ケイロンの休日 三

 深夜しんや、貴族街屋敷やしき一室いっしつにて。


 僕はってきたメイドや執事達と一緒に一室いっしつりて、この屋敷やしきを管理している使用人達と会っていた。

 この町に来たのはこれで二回目。僕が小さなころだ。


あらためて、おひさしぶり」

「「「おひさしぶりです、お嬢様」」」


 右手を上げフランクに笑顔で挨拶あいさつすると彼女達は一斉いっせいに返事する。

 本当は顔とかおぼえていないのだけど、形式けいしきというのは必要だろう。

 一応この町にいる家の者は僕だけだ。代表してねぎらう必要がある。


みんながこの家を管理してくれているおかげで、綺麗きれいに保たれたままだ。ありがとう」

「そ、そんな恐れ多い……」

「お言葉をいただけるだけでありがたいです」


 お礼の言葉を述べると、感極かんきわまった感じで使用人達はいう。

 そこまで感動されても、ね。


 周りを見渡す。今は魔道具を使って部屋全体を明るくしている状態だ。

 その明るさは日中を思わせるほど。広さはかなり広く急遽きゅうきょ用意されたであろう机とソファーが中央ちゅうおう設置せっちされていた。

 外から見たらさぞパーティーでもやっているようにみえるだろう。


「なんかごめんね。急に押しかけて」

「いえいえ、滅相めっそうもございません」

「この屋敷やしきはお嬢様方の屋敷やしきでございます」

「いついかなる時来ていただいても大丈夫でございますゆえ」


 謙遜けんそんしている使用人達を見て「そこは胸を張っていいんだよ」と言いたい。だがそれを言ってしまうと堂々どうどうめぐりになるからやめておこう。


 しかし本当に綺麗きれいに掃除が行き渡っているな、と感心かんしんした。

 見る限り、不備ふびがない。

 あまりおとずれない屋敷やしきをここまで管理するのは大変である。彼女達の勤勉きんべんさが良くわかる部屋であった。


 とりあえずソファーに座るようにうながされ、そのまま座る。

 ひさしぶりの感触かんしょくだ。

 銀狼の部屋もいいけど、やはりしつが違う。


 座ると準備していたのかワゴンで紅茶を持ってきて、そそぐ。

 飲み物でのどうるおし、気になっていたことを聞いてみることに。


ちなみに……だけどさ。僕がいるの、気づいてた? 」


 恐る恐るである。

 変装へんそうに自身はあった。だけど、本家の人にすぐにばれてしまった。

 もしかして分かりやすかったのだろうか?


「……非常に申し上げにくいのですが……」

「ん? 良いよ、言ってみて。今後の参考さんこうにするから、さ」


 主に逃げる時のね。

 そしてけっしたかのように黒と白のメイド服の女性が言った。


「買い物をする為に市場へ向かう途中……」

「お姿を拝見はいけんすることがあり」

「「「すぐに分かりました」」」


「え??? すぐに? 」


「はい。正直お声をかけた方がいいのか分からず、困っておりました」

「そこに本家の方々がやってこられて少し様子を見ようということになりまして」

「こうしてご挨拶あいさつが遅れた次第しだいでございます」

「「「申し訳ありませんでした」」」


 深々ふかぶかと頭を下げる使用人達だが、僕はすぐにばれていたことに吃驚びっくりしてそれどころじゃない。

 そもそも二回しか会ってないのになんで姿が分かるの? 僕ってそんなに成長してない?!

 不自然だよね?!


「……確認だけど、僕達数回しかあったことないよね?」

「はい、その通りでございます」

「しかし旦那様や奥様、そして御兄弟の方々かたがたが来るたび容姿ようしや何があったかなど詳細しょうさいにお話になられていたので……」

一目ひとめでわかりました」


 それを聞き、がくりと落ち込んだ。

 よし、後で会ったらめよう。


「結構自信があったんだけどなぁ」


 そう言いながら、服を見る。

 青いブレザーに黒いロングパンツ、そして白いシャツ。

 ん~、大丈夫だと思ったんだけどダメだったか。

 しかし僕の言葉が意外だったのか本家のメイドが口を開き、指摘してきする。


「え? お嬢様、その服装で身分をかくしているつもりですか? 」

「どう見ても、旅人でしょう! 」


 メイドの言葉に食いつく。

 ほらほらほら! とアピールするもメイドはあきれた視線しせんを送ってくる。

 どこからどう見ても旅人だと思うんだけど!


「ほら! 学校の時の服とは違うし、派手じゃないし! 」

「……どう見てもおしのび貴族ですよ? ご自身はかくしているとお思いでしょうが、全くかくせておりません」

「えぇぇ!!! そんなぁ……」


 いそいでてきたから流石さすがに『完全に』とは思ってなかったけど、そこまでなの!


「そのようなひんの良い旅人はいませんよ。むしろ良くここまでご無事で。私は、私は……とても不安でした……自分のが」

「せめて僕のあんじて?! 」

「自分のあんじることがお嬢様の安全につながるので、間違ってはおりません」


 きっぱりと言うメイドに苦笑いする。

 はっきりと言うなぁ……。

 まぁ僕が小さいころからだけど。


「ん? と、言うことはデリクは僕の事ただの旅人じゃないと知ってるのかな? 」

「知っているでしょう。知らない方がおかしいです。貴族令嬢れいじょう、もしくは豪商ごうしょうむすめあたりと考えているのでは? 」

「へぇ……なら、知ってて言わないでくれるんだ。やさしぃ」


 その一言で全員がいろめき立つ。

 深夜の屋敷やしきに声がひびく。


「お嬢様に春がっ!!! あの男まさりなお嬢様に春がっ!!! 」

「身分をえた愛ですわ!!! 」

「面白くなってきました! あの時隣にいた男の子ですね! 」

「相手は自称じしょう婚約者のキ……伯爵令息れいそくですよ! きましたわぁ!!! 」

「何みんな、勝手にり上がってるの! 違うから! デリクと僕はそんな関係じゃないから! 」


 否定するも、更にり上がっている。

 彼の事そんな目で見ていないから!

 と、いうよりも一人とても失礼なこと言ってたよね?!


「お嬢様、嘘はいけませんよ。嘘は」

「身分をかくし、恋する令嬢れいじょう! これほどり上がるものはありませんわ! 」

「この前買った本の通りです! いばらの道のさきみのる恋があるのですね! 」

「だから違うって!!! 」


 否定していると、後ろから肩をつかまれた。

 振り向くとそこにはメイドが一人、真面目な顔をしてこちらを見つめていた。


「お嬢様の結婚条件はお相手が貴族であること、と旦那様に認められることでございます」

「ちょっ! なに言って!」

「私——メリッサは応援しております故……」


 副メイド長メリッサの言葉を否定しながらも、夜はふけていく。

 僕はこれから彼女達の前で余計よけいなことを言わないでおこうと心に決め、宿屋『銀狼』へ戻るのであった。

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