第百九十三話 種族の輪 《サークル》 一 到着

「…… (中々に手強てごわいですね)」

「ふふふ、どうした神の子よ。これしきか? 」


 宿屋『銀狼』前にてレッサー・リッチとフェルーナが対峙たいじしていた。

 Sランクモンスターに対して一人で持ちこたえている金色の体毛につつまれた獣人は余裕よゆうの表情を見せながらも内心ないしんあせっている。


 打てれる手を全て打ったのだが相手が倒れる気配どころか傷がつく気配すらない。

 逆に彼女はボロボロだ。

 いたる所に傷が見え、服も破れている。


内部爆発インプロ―ジョン! 」

「おっと、次元移動ディメンション・ムーブ


 これである。

 どのような攻撃をしても短距離移動し避けられる。

 フェルーナは相手に攻撃をさせないために高位魔法を混ぜながら小規模な魔法を連続でなく使用していた。

 前衛である夫が来るまで持ちこたえれればいいと考え膨大な魔力を瞬間的に使用してしまっている。

 ガルムならばその嗅覚で転移先へ移動し攻撃、更に避けられればフェルーナが、という連携が取れたのだがその目論見もくろみはハズれ頼みのつなのガルムがくる気配がない。


 レッサーと名のつくこの不死王リッチだがその実力はランクにおとらない。

 現在確認されているモンスターの中で最も低いという意味でレッサーなのだ。

 更に強いリッチやアーク・リッチとなると英雄と呼ばれる冒険者が出向かなければならないのだが今ここにいない。

 AとSの壁。

 これがガルムとフェルーナが超えられなかった壁が今ここにあった。


「ふふ、集中が途切とぎれておるぞ。闇に包まれろダークネス

「しまっ! 」


 一瞬のすき

 それを突かれて視界を奪われた。


 (まずいですね。これでは魔法を使っても無差別むさべつに……)


「ふふ、まぁ有限ゆうげんなる者にしては強い方だった。ではまたあの世で会お「そうはさせない! 」」


 レッサー・リッチがとどめの一撃を加えようとすると上から何者かの攻撃が彼の頭を直撃した。


「遅くなりました、フェルーナさん」

「遅れて申し訳ありませんわ。魔法保存解放リリース魔法解除マジック・キャンセル


 闇から目がめるとそこには醜悪しゅうあくなモンスターと対峙たいじする二人の宿泊客がいた。


 ★


「クソが! 」

吾輩わがはいそのような者でなく高貴こうきな者なり。「クソ」呼ばわりは止めていただきたい」


 的外まとはずれなことを言うドラゴニュートを前にガルムは本気で毒づいていた。

 ガルムをかこんでいるのは濃密のうみつきりであった。

 それも幻影をみせ嗅覚を鈍らせる異常状態を付与させるような効果付きの。

 力押しと見せかけた頭脳戦に内心ないしんあなどったと思い再度毒づく。


 (いくら速く動いても察知さっちされる、剣も当たらねぇ。フェルーナと一緒なら風で吹き飛ばしてくれるのによ)


 今はここにいない妻の事を思いながらも攻略方法を模索もさくする。


「考えるひまなどあるのですかな? シュルルルル」

「ぐっ! 」


 攻撃が来る方向を危機察知で肌に取り避ける。

 しかしわずかに当たり銀色の体毛に赤が混じる。


 (相手はS。常識は通じねぇ。どうする。旋風刃もダメだった。回転で魔法を消そうにも無理だった。もっと大きな風か、直接ダメージを与えねぇと……)


「ではここでおさらばと行きましょう! 」


 (くそっ! 次はどっちだ! )


 ドラゴニュートの影が――動く。

 そして――


「「風よ!!! 」」

「火炎重撃! 」


 爆風ばくふうき起こりドラゴニュートの姿があらわになる。

 瞬間何が起こったかわからないようなドラゴニュートの顔にドワーフが持っていた炎をまと大槌ハンマーがめり込んだ。


 ドン!!!


 シュゥゥゥという音を立てながら吹き飛んだドラゴニュートを見てガルムは驚く。

 そして吹き飛ばした者達に瞳を移して更に驚いた。


「お待たせしました」

「ははははは、われ参上さんじょうに恐れおおのけぇ! 」

「よぅ、おっちゃん。来たぜぇ」


 ガルムの前に現れたのはお客様第一号であった。


 ★


 時間は少しさかのぼりここは王都方面から町の中へ行く道。

 アンデリック達は黒煙立ち上る夜の町を歩いていた。


「ウルフ?! 」


 町の中心部の方向からやってきたウルフを歩いて護衛中のケイロンがり殺す。

 

