第九十七話 エンカウント 三

「『ドルゴ』からの帰りにへんな貴族にあったんだ」

「へぇ、それはどんな? 」

「ワタクシも気になりますね」


 『銀狼』の一階で俺とケイロンそしてセレスが机をかこんでいる。

 ケイロンとセレスは一階で他愛たあいもない話をしていたようだが俺が帰ってそう言うと食いついて来た。

 お話し好きはどのような種族でも女性の特権とっけんらしい。


「いやぁ全員しのべていないおしのび貴族だったんだが様子がへんで」

「どんな様子だったの? 」

「もしかしたら事件でしょうか? 」

「いやなんでも二人の貴族は家出いえでした妹に好きな人が出来てなやんでるって感じだった。後自称じしょう四十代の貴族様も娘に好きな人が出来てどうしようかなやんでるって言ってたな」

「あらそれはおもしろ……いえ、非常に興味深い話ですね」

「——」


 頭を上にあげその時を思い出しながらセレスとケイロンに伝えた。

 顔を二人に向けるとセレスは興味を持ったようで興味津々きょうみしんしんな顔をして、ケイロンは少し考えるようなそぶりをしている。


ちなみに、さ。どんな格好かっこう、と言うか風貌ふうぼうだった? 」

「まぁけ込めてないのは置いといて、一人目は町役場の文官さんっぽい感じの細身な顔立かおだちの良い感じ? で、二人目は逆に武官っぽい……はち切れんばかりの筋肉をもった男の人。で、最後が三十代に見える自称じしょう四十代の父で……そう、ケイロンみたいな雰囲気ふんいきを持った人だったな」


 ガタン!!!


「ちょっと出てくる!!! 」


 俺が出会った人の特徴を言うと走って宿から出ていってしまった。


「どうしたんだ? 」

「……恐らくアンデリックが出会ったのは――」

訓練くんれんするぞ!!! 」


 セレスが何か言おうとしたらガルムさんが訓練くんれん号令ごうれいを出した。

 彼女の言葉を確認できずまま俺はガルムさんに引きられて行くのであった。


 ★


「このっ! 」

「まだまだ! 」


 ガルムさんに木剣の連撃を放つ。

 上段から切りかかり次に下段から切ろうとする。

 が、一つも当たらない。


「無抵抗の相手に一撃も当てれねぇのか?! ああ” 」

「言ってくれますね。連撃! 」


 武技を発動し連続切りの速度が更に上がる。

 しかし――


「はっ! 剣筋けんすじ単調たんちょうだ! おらッ! 」

「ゴフッ!!! 」


 攻撃を見切みきられりをらいき飛ぶ。


 ザザザ……。


 れたように着地ちゃくちし片手と足で勢いを消しながら剣をかまえ直す。


「まだだ! 」


 強化された体で高速で近づきみ込んで横薙よこなぎに一閃いっせん

 ん? 感覚が……いつもより重い。

 だがガルムさんの木剣にはばまれとどかなかった。

 冷や汗を流しながら目を合わせるとニヤリと笑ったきがした。


「いい一撃だ。が、もう一本らっとけ」


 そして俺はまたき飛んだ。


「はぁはぁ……。体にかすりもしない」

「はは、そりゃ冒険者歴が違う。そう簡単に当てられちゃ困る」


 こっちは息をするのがやっとなのになんでこの人は息ひとつ切らしてないんだ?

 ここまで実力が離れているのか。

 へこむな……。


「だが最後の一撃はよかった。あれはどうしたんだ? 」

「ありがとうございます。重撃を放ったつもりだったんですがいつもの重撃とは違う感じがして……」

「どんな感じだ? 」

「こう、重い、感じ? ですか? 」

「ああ、そりゃ派生はせいしたな」

派生はせいですか? 」

「ああ。ま、よくある事だ。恐らく兄ちゃんが使ったのは剛撃ごうけんだろう」

剛撃ごうけん、ですか……」

文字通もじどおりより重い一撃を与えることが出来る」


 そういうと倉庫そうこの方へ行き何か手に持ってこっちにやってきた。

 それを俺の目の前に置き黒い瞳をこちらに向ける。


「次は短剣ダガーの練習だ。王都へ行くんだろ? いつも長剣ロングソードを持ってるとはかぎらねぇ」


 恐る恐る二本の木製の短剣ダガーひろい上げる。

 いつもの短剣ダガーと似たような重さだ。


「さぁ訓練くんれんの時間だ」


 その後裏庭うらにわから幾度いくどとなく悲鳴ひめいのような声が聞こえたらしい。


 ★


「父上!!! こんなところで何をしているのですか! 」

「何をしているとはひどい言いぐさだね、ケイロン」

「そうだぞ。俺達はたまたまかっただけだ」

「ええ。決してケイロンが好きな相手がどのような人なのか見極みきわめるためではなく、王子殿下でんか誕生たんじょうパーティーに行く途中とちゅうかっただけです」


 ケイロンが別荘べっそうへ行くとそこにはメイド達に紅茶を入れてもらい優雅ゆうがに口をつける細身の青年が二人と豪快ごうかいに飲む筋肉質な男性が一人いた。

 あからさまにねらったようなタイミングでバジルの町へ来た家族に対してひたい青筋あおすじを浮かべながら怒るケイロン。

 だが当主とうしゅピーター・ドラグの次の一言でそれもすぐに収まった。


別件べっけんになるけれど確認すべき事もあったからね。彼と会ったのはついでさ」

「確認すべき事ですか? 」

「ああ。ケイロンが保護ほごした二人に話を少し聞いたんだけど、彼らにスタミナ草をとるように話した者の事だ」

「それがどうしたのですか父上。めスラムの誰かでは? 」

「それがどうも違うみたいでね。場所に見合わない姿だったようだ。それに気付いているのかいケイロン? 事件はまだ終わっていない」

「……どういうことですか? 」

「君にしては浅慮せんりょだね、可愛かわいい娘」


 そう言うと一口ひとくち紅茶に口をつけ、その白いティーカップをゆっくりと降ろした。

 少し間を置き口を開く。


「僕達がこれを知るきっかけになったのは少年と少女が当時の事を少し話してくれるようになったと別荘べっそうのメイドから手紙をもらったことからだ」


 ピーターはふところにしまっていた一枚の白いく如何いかにも高価な横長よこなが封筒ふうとうを取り出し中身なかみを開ける。

 そして兄達の隣に座るようにうながし、それを読ませた。


「その者は黒い外套がいとうつつまれて少女の病気——肺魔臓はいまぞう炎症によるせきにスタミナ草が効くと言ったらしい。もちろんこれが効くはずもなく症状は悪化」

「僕の予想通り肺魔臓はいまぞう症候群だったのですね」

「そうだよ。でだ。問題になるのはこの者は誰だってことだ」

「何が言いたいのですか? 」

「スタミナ草はどこにでも生え、多くの冒険者が取りに行けばいくらでも手に入る物だ。それに加え市場いちばにもいくらでも出回でまわっている一般的な物。だけどその者は少年に取ってきた一部を情報量として渡すようにうながしている。おかしいとは思わないかい? 」


 ケイロンはこしを落ち着かせ話を聞く。

 するとピーター同様おかしなことに気が付いた。


「確かにそうですね。もし咳を抑える薬の情報料として渡すのなら安すぎます」

「それに黒い外套がいとう。別に珍しくはないけれどもしかしたら奴らがまた悪さを始めようとしているのかと思ってね」

「奴ら……まさか! 」

「そう。僕達ドラグ伯爵家の宿敵しゅくてき——犯罪組織『アウトサイダー』だ」

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