでございます」

「申し訳……我々? 」

「ええ。我々でございます。さぞ立派りっぱなものをお持ちで……フッ! 」


 機嫌きげんの良さそうな顔をずらし小さくわらった。

 その反応にカーっと顔が赤くなる。

 え? まさか見られたの?! レストさんやガイさんならまだしも女性に見られた?!

 そしてその嘲笑あざわらうかのような顔! 俺は一般的だ!!!


「ま、冗談じょうだんはさておき」

冗談じょうだんかよ!!! 」

「ええ、冗談じょうだんです。運び出したのはレストさんとガイさんですので」

「そっか……」


 その言葉を聞き安堵あんどした。

 流石に全裸を見られたわけではないらしい。

 そう言えば他の面々めんめんはどうしたんだろう。

 上体を起こしたままの姿で彼女の方を向く。


「他のみなさま様は、スミナ様は疲れているのか部屋にて休憩きゅうけいを、お嬢様は各家に挨拶あいさつに行くため準備を、ケイロン様も同様に準備をされますが一度ドラグ伯爵家の別荘べっそうへお戻りになられています。エルベル様はこれ以上暴れられては困るので魔法により眠らさせていただいております」

「……お世話せわになっております」


 そっか。みんな俺とたような感じか。

 エルベルはすでにこの家の人に厄介人やっかいにん認定されたんだな。おめでとう。

 あれ? そう言えばさく修繕費しゅうぜんひはどうなるんだ?


修繕費しゅうぜんひはご心配ありません。少々痛みがあったようでそこからくずれ、倒れたようです。全く旦那様達にも困ったものです」


 どういうことだ?

 んんん???

 首をひねり考えていると少しため息交じりに口を開いた。


「どうやら意図的いとてきに穴を作っていたようで、そこから徐々にくさり始め、倒れたということです。つまり今回は旦那様の過失かしつがもたらしたもの。よってエルベル様には修繕費しゅうぜんひ要求ようきゅういたしませんのでご安心を」


 穴? ああー――!!! のぞき穴か?! お風呂に存在するという伝説のあれか! 村の教会にあった冒険本に書かれてたやつかっ!!!

 え、そんなもの作っていたのか! うらやま……いやけしからん!


くさ具合ぐあいを考えると相当そうとう昔の物ようで……はぁ。全く何をしているのか。ともあれお嬢様より本日はここでお休みになるように言伝ことづてさずかっています。不便ふびんやもしれませんがご容赦ようしゃを」

「いえ、こちらこそよろしく」


 そう言いベットから降りて礼を言う。

 開けたまどから朝の良い風が入って俺の服をなびかせた。


「では私はこれで」


 言葉を受け取ったのか扉の方へ行きノブに手をかける。

 そんな彼女を見ながら俺は肌触りの良い服をただし……

 ん? ちょっと待て。俺は何で着替えて?


「……いいものをお持ちで……フッ」


 赤面する中いい顔で彼女はこの部屋を出ていった。


 ★


「西の森にひそんでいた賊の排除、か」


 カルボ王国カルボ三世は執務室で報告書を読んでいた。

 今は――有事ゆうじではないが――多忙たぼうな時期である。本来ほんらいなら王都騎士団から上がってきた報告書などは他の文官に任せて他の事を行わなければならない。

 が、そうは言ってられない。

 物が物だったからだ。


 昨日の報告から一夜明け目にくまを作ったカルボ三世は早朝一番に宰相さいしょうに王都騎士団から上がってくる報告書に注意せよと命令を下す。


 宰相さいしょうも最初は何を言っているのか分からなかったがすぐにさっする。

 膨大な量の中から一枚の報告書を見つけたのはその日の昼に近かった。


「ドーマ、これをどう考える? 」

「陛下。執務室では『宰相さいしょう』をお付けください」

「いいではないか、ドーマ。俺達のなかじゃないか? 」

「どこで誰が見張みはっているのか分からないのですよ? せめて人目ひとめが完全にないところでなら構いませんが」


 と言い天井てんじょうを見た。

 しかしそこには何もおらず何も感じない。


「はぁぁ、分かった、分かった。じゃぁドーマ宰相さいしょう、この報告どう思う? 」

「そうですね。にわかに信じがたい、の一言でしょうか」

「同意見だ。王都直轄領の騎士だ。それなりに実力は把握はあくしている」

「ええ。王国騎士団や魔法師団、もしくは兵団ならまだしも王都騎士団。これだけの実力者をほおむるなど不可能、とは言いませんがむずかしいでしょう」


 そう言い王が持つ紙に目線めせんをやる。

 書かれていたのは参加人数、討伐した人数、賊の特徴、手紙と共に運ばれたカルボ・ファイブの存在、そしてその実力であった。

 主犯格であろう者の特徴——剣が通じない、こぶしから魔弾まだんを出す、のようなことも書かれている。


 王都騎士団は基本的に『王都』を守るための騎士団である。憲兵団とは別組織だが騎士爵を持った治安維持隊といった所だ。彼らの役割やくわりは基本的に王都における暴徒鎮圧ぼうとちんあつ等に向けられ憲兵で抑えられない、憲兵よりも上の権力で抑える相手を抑えるために設置している。


 が、その実力は『王国』騎士団等には遠くおよばない。

 地力じりきが違う。


 ならば王国騎士団を王都に設置せっちすればいいではないかと言う話になるが金がかかり、また有事ゆうじの防衛のさい手薄てうすになるため彼らを設置せっちしているのだ。


「最初の作戦は発見した後に大量投入だったはずだが? 」

「彼らもそれは知っているでしょう」

「少なくともこの人数では……難しいな」

「誰か他の者が行ったことも考えられるのでは? 」

「それを横取よこどりしたと? 」


 ふむ、とあごに手をやり考える。

 そして眉間みけんしわをよせゆっくりと口を開いた。


「騎士団所属であると同時に我が国の貴族だ。そのようなことをする者の集まりとは考えたくないが……。有りるな」

「軍事機密きみつを流している大きなネズミもいるようですしね」


 二人で考えていると少しあらいノックが聞こえる。

 何か有事ゆうじか?! と気が早まるもそれを抑えて一呼吸おき「入れ」と許可を出した。


「失礼します! 獣王国『ビスト』カイゼル五世陛下ロナ・カイゼル王妃おうひ殿下、並びにご息女そくじょリン・カイゼル殿下により面会の申し込みがございました! 」


 それを聞き嫌な汗を流しながらも面会に応じると伝え早急そうきゅう支度したくをするのであった。

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