第六話 宿屋『銀狼』 一

 俺とケイロンは冒険者ギルドを出ていった。

 気分は重い。

 主にエカテーとか言う受付嬢の事だ。

 冒険者ギルドに入れたはいいもののこれからが不安だ。

 何せ彼女が専属になってしまった。

 勿論のことことわりたかったが最下級の冒険者に拒否権などなく、明日来るようにだけ言われ放り出されてしまった。


 俺達と同じようにギルドから出てくる冒険者は多くいる。

 みな仕事終わりなのだろう、疲れた表情でギルドから出てきていた。

 だが俺達と違うのは疲れた顔の中でも生き生きとしていることだ。


「なぁケイロン、これからどうなるんだろう……」


 身長差のせいか上からのぞき込むように見て、そう言う。

 ケイロンもケイロンであの受付嬢の事は完全に予想外だったのだろう。

 見上げた表情は暗い。


「……そうだね。まぁ専属になったからと言って、僕達に特に義務ぎむが出てくるとは思わないけど……最初は軽めの仕事から行こうか」


 ハハハ、とかわいた笑みを浮かべながらこちらを見上げそう言った。

 しかしいつまでもギルドの建物の前にいても仕方ないので、宿を探しに行くことに。


 ★


 宿がある区画くかくまで行くとそこは人、人、人であった。

 近くに市場がある事も原因の一つなのだろうか。

 そこまでの道はケイロンが情報収集したおかげで楽に行けた。

 しかし……


「どこも満室まんしつだね」

「まずいな」


 二人で相談し合う。

 宿を探したはいいもののどこも満席のようだ。


「なんで満席なんだ? 何かまつりでもあるのか? 」

「さ、さぁ~どうなんだろう? 」


 もしかしたらと思い、ケイロンに聞いてみる。

 しかし彼もあまり知らないようだ。


「しかしどうするか……」


 独りち、空を見る。

 太陽が真上に来ている。

 宿がある区画くかくまで来て大分時間がった。


 ぐぅ~という、かわいい音が隣からした。


「腹もへったな」

「そ、そうだね」

「どうした? 顔を赤らめて」

「な、なんでもないよ! 」

「もしかして恥ずかしがってんのか? 男同士なんだから別に気にするほどでもないだろう? 」

「そ、そうだね! 気にする必要なんか! ないよね! 」


 俺の前で腕を振りながら、そう言う。

 何をそんなに赤くなってんだ?

