第九十九話 いざ出発!!!

「やあ」

「少年、この前はありがとう」

「おお、この前の少年じゃないか! 」

「今回はよろしくお願いしますね」

「……僕の家族」


 ……見覚みおぼえあるぅぅぅ!!! この人達この前の人達だ。

 恐る恐る目線めせんを上げて思う。

 現実は非情だ……。ああ確かに「現実は非情」でしたよ。


 ★


 今日とうとう出発しゅっぱつの日が来た。

 俺達は準備をませて銀狼の前で同行どうこうするケイロンの家族を待っていた。

 俺以外はみんないつもの服装だ。

 俺はこの前セレスに買ってもらった服を着ている。

 ケイロンに「に、似合ってるよ」と笑われて以降この服を着るのはあまり気乗りしない。

 ちょっとした貴族気分になるかと思ったが、着なれない物は着ない方が良いとしみじみと思った。


 ちなみにアクアディア子爵家の面々めんめんはすでに馬車と移動の準備をませている。

 俺達はあくまで「護衛依頼」ではなく「同行どうこう」なのでケイロンの馬車の後ろか荷台にだいに座ることになる。

 アクアディア子爵家の人達もひさしぶりにドラグ伯爵家本家の人達と会うのか緊張している様子だ。ひたいに汗をにじませている。

 なおいつのにか復活していたレストさんだがどうも本調子ではないようだ。少しばかり顔色が悪い。


 そして待つこと四半刻はんこく程。

 俺とケイロン、エルベルとスミナ、そしてセレスを筆頭ひっとうにしたアクアディア子爵家の人達の前に数台のきらびやかな馬車が出てきた。

 アクアディア子爵家の馬車も相当そうとう豪華ごうかだが、それ以上である。

 というよりも少し光って見える。

 馬の足音が俺達の前で止まり、馬車のとびらが開くとそこからまず使用人が出てくる。

 そしてとびらを開け、中からムキムキの男性にさわやかイケメン、そしてドレスを着た若々わかわかしい女性にこの中で一番年上だと思われる男性が降りてきたのだ。


 そしてケイロンが彼らの方へ行き一言ひとこと


「父上。挨拶あいさつを」

「おっとすまないね。僕はドラグ伯爵家現当主とうしゅでケイロンの父——ピーター・ドラグだ。今日はかげながら護衛してくれるそうだね。よろしくね」


 とし誤魔化ごまかしているとしか思えないイケメンが一歩前に出て自己紹介した。

 そしてその隣の金髪碧眼へきがんの女性が更に出てドレスを軽くつまみこちらを見る。


「私はジュリア・ドラグ。ピーターの妻で、ケイロンの母になります。これからもよろしくお願いしますね。アンデリック君」


 ニコリと微笑ほほえみ、挨拶あいさつを。

 したしみのある言葉のはずなのだがなぜだろうか。この人にさからってはいけないと本能ほんのうげている。


「少年、この前はありがとう。私は長男のアドレノ・ドラグ。王都までよろしくね」


 そう挨拶あいさつするのは細身ほそみな青年貴族だった。

 短めな黒髪と黒い瞳。身長は高めでエルベルと同じくらいだろうか。

 だがその横にいる男性のせいで彼が小さく見える。


「俺は次男のケルマ! ケルマ・ドラグだ! これでも王国騎士団第三騎士団隊長を陛下からさずかっている! 筋肉がりんぞ、アンデリック少年よ! 」


 彼に合わせたのだろう服はピッチピチだ。

 恐らく貴族服でこれ以上大きな服を用意するとなると厳しいのかもしれない。

 この中で一番背が高く、ケイロンとくらべるともはやケイロンがドワーフ族に見えるくらいの身長差だ。

 長男のアドレノ様とは違いケルマ様は金髪に少し深めの茶色い瞳をしている。母親にだろうか? いや体つきは全然てないが。

 よく馬車に体が入ったな。

 と言うか第三騎士団隊長?! そんな人がここにいていいのかよ……。職務しょくむはどうした。


「で、僕の本名ほんみょうがケイロン・ドラグ。ドラグ伯爵家の中では一番年下かな」


 はははと笑いながらこちらに向き直すケイロン。

 笑えねぇ……。笑えない家族構成こうせいだよケイロン。

 伯爵家当主に次期当主、そして王国騎士団第三騎士団隊長?!


