第九十六話 エンカウント 二

「妹にね。好きな人が出来たらしいんだ」

「そ、そうですか……」


 長椅子に座った男性はうつむきそれが喜べないと言った表情で愚痴ぐちる。

 重い……あまりにも重い。

 何だこの雰囲気ふんいきかもし出している負のオーラがヤバい。


「前はね。小さくてかわいい女の子だったんだよ」

「は、はぁ……」

「そう小さくてね。でも元気溌剌はつらつって感じで動き回って、みんなを困らせたのは良い思い出だ」

「それはさぞ可愛かわいらしかったでしょうね」


 否定せず失礼がないように答えていく。

 逃げたい。今すぐ逃げたいが、と思い目線めせんをあげると複雑な表情をしていた青年貴族がすぐさま元気を取り戻し顔をガバッ! と上げた。


「そうなんだよ。もうね、隣の子と走り回ってね。それはもう可愛かわいくてね! 」

「そうですか」


 その勢いに引きながらもどうにか逃げれないか模索もさくする。

 広場にあるのは長椅子とちょっとした花壇かだん

 ダメだ。逃げる場所がない。


「でもね、家出いえでしちゃったんだ」

「それはさぞおつらかったでしょう」

「うん。僕が知らないあいだ幼馴染おさななじみの子がいきなり妹と結婚すると周りに言っちゃってね。大変だったんだ」


 貴族子女の家出いえでか。かなりの問題じゃないか?

 が、この青年貴族は貴族として話を聞いて欲しいのか、それともあくまで平民として聞いて欲しいのか分からない。

 どう答えればいいんだ!


「ではその幼馴染おさななじみけ落ちですか? 」

「それが違うんだよ。婚約者はそのなぐり飛ばされたんだけどその後に家出いえでしてね。かった先で好きな人ができたみたいなんだ」


 複雑ぅ! そしてなにその状況?!

 結婚宣言せんげんした相手はなぐり飛ばされた?! 貴族ってもっとはなやかなイメージだったのにいきなり物騒ぶっそうなイメージになったぞ。


「ふぅ、話したら少し楽になったよ。ありがとう」

「い、いえ。それほどでも……」


 青年貴族はその綺麗きれいな顔に元気を取り戻し貴族街の方へ歩いて行った。


 彼が見えなくなったあと俺はただ一人たたずんでいた。


「……平民に話すことじゃないだろ。だが結局何が言いたかったんだ? 」


 そう独りちながら足を進めた。

 来た方向と逆、つまり銀狼へ遠回とおまわりの道だ。

 最終的にあの貴族以外他に人が見当みあたらない。

 多分あの人一人だったのだろう。せっかくの休日だ。気を取り直して遠回とおまわりしよう。


 ★


 そして俺はすぐに後悔こうかいした。


「なぁ俺の話を聞いてくれないか? 」

「……はい」


 俺が向かった先。つまり広場ひろばの先には更なる広場ひろばがあった。

 しかし前の広場ひろばよりもせまい。

 せま広場ひろばが目の前にいる青年貴族がいるせいかよりせまく感じた。

 何故なぜならばち切れんばかりの筋肉が高価な旅服たびふく圧迫あっぱくしていたからだ。


「妹がよぉ。好きな人ができたってよぉ。言うんだよぉ」


 筋肉の多さとは裏腹うらはらにどんよりとした口調で話す貴族っぽい人。

 騎士団にいそうな体格たいかくだが服装や口調くちょうとのミスマッチが物凄い。

 人ってここまで不調律ふちょうりつかなでることが出来るのかと言う程だ。


「……好きな人ですか? 」

「ああ。メイ……いや親戚しんせきがよ、見たんだ。男と一緒にいるところを」


 今メイドって言おうとしたよな?! もう貴族だろう。隠しきれてないよ。

 おしのび貴族はしのぶ気はあるのか?

 少し冷ややかな目で彼を見ながらも一先ひとまず話を聞くことに。


「一緒にいただけでは好きな人とはかぎらないのでは? 」

「いいや! 絶対に好きな人だ! 相手がもし……もし相応ふさわしくない相手だったら……八つきにしてくれる!!! 」


 根拠こんきょのない怒りに身をまかせて怒鳴る。

 可哀かわいそうに名も知らぬ妹さんと一緒にいた人。ボコられる未来しか見えない。

 声を上げるたびに服が悲鳴ひめいを上げはち切れそうだ。

 

「はぁ。まさか家出いえでしているあいだに男が出来るなんて思いもよらなかった」


 家出いえで? もしかして今さっきの貴族と親戚しんせきか家族なんじゃ?