 まぁいいか。


「しっかしどうしたものか……ん? そう言えばガルムさんの宿って行ったっけ? 」

「ふぇ?! あ、あ~ガルムさんね……。そう言えば行ってないね」

「確か、宿屋『銀狼』だっけ? 」

「行ってみる? 」

「もしかしたら満席かもだが、行ってみるか」


 そう言い俺達は『銀狼』を探すのであった。


 探し、歩くこと三十分程。

 俺達は宿屋『銀狼』へ着いた。

 しかし……これは宿というよりもたんなる家ではないだろうか? それほどまでに探すのに苦労くろうした。


 赤い煉瓦レンガ造りの建物に簡単な看板かんばん。それも宿の名前を書いているのではなくベッドの絵を描いている。

 確かに俺の村以外の村の話を聞くと文字を読める人は少数派のようだ。

 だが、名前くらい書いていてもいいんじゃないだろうか。


 少し見上げ様子を見た。

 宿の大きさも普通の家と変わらない。

 二階建てのようだ。上の階に窓のような物が見える。


 そして何故なぜこの場所が分かったかと言うと……


「どうだ! ここが俺の店だ! 」


 隣の狼獣人が満面まんめんの笑みでそう言ってきた。

 つまりとうの店主ガルム本人に連れてきてもらったということだ。


 銀狼を探しに四苦八苦しくはっくしていると見知った耳と尻尾を見つけた。

 ガルムも気配で分かったのだろう、俺達の方を見て挨拶を。

 俺達は最初の目的だった冒険者ギルドへの登録が終わり、銀狼を探していることを伝えると喜び、ここまで連れてきてくれたのだ。


「いやぁ宿屋を始めたはいいんだが、客が来なくてよ」


 そう言い困った顔をしながら、ガルムが木でできたとびらを開ける。


 中へ入ると外観がいかんとはことなりかなり清潔せいけつな空間だった。

 恐らく家と間違われてお客さんが来なかったのでは? と思ったが口には出さない。

 木でできた床を歩き、正面の机へと向かった。


「おーい! 客を連れてきたぞ!!! 」


 ガルムがそう言うと「え? お客さん?! 」と若い声が聞こえてきた。

 「本当にお客さん?! 」と違う声も聞こえる。

 声がしたと思うと、ドタバタと正面の机の隣にある通路つうろから音が聞こえ、止まる。


「あぁ~よめと娘なんだが……少し時間がかかりそうだ」


 そう言うと隣にいたガルムは机の裏まで行き、机の下から帳簿ちょうぼような物を出してきた。


「悪いんだが、先にこれを書くから名前とか教えてくれ」

「宿の台帳だいちょう、ですね」

台帳だいちょう? 」

「そう、まぁ誰が何ぱくしたか書く物だよ」

「へ~。物知りなんだな」

「これでも旅は初めてじゃないからね」


 少し自慢じまんげに言い、ケイロンが名前を伝えた。

 次いで俺も名前を言い、それをガルムが台帳だいちょう記載きさいする。


「何ぱくするんだ? 」

「ケイロンは? 」

「僕は一旦いったんはこの町に拠点きょてんを置こうかと思っていたから一か月ほどは考えていたけど、デリクはどうする? 」

「ケイロンが一か月するなら俺も一か月だろう。仲間なんだから」

「そ、そうだね」

「お熱いのは良いが、一か月ってことでかまわねぇか? 」


 大丈夫です、と答え一か月ほど泊まることとなった。

 しかし何を考えているんだろう? ケイロンは男だぞ? いくら美少年とはいえ、俺はそっちじゃない。

 前言撤回ぜんげんてっかい要求ようきゅうする!


「じゃぁ一人一部屋でいいか? 」

「え? 二人一部屋で」

「え??? 」


 驚愕きょうがくちた顔で俺の方を見るケイロン。

 いや、何「意外だ?!」みたいな顔をしてるんだ?

 もしかして俺との相部屋あいべやは嫌だったか?

 それはそれで悲しいが、ここは経費けいひ削減の意味もある。

 説得せっとくせねば。


「ケイロン……。一人一部屋だと単純に金がかかる」

「だ、だけど……」

「それにだ。俺達はパーティーだ。男同士何も心配する必要などない」


 そう言い顔を近づける。

 どんどんと顔を赤らめ、どうにかして一人一部屋にしようとするケイロンに説得せっとくこころみていた。


「なるほど……『男同士』ね。いいだろう、二人一部屋だ」


 ガルムからの援護えんごを聞き、ケイロンが項垂うなだれた。

 これで二対一だ。

 ケイロンも引き下がるしかなかろう。

 しかしガルムさんよ、何か勘違かんちがいしていないか?

 確かに男同士だが強調きょうちょうする所が違う。

 断固だんことしてそちらではない事を主張しゅちょうする!


「……これでよしと。めしは……朝・昼・晩の三食だ。時間になったら一階へ来てくれ。ギルドの依頼とかでいらねぇ時はその都度つど言ってくれ。調整ちょうせいする」


 そう言い、ペンを置き帳簿ちょうぼをこちらへ向けた。


「わりぃがこっちにサイン……しるしになるようなものを書いてくれ。役所やくしょに出す時に必要なんだ」

「名前でいいですか? 」


 ケイロンがれたようにたずねる。


「おっ! 文字が書けるのか! なら話が早い。名前で構わねぇ」


 名前でも構わないということで帳簿ちょうぼを受け取り、机の上で羽ペンを使いケイロンと俺は名前を書いてガルムに返した。


「……俺より字がうめぇ……」


 俺達の字を見てかなりへこんでいた。

 帳簿ちょうぼの文字や数字を見るかぎり、確かにガルムさんの文字はお世辞せじにも綺麗きれいとは言いがたかった。

 へこむ程の事でもないが、下手へた気遣きづかわない方が良いだろう。


 そうしているとカウンターの隣がまた騒がしくなり、バンッ! という音ともに扉から一人の狼獣人の女の子が現れた。


「またしたわね! 私がこの宿——『銀狼』の看板娘! フェナよ!!! 」

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