第九十八話 ドラグ伯爵領に巣くう闇

「そもそも『アウトサイダー』はが国にまう害虫がいちゅうのような奴らだ。だがその悪質あくしつさが常軌じょうきいっしている」

「奴らめ。我ら王国騎士団の目をくぐりやがる」

「全く困ったものです」

「ドラグ伯爵家の領地でとれる薬草を使って違法薬物を作られては僕達の面目めんもくまるつぶれだ」

「……今回の集団失踪しっそう事件は彼らによるものと? 確かに……人体実験を行うのならやりそうですが」


 ケイロンはそう言いそのおぞましさに顔をゆがめた。

 いくらスラム街の住人じゅうにんと言えど人であることには変わりない。

 一応この国にも奴隷制度はあるがそのあつかいは法的に守られており人体実験のようなことは出来ない。

 よってアウトサイダーのやっていることの異常いじょうさが際立きわだつというものだ。

 そしていつのにか使用人達が一人もいなくなった応接室で話を続ける。


「今回の失踪しっそう事件はアウトサイダーではないだろう。そっちはまた別の犯罪組織だと推察すいさつしている。そもそも巨大犯罪組織といえ誰にも見つからず一日でスラム街を壊滅かいめつさせることなんてできない」

「王国騎士団や王国魔法士団がたばになっても無理だ」

「まず住民が誰もその様子を見ていないというのもそれを不可能にしている要因よういんの一つだよ」

「そしてそこで重要になってくるのが少女——アリスちゃんの証言しょうげんだ」

「アリス、ですか? 」


 別の犯罪組織と聞いて訳が分からなくなるケイロン。

 だがアリスの名前を聞いて父の瞳を見る。


「そう、アリス。少年ことカイル君が薬草を取りに行ったばんの事、アリスちゃんは一人留守番るすばんをしていたそうだ」

「体を激しく動かせないしね」

「ま、今は順調じゅんちょうに回復中」

留守番るすばん中、何か大きな黒い影とそれよりも少し小さな人影ひとかげまどの外を通ったと思うと突然音が消えたらしい」

「恐らく魔法の一種だと私は思っている」

「じゃなきゃ説明がつかない。だがその魔法効果範囲の大きさは異常だ」

「続けるけど音が消えたと思うといきなり屋根やねくずれ始め、そして町の人達が消えていたらしい。その後はケイロンも知っての通りのスラム街の状況だ。さてここで問題だ。病気をわずらった少女の妄言もうげんと切り捨てるのは簡単だけど真剣しんけんに考えてみよう」

「このような事がいくら『アウトサイダー』といえど出来るかどうか」

「少なくとも王国魔法士団なら数十人は引っってきて静寂サイレンスを使った後にスラム街を壊滅かいめつさせないといけねぇ。人的余裕よゆうに時間、人目に付かないようにするなどの条件をそろえるとなると非現実的な事件だ」

「それがこの町で起こった。由々ゆゆしき事態じたいだ。これを知った僕達は早急そうきゅうに領内の各町に伝達でんたつして警戒態勢けいかいたいせいをとったよ」

「では誰が犯人なのか」

「一つしか思い当たらねぇ」

「それは……」

「「「邪神教団だ」」」


 その言葉に驚くと同時に納得なっとくがいった。

 ケイロンが納得なっとくしたのを確認するとピーターが続ける。


「町の中でのBランクモンスターやモンスター暴走スタンピードの発生。どう見てもおかしい。だけど彼らが良く使う方法ならこれらが全てに説明できるんだよ」

「そう。生贄いけにえ召喚サモンだ」

「特に歴史に残るような――暴食系統の団員だんいんならば可能だろう」

「だけどここで一つ疑問が残る」

何故なぜこの町だったのかということだ」

「ま、奴らの考えてることは「教団を大きくすること」以外に分からねぇ。考えても無駄むだといえばそうなんだが……」

「考えていてそんはないだろ? 」


 父と長兄、次兄が交代で話をつないでいった。

 確かに、と思いながらもふと気付く。

 目線めせんを上げてジト目で父と兄達の方を向き一言ひとこと


「話をらそうとしてない? 」

「「「うぐっ!!! 」」」


 その一言ひとことで全員言葉にまった。

 確かに重要案件じゅうようあんけんだろう。アンデリックに直接会いに行ったということよりもよほど大事な。

 しかし本筋ほんすじから離れて話をらし、終わらせようとしている今の父と兄達に冷たい目線めせんを送った。


「だから言ったじゃありませんか。不用意ふようい乙女心おとめごころを刺激するようなことはした方が良いと」

「母上! 」


 とびらが開く音がしたと同時に女性の声がする。

 その方向をみると若々わかわかしい女性が現れた。

 すぐさまケイロンは立ち上がり挨拶あいさつをする。


「おひさしぶりです、母上」

「ケイロンも元気そうで何よりです。冒険者になったと聞いてハラハラしましたが何もないようですね。好きな人が出来たこと以外」

「うぐっ! 」

「貴方の人生です。好きに生きなさいな」

「母上!!! 」


 ケイロン母の言葉に感無量かんむりょうとなりき着くケイロン。

 まさに感動の瞬間である。

 そしてそれをぶちこわす者がいるのも必然ひつぜん


「ちょー――っとまったジュリア! 僕はまだ認めていないからね! 」

「そうだ! まだ彼との結婚を認めるとは言ってない!!! 」

「まずは俺をえてからだ! お付き合い……そして結婚なんぞそれからだ!!! 」

りなさい。シスコン・親ばか三人衆さんにんしゅう! いつかはよめに行くのです。せめてケイロンの好きな相手とむすばせるのが親や兄の役目やくめでしょうが」


 一喝いっかつすると三人とも身をすくめた。

 ケイロン母ことジュリア・ドラグはその可憐かれんな見た目とことなり武闘派である。

 夫のピーターは逆らえず、兄達も幾度いくどとなくそのこぶししずんだ。

 だが今回ばかりは引き下がれない。

 必死ひっしになり抵抗する。


「だが相手は平民だぞ?! せめて相手が貴族ならまだ他の貴族を抑えられる。せめて、せめて貴族だ! 」

「そ、そうです。それにまだケイロンに、け、結婚なんて早い! 」

「まだ家にいていいんだぞ? ケイロン。そんなに無理しなくても大丈夫なんだ」

見苦みぐるしいですよ。それに誰がすぐに結婚すると言いましたか? 」


 血のなみだを流しながら必死ひっしにケイロンを引きめようとする父や兄達。

 が、そもそもの話ケイロンとアンデリックはまだ付き合ってもいない。

 更に言うとケイロンは自身の想いを伝えてないし、アンデリックも気付いていない。

 よって見当違けんとうちがいもはなはだしいのだが彼らにとってはほぼ同義語どうぎごであったようだ。


「ケイロン。きちんと彼——アンデリック君に想いを伝えたのですか? 」

「そ、それは……」

「早くしないと他の人に取られるか、気付かれないまま終わってしまいますよ」


 そういいながら優しい声でき着いていたケイロンを放して言い聞かせる。


「うう……」

「それに先日聞きましたがアクアディア子爵家の者が彼とセレスティナちゃんをくっつけようとしたらしいじゃないですか。貴方とセレスティナじょう上手うまくやったようですが今後どうなるか分かりません。早めにがんばりなさいな」

「……はい」


 返事をして少し項垂うなだれた。

 ケイロンはどうしたものかと思いながらも父や兄達に勝手に事を進めない様くぎし銀狼へ戻るのであった。

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