ケイロンの休日 二

 バタン。


 僕は冒険者ギルドのとびらを閉めた。


 石畳いしだたみの道を行き、振り返る。

 いつ見ても思うが外と中の大きさのギャップが激しい。

 外からはあまり広く見えないが、中はかなり広い。

 再度前を向き、宿へ足を向けた。


「資料室は行ったし、ランクの事も聞けた。後は……」

「きゃぁっ! 」

「すみません!!! 」


 独りごとを言いながら進んでいると、女性とぶつかってしまった。

 迂闊うかつだ。

 あまり前を見ていなかった。


 女性の声がした方を見ると町人のような姿の女性が転げている。

 これはいけない!


「大丈夫ですか?! 」

「あ、ありがとうございます」


 手をべ、彼女を起こす。


「お怪我はありませんか? 」

「い、いえ。こちらこそ不注意でした。申し訳ありません」


 ん? この匂いは……。

 嗅いだことのある匂いに頭をめぐらせていると「すみませんでしたー」といい颯爽さっそうと宿とは反対側にかけていった。

 

 彼女がったあとを見て「一体何だったんだろう? 」思いながらも宿へ行こうとすると違和感に気が付いた。

 ブレザーのポケットの中に何かある?!


 恐る恐るポケットの中に手を入れ、確認すると一枚の紙きれが入っていた。


 【別荘べっそうでお待ちしております】


 この文字は?!

 なるほど、嗅いだことある匂いのはずだ。


 まだ日が高い中、天をあおぎ理解した。


 どうやらもうすでに追手おってが着たようだ。


「まだ数日しかたってないよぉ~」


 ★


 宿屋『銀狼』二階ケイロンの部屋。


「ふぅ、行くしかないか」


 そう言いいつもの服に身をつつむ。

 憂鬱ゆううつだ。本当に憂鬱ゆううつだ。

 恐らくすぐに追ってきたのだろ。

 情報を流して、こっちの人員で探すには速過ぎる。


「よし! 身体強化! 軽量化ウェイトダウン! 」


 保有魔力を循環じゅんかんさせ体を強化し、魔法で軽くする。

 いつもと同じように移動しやすくした。

 憂鬱ゆううつな気分も少し軽くなった気がする。


「跳躍! 」


 そして武技ぶぎを発動させてまどから出た。


 ★


 月がらす町をねるように移動している。

 途中とちゅう見覚みおぼえのあるシルエットを見た。


 ん? あれは……エカテーさん?

 こんな時間に何だろう?

 それに隣の黒い人は?


 瞬時に建物のかげに隠れ、息をひそめる。

 あっちは……確かスラム街の方向だったような……。

 地図には示されていないが、当然とうぜんのようにそこにあるスラム街。

 何しに行くんだ?

 嫌な予感がしながらもやり過ごし、指定された場所——貴族街の別荘べっそうへ向かった。

 