 ともすれば相手の男も気になるな。


「どのような人なのですか? 」

「どうやら冒険者らしい。年下で細身ほそみ長剣ロングソードを使い……他の女性に手を出す下郎げろうだ!!! 」


 複数女性を相手取るだとっ! 確かにそれは家族としてて置けない。

 いくらこの国が一夫多妻制とはいえ可愛かわいがっていた妹がその相手に引っかかるとなると心が引きかれるような思いだろう。

 しかもそれが貴族子女しじょならばなおさらだと思う。

 うんうんとうなずき、彼の方を再度見た。


「少し気が楽になった。帰って剣でも振ってその男を切りく用意でもしておこう」


 物騒ぶっそうな言葉を残し貴族はっていった。


「貴族ってのは……武闘派なのか? 」


 そう疑問に思いながらも少し考える。

 遠回とおまわりをして帰ろうとしたのがそもそもの間違まちがいだったような気がする。

 この先行くと恐らくまた貴族に会いそうな気配けはいが。

 ……道を戻るか。

 そう決意けつい反転はんてんして銀狼へ足を向けた。


「少年。現実とは非情ひじょうだとは思わないかい? 」

「……今それを実感しています」

「? 君の事情じじょうはよく分からないが少し話を聞いてくれるかな? 」


 三十代前半と思しき貴族の男性に声をかけられた。もちろん町人まちびとが着るような服である。

 おしのびのつもりだろうがしのべてない。もう貴族はしのぶのをやめた方が良いんじゃないか?

 というわけにもいかず立ちすくむ。


「まぁ立ったままじゃなんだ。すわたまえ」

「では失礼して」

「僕に敬語けいごなんていらないよ。たんなる一般人なんだから」


 気軽きがるに座るように言う自称じしょう一般人の指示しじしたがい隣に座る。

 何だろう、ケイロンに雰囲気ふんいきている。

 それに一般人と言いるには無理がある口ぶりだ。言わないが。


「この前ね。娘に好きな人ができたんだ」

「娘? 」

「はは、みんな僕をわかく見るけどこれでも四十は余裕よゆうぎてるんだよ? 」

「四十っ!!! 」


 ありえないだろ……。どう見ても三十前半だ。いや下手をすると二十代と言われても不思議じゃない。

 これは詐欺さぎだろ。

 唖然あぜんとしながら彼を見ていると話を続ていた。


「いつかはよめに行くとは思ってたけど実際問題本当に好きな人が出来たとなると、心に来るものがあるね」

「……自分は親ではないのでよくわかりませんが」

「はは、むしろわかったらすごいよ。本当はよめに出したくないんだ。でもね、娘には彼が必要みたいで……」

「どういうことですか? 」

「今まで克服こくふくできなかったトラウマが、何故なぜか彼の近くにいると出ないようなんだ」


 なるほど。それなら単純たんじゅんに結婚を否定することが出来ないな。


「でも……よめに出したくない!!! 目に入れても痛くないほど可愛かわいい娘なんだ! わかってる! 娘に彼が必要なのはわかってるんだ!!! でも!!! 」


 心から悲鳴ひめいのようなさけびがとなりから聞こえる。

 あー、なんで俺は貴族のごたごたを聞かされているんだ?

 おかしいだろ。


「しかも彼はこの前功績こうせきをあげて他の貴族が興味を持ってしまった! 無碍むげにできない! このままだと爵位しゃくいを与えられてしまう! 周りのしように……親戚しんせきはその彼とむすばれることを期待している! どうしたらいい?!! 」


 血のなみだを出しながら俺にうったえ、肩をつかみ顔を近づける。

 むしろ俺はどうしたらいいんだ、この状況。

 貴族の事情じじょうなんて俺は知らないぞ?


「流れに……そう、流れに身をまかせればいいんじゃないですか……」

「そうか……」


 答えの一例を出したら少し落ち着いてくれた。

 このまま何もなく終わってくれると良いんだが。

 やがて俺の肩から手を離し、立ち上がりこちらをみた。


「話を聞いてくれてありがとう。また今度お礼でもするよ。アンデリック君」


 そう言い残しその貴族は立ちっていった。

 なんで俺の名前を知ってんだ?

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