第二十二話 薬草採取 

 俺とケイロンは網籠あみかごを背に林の中を進んでいる。

 朝早く冒険者ギルドへ行ったおかげか、さいわはまだ低い。

 木々の隙間すきまから日差ひざしがこぼれる。

 俺達の影が足元あしもとうつり、草を隠す。


「……思った以上に厄介やっかいだな」

「今の所、見当たらないね」

「そうだな。確か葉っぱがハートマーク、だっけ? 」


 形を確認しながら、進む。


「そうそう、ハートマークの形をした葉っぱ。で、年中ねんじゅう生えているんだ」

「……くわしいな」

「学校で嫌というほど見たしね」


 アハハ、とこちらを見ながら少し苦笑いするケイロン。


「なら心強いな」

「スタミナ草自体どこにでもあるような薬草だしね。むしろ警戒しないといけないのは他の事」

「モンスターか? 」

「後は、野盗に動物。ほらヘレンさんの所で見たでしょう? あの巨体きょたいイノシシ。少なくとも身体強化が出来ないとやられちゃうよ」


 そう言いながらも周囲を警戒する。

 時間はたっぷりとあるのだから、ゆっくりとやりたいものだ。

 しかしそうはいかない。

 何せここは何があるか分からない。


 腰を低くし、地面を見る。


なにかのあとがあるな……」

「何かって? 」

「分からない。引きったようなあとだが……」

「なら動物……じゃないね。モンスター……」


 そう言いケイロンが緊張する。

 緊張が俺まで届くほどに空気がりつめた。


「少なくともゴブリンのような魔人型じゃないな。スライムか魔蛇スネークか……ケイロン、わかるか? 」

「流石に分からない、よ。あとをきちんと見たことなんかないから」

「……今までどうやってモンスター討伐してきたんだ? 」

ほとんど行き当たりばったり」

「それでよく生き残れたな」

「次の町へ行く時、道に出てくるモンスターや周囲の地形を事前に調べていたからね。それに合わせていたんだよ」


 成程なるほどと思いながら立ち上がる。

 しかしそれは危険だ。

 イレギュラーに対応できないかもしれないからだ。

 情報も大事だが、それにたより切らずに現地で情報を収集するのも大切だ。


 耳をませ、音をひろう。


「何か音か声がすれば、わかるんだが……」

「…… (しー! )」


 ……


「何も聞こえてこないな」

「そうだね」


 二人落胆らくたんしながらも少し安堵あんどし前に進む。


 どのくらい歩いただろうか。

 恐らく冒険者か誰かが定期的にここを通っているのだろう、獣道けものみちを行き、ついにスタミナ草の群生ぐんせい地を見つけた。


「……確かにハートマークの葉っぱだ」

「でしょ? 」


 ケイロンがにやにやと「してやったり! 」という表情でこちらをのぞき込んでいる。

 少し顔をゆがめながらも、黒い瞳を見つめ返し一言愚痴ぐちた。


「だが……もっと可愛かわいらしいものかと思ってた」


 ハハハ、とケイロンは笑い誤魔化ごまかす。


 目の前に広がるのは緑のハートマークをした葉っぱを持つ薬草——スタミナ草。

 それは間違いない。

 だがその大きさが問題だ。


 俺の背丈せたけの三分の二程ある。


「デカ……」

「さぁ取ろうよ」

「あ、あぁ……」


 緑ハートの森へ入り込み、葉っぱを採取する。

 今回は葉っぱだけでいい。

 と、いうのも薬になるのは葉っぱの部分だけらしいからだ。

 手のひらの半分ほどある葉をハサミで切り取り、かごに入れていく。


「これで終わりかな」

「多めって言ってたから合計三十枚くらいとったけど……これで大丈夫だよね? 」

「流石に大丈夫だろう」

「よし、帰るか」


 合図あいずした瞬間、頭に何かが走った。

 なんだ! これ!