 今回の同行どうこうする面々めんめん構成こうせい戦々恐々せんせんきょうきょうとしながら伯爵家の護衛騎士団をちらっと見る。

 屈強な騎士にどことなく強そうな魔法使い。

 俺達、本当に『同行者』になってしまったよ。『護衛』じゃなくて。

 トホホ……。

 ん? ちょっと待て。


「あの……。もしかしてこの前言っていた家出いえでした妹って……」

「え? 兄上達そんなこと言ってたの?! 」

「「……」」


 俺がそうつぶやくとケイロンが「ありえない! 」と言いながら兄達にった。

 するとぷいっと顔をそむけてしまった。

 ケイロンの事だったのか。

 そう思うとケイロンが好きな人と言うのが気になる。

 なんだかな。このもやもやした気持ちは。


 ケイロンとアドレノ様達が言いあらそっているあいだにピーター様にセレスが近づいていた。

 挨拶あいさつか?


「おひさしぶりです。ドラグきょう。そしてジュリア様」

「これはセレスティナじょうひさしぶりですね」

ひさしぶりね、セレスちゃん。ケイロンの卒業式以来いらいね。時には遊びに来ればいいのに」

「ありがとうございます。また次の機会きかいに足を運べたら、と」


 貴族だ……。貴族の挨拶あいさつをしている。

 しかしかなり関係は良いようだ。話の内容からしたしい間柄あいだがらと言うのが窺える。

 が、どうしてかアクアディア子爵家の使用人達からは緊張した雰囲気ふんいきただよってくる。

 このは何だ?


「今回は殿下でんか誕生たんじょうパーティーに同行どうこうさせていただきありがとうございます。ドラグ伯爵家の方々かたがたの力をおりしているようで心苦こころぐるしいのですが……」

「そんなことはないよ」

「そうよ。遠慮えんりょすることなんてないわ。ケイロンといつも仲良くしてくれているし幼馴染おさななじみとしてこのくらい大丈夫よ」

「あの……幼馴染おさななじみと言えば」

「ああ……あっちの幼馴染おさななじみは……。今どうなってるのかしら? ピーターわかる? 」

「さぁ分からないね。くぎして、実際に動いたみたいだけど……。勝手に暴走したんだ。この先暴走しないとは言い切れないね」

「そうですか……。ケイロンにこれ以上迷惑がかるようなら直接鉄槌てっついくだそうと思っていたのですが……残念です」


 な、なんて物騒ぶっそうな会話をしているんだ。

 貴族の鉄槌てっついなんてシャレにならない。ケイロンとセレスの共通きょうつう幼馴染おさななじみと言うのが気になるがそれ以上に今本当に残念そうな顔をしているセレスが恐ろしい。

 この先セレスを怒らせるようなことはやめよう。


「ア、アンよ。ワタシ達はこれについてくのか? 」

「あぁ。残念ながらこの集団について行くんだ。スミナ」

「ワタシこれに乗るの物凄く怖いんだが」


 小声こごえで俺に聞いて来たスミナが目線めせんを馬車とケルマ様に向く。

 俺だって怖いよ。

 出来るならセレスの馬車に行きたいよ。

 セレスの馬車も貴族と言うだけあって豪華ごうかだ。だがドラグ家程ではない。

 そして空気を読まない人がここに一人。


「おおー! おおー!!! 」


 いつもと違う馬車やその周りの様子を見て語彙力ごいりょくをなくしたエルベルがさっきからさわいでいる。

 今回ばかりはエルベルの気持ちもわかる。そこにあるのは非日常だ。恐らく今回を逃せばもう一生乗ることが出来ないレベルの物だろう。

 だが……その持ち主は貴族だ。

 いくらケイロンの家族とは言え不敬ふけいを働けばどうなるかわからない。

 だからエルベル。抑えてくれ。


 そう思いつつも俺達はケイロンにうながされて馬車に乗り王都へと向かうのであった。

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