「「「お帰りなさいませ。」」」

「……帰りたくなかったんだけど」


 目の前には一斉いっせいに頭を下げる使用人達の姿があった。

 ここはバジルの町の貴族街。その一角いっかくにあるとある貴族の屋敷やしきである。

 そして目の前にいるのは本家からやってきたメイドと執事が数名ずつ。

 本当に嫌気いやけがさす。


「そうはいきません。旦那様も心配なされていましたし」

「あの騒動が治まったら考えてもいいけど? 」

「そ、それは……」


 早く帰ってきてくれというメイドに対しきびしい目線を向ける。

 それに対して狼狽うろたえ、後ずさる彼女。

 彼女の権限けんげんでできるはずはないのは分かっているけど、こうも早く追いつかれたらたりの一つくらいはしたくなる。


「そのくらいにしておいてはやってくれませんか? お嬢様」

「ならば放っておいてくれたらいいじゃないか」


 一人の年長のメイドが一歩前に出て口を開いた。

 だけどそうはいかない。認めるわけにはいかない。

 少しくらいは譲歩じょうほを引き出さないとここまで来た意味がない。


「そうはいきません。お嬢様をれ戻すことが我々の任務でございますので」

「へぇ、僕に勝てるつもりなんだ……」


 にらみつけると、少し後ずさる。

 勝てるはずがない。

 相手が隠し持っている武器を抜く前に僕の掌底しょうていとどく。

 そのくらいの実力の差があるのだ。


「はぁ……やめておきましょう。あぁ……旦那様と奥様になんて言い訳したら……」


 おたがいに威圧いあつを飛ばしているとかなわないと思ったのか彼女は体の力を抜き、なげいた。


「そのまま言えばいいじゃないか。僕が「自称婚約者騒動が治まったら」って言ってたって」

「我々ではどうにもできません。何せあの御方おかたは……」

「そこまでだよ。そもそもを婚約者と思いたくないし婚約者じゃない!!! 」


 姿を思い出すと身震みぶるいする。


「うゔ~気持ち悪い……」

「おいたわしや、お嬢様」


 メイドの一人がポケットからハンカチを取り涙をふく真似まねをした。


「なら、変わるかい? 相手は超優良物件、伯爵家の次男だ。もしかすると彼は実家をぐかもしれないよ? なんなら僕から推薦すいせん状を出してあげるよ」

「嫌でございます」


 涙をいていたメイドはすぐさまハンカチをしまい、きっぱり言った。


僭越せんえつながら……御方おかたはお嬢様に相応ふさわしくないと思うのですが……」

「そう! その通りだよ! いやぁ話がわかるね」

婚約こんやく、といっても向こうが一方的に言っているだけでございます。ならば本家に帰った方が安全なのでは? 」

「確かにそうなんだけどね。向こうは僕の家の構造こうぞう熟知じゅくちしていると思うよ。だから家よりも外の方が安全だと思ってね。何せ……」

「「「あ~~~」」」


 全員が納得なっとくしたといわんばかりに声をそろえる。

 そして執事が一人前に出て口を開いた。


「旦那様や奥様からはれ戻し、尚且なおかつ安全を確保かくほすることをめいじられております」

「でも、無理だよね」

「はい。ですので、せめてお嬢様をこの地で見守る事とこの事を報告することをお許しください。これが最大限の譲歩じょうほでございます」

「はぁ分かったよ」


 あきらめたように両手を上げ、そのあんに了解する。

 しかし予想以上の譲歩じょうほ内心ないしん微笑ほほえんだ。

 追加で人材を送られてくるだろう。だが、それはあまり問題にならない。何せれ戻すことよりも身の安全を保障ほしょうすることが本来の任務のはずだからだ。


 向うが言っていることも無茶苦茶だ。

 そもそも婚約こんやくなどしていないし、今頃いまごろ父上や母上が怒鳴どなんでいるだろう。

 少し予想外だったのは僕がいないあいだに向こうが勝手に婚約こんやくを発表したことだ。

 これさえどうにかなれば、後はどうにでも……。


「フフフ……」

「お嬢様、失礼とは思いますが少しお顔がみだれておりますよ」

「おおっといけない。ところでなんだけど……」


 そう言うと年長のメイドが首をかしげ「何でございましょう? 」と聞いてきた。


「少し調べて欲しい事があるんだけどいいかな? 」

「内容にもよりますが……」

「実はこの人を調べて欲しいんだけど――」


 そう言い、指示を出す。

 しかしその対象たいしょう困惑こんわくしている。


「これは……旦那様に直接指示をいただかないと無理でございます。なので……」

「うん。構わない。出来るだけ早くね」


 無理を承知しょうちで調べに入るのだ。

 父上と母上にここにいることを証明しょうめいしてしまうがそこは妥協だきょうしよう。まぁここにいることはすぐにわかることだし。

 今後がかかっているからね。

 入念にゅうねんに調べてもらおう。


 話を終えたのでこの屋敷を管理している使用人達が集まっている所へ向かうのであった。

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