「まさかモンスターが町の中に入って?! 」

「まずいですね」

「風の精霊よ! 」


 異常状態をさっしたエルベルが早速探知を展開して町を確認する。

 すると額にジワリと汗が出てきて俺達に伝えた。


「探知できる範囲でだが、強力なモンスターが二体。この近くに一体と銀狼の方向に一体だ」

「「「『銀狼』?! 」」」


 それを聞き、あせる。

 確かに銀狼にはガルムさんとフェルーナさんという超越ちょうえつした力の持ち主がいる。

 負けるとは思わないが心配だ。


「私ここで一旦馬車をせておきます」

「ホルスさん?! 」

「確かにこれ以上中に入るのは危険だね」


 俺達の様子を見てホルスが残ると言った。

 ホルスさんがケイロンの言葉をきいて軽くうなずき更に口を開く。


「それに貴方がたは、その強力なモンスターがいる場所へ行きたいのでは? 」


 それに下を向き黙った。

 行きたい、今すぐにでも助けに行きたい。

 しかしホルスさんを死なせるわけにはいかない。


「私なら大丈夫です。すみの方でちぢこまっておりますので」


 そう少し諦めたかのような表情をして俺達を送り出そうとしている。

 ダメだ。死なせては。


「ならばはんに分けましょう」

「……。セレス」


 彼女が俺の方を向き軽くうなずく。

 戦力の分散ぶんさんは避けた方がいいのは明白めいはくだ。

 しかしパーティーのブレインがそう言うのだ。

 何か良策りょうさくがあるのかもしれない。

 彼女を少し見上げて俺もうなずく。


「まず三つに分けましょう」

「三つ? 」

「ええ。状況をかんがみるに冒険者ギルドや町の自衛じえい能力は機能していないようです。あちらをごらんください」


 彼女が指さす方向を見ると同時に爆音がした。


「……何かメイドが宙に浮いて魔法打ってんだけど」

「多分うちのメイドだね」

「恐らく貴族街でも各家の戦闘員がモンスターと交戦こうせんをしているのでしょう。それほどまでに侵入を許した、ということになります」

「最悪だ……」


 そう言い前を歩いていた彼女はくるりとこちらに向いた。


「なので道中のモンスターの数を減らす意味でも、その強力なモンスターを倒すという意味でも三つに分けます」

「内容は? 」

「ワタクシとケイロンは『銀狼』へ向かいましょう」


 おーけー、とケイロンは軽く了解しうなずくが俺は少し納得なっとくがいかない。


「俺が銀狼に行くべきでは? 」

「いえ、アンデリックにはエルベルさんとスミナさんをひきいて違う方へ向かってもらおうと思います。これは前衛と後衛と言った単純な組み合わせですが非常に強力な組み合わせだと考えますが如何いかがでしょうか? 」

「オレは良いぞ」

「ワタシもだ」


 確かに組み合わせとしては最善だ。

 セレスは肉弾戦も出来る後衛だがエルベルは遠距離射撃しか出来ない。

 そう考えるとスミナをエルベルにつかせるのは良い手だ。

 エルベルとスミナが同意するとリンとエリシャが「自分達はどうしたらいいか」とセレスに聞いて行く。


「お二人は引き続きホルスさんの護衛を。現在この町内外ないがいわず危険な状況なようなので」

「了解です」

「なのじゃ」

「では行きましょう!!! 」


 全員がうなずき自分の持ち場へと向かうのであった。


 時は少し経ちホルスの馬車。


「王女殿下、このたびはありがとうございました」

「あら? お気づきでしたか? 」

「ええ。一度獣王国でご尊顔そんがん拝見はいけんさせていただいたことが――「助けてくれ! 」」


 ホルスがリンにお礼を言っていると魔族の男が助けを求めてやってきた。

 けがをしているのか様子がおかしい。

 ゆっくりと近づいて来る男にリンが近寄ろうとするとその隣を黒い影が通った。


「え? エリシャさん何を」


 ドン!


 黒い影——エリシャがその男をり飛ばしていた。


「こやつはヴァンパイアじゃ。リン」

「えっ! 」


 エリシャが指摘してきすると目を見開き飛ばされた方向に顔を向けるリン。

 すると向くりと立ち上がり何事もなかったかのように町人のような服をはたきほこりを落とす。

 さっきまでの怪我をした、ゆっくりとした動きが嘘のようだ。


「よくお気づきで。姿も気配も全て隠したはずなのですが」

「よく間違われるからの。嫌でも見分けはつく。じゃが、おかしいの。低位のヴァンパイアならさっきので粉々に出来るはずなんじゃが」


 エリシャは首を軽くかしげながら自身の体に硬化ハードニングをかけ爪を鋭利えいりな武器へと変えていく。

 

「ワタクシを低位のヴァンパイアと同じにしてほしくありませんね。これでもハイ・ヴァンパイア。上位種ですので」


 ハイ・ヴァンパイアの男は牙を伸ばし翼を生やして腕を前に構えた。


「そなたの演技えんぎがわかりやすすぎててっきり低位ヴァンパイアと間違えたわい」

「……その軽口を閉じて差し上げましょう」


 エリシャの爪とヴァンパイアのこぶし交差こうさする。

 こうしてホルスを護る一戦も始まった。

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