 何か、いる?!


「ケイロン! 気を付けろ! 」


 その言葉を聞いたケイロンはすぐに群生ぐんせい地を離れ、すぐ近くの木のかげに隠れた。

 俺もそれに続く。


 少しした後、獣道けものみちの向こう側からそれは現れた。


 ズル……ズル……。

 と、音を立てて現れたのは中心に黒い物質を持つ半透明の生物——スライムだ。


 が、俺がそれを見た瞬間青い影が走りそのスライムは形をくずけていった。

 いつの間にか黒い物質——魔核コアも半分に割れている。


「いやぁ、スライムだったね。一撃で倒せてよかった」

「……いつのに」


 何ともないような感じで青い影——ケイロンが話けてくる。

 その神速の一撃に驚きながらも何が起こったのか、やっとわかった。


 ほんのわずかな瞬間にケイロンが魔核コアを破壊したようだ。

 モンスター等は基本的に魔核コアを破壊すれば体を維持できなくなる。

 これはこの世界のことわりはんする生物だから、と司祭様が言っていた。


 昔起こった人魔大戦、その主犯しゅはんである異世界の邪神が世界を乗っ取ろうとした時に先兵せんぺいとして送り込んだのがこのモンスター達である。


「そういや、どうして魔核コアを潰したらモンスター達は死ぬんだ? 」

「確かクレアーテ様が創った世界にいれないかららしいよ」


 ケイロンがこちらに向き、解説する。

 細剣レイピアさやに戻し、魔核コアの欠片を拾い上げ、こちらに近寄ちかよってきた。


「で、モンスター達の維持装置いじそうちとして魔核コアは存在しているとか」

「ならなんでモンスターは出てくるんだ? 邪神は倒されたんだろ? 」


 すぐ近くまで来たら、俺達は林を下り始める。

 ケイロンは歩きながらも説明してくれた。


「『倒された』じゃなくて『封印された』ね。くわしい事は僕にはわからないけど、世界のことわりげた影響らしいよ」


 そうか、とうなずきながらも山を下りる。

 かごにスタミナ草を入れたまま町の門番に帰ってきたことを伝え、バジルの町の冒険者ギルドの建物へ向かった。


 ★


余計よけいなことをしないでください」


 俺達が薬草を提出し、スライムの話をした時の受付嬢の言葉が『これ』であった。

 無表情に言い放つその姿は三日目にして見慣みなれたものだ。


「俺達はモンスターに襲われたのですが? 」

「スライムは足の遅いモンスターです。一撃で倒せる技量ぎりょうがあるのなら逃げた方が良いでしょう」


 無情むじょうにもそう言い放つ。

 いや、倒した方がいいだろう……普通。


「もしかしたらその討伐が原因で山の生態系がくずれたらどうするのですか? 責任を取れますか? 」

「「うぐっ!!! 」」


 たった一体倒したところで生態系がくずれるとは思えない、と言いたかったが飲み込む。

 はっきり言って、責任はとれない。

 しかしモンスター達は人族のみならずクレアーテ様に創造された種族の敵というのが共通認識のはずだ。


 それともあれだろうか。

 スライム愛好家とか。

 いやいや、そんなことしたらクレア教を……いや創造神クレア―テ様を系譜けいふとする宗教全てを敵に回すこととなる。

 そうなると世界、少なくともこの国を敵に回すと同じことだ。


 もしかして俺達が思っている以上にこの人はヤバい人なのかもしれない。


「これが今日の報酬ほうしゅうよ! 次からは余計よけいなことをしない事ね! 」


 そう言われ、俺達はコイントレイに置かれた銭貨せんか八十枚をとる。

 本来ならモンスター討伐料や魔核コアの欠片も報酬ほうしゅうに入るはずなのだが、それもないようだ。


 渋々しぶしぶ俺達はギルドをでて宿に帰り次の日の依頼にそなえるのであった。

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