第二十話 店番 三

 フェルーナさんの差し入れを食べ終え、午後の部を開始した。

 再開したのを察知さっちしたのか、徐々じょじょれつができ始める。


「こ、これはまずいな」

「え、僕また行かないといけないの?! 」


 悲痛ひつうそうな顔をしてこちらを向くケイロン。


「……すまない。貴君きくん犠牲ぎせいは……永遠にかたがれるだろう」

「す、捨てないよね! またあの行列ぎょうれつの中に捨てないよね! 」

「現実とは……無慈悲むじひである。それは貴君きくんも知っているだろ? 」

「でも!!! 」

「大丈夫、死にはしないさ……タブン」

「いぃぃぃぃやぁぁぁぁぁ!!! 」


 こうして暴動ぼうどうを起こさせないため、ケイロンをれつに投入した。

 彼が出ていくと同時に話けられている。

 どうも市場いちばのマダム達は『美少年』にえているようだ。


「「「いらっしゃい」」」


 ……黙祷もくとう

 

 とうと犠牲ぎせいを出しながらも俺は前のれつさばく。

 受付と店の中を行き来する。


 そしてその時がおとずれる。

 

 在庫ざいこがもうヤバい。


 ケイロンのおかげか、はたまた彼のせいか行列ぎょうれつが出来る蜂蜜はちみつ店となってしまったこのお店。

 在庫ざいこがないからと言ってれつ解散かいさんさせたらそれはそれで暴動ぼうどうが起こりそうな雰囲気ふんいきだ。。

 しかも市場いちばのおばちゃん達の恐ろしさはついさっき身にみた所である。


 さて、どうしよう。


 一層いっそうの事完売かんばいした後『自由おしゃべりタイム』をつくるか?

 ケイロンは嫌がるだろうが、それが一番無難ぶなんだろう。

 役割分担ぶんたんである。


「まずい、な」

「おう、何がヤバいんだ? 」


 独りちていたら、裏口うらぐちの方から声がした。

 反射的に見上げるとそこにはこの店の店主で俺達の雇い主——クマツさんがいた。


「お、こりゃすげぇ。朝だけでこれだけ売りさばいたのかよ」

「ほんとだね、これはすごい」


 その後ろからはベアおばさんもやってくる。

 二人は吃驚びっくりした様子で在庫を見ていた。


「今すぐ補給ほきゅうする。その間まで頼む」

「は、はい!!! 」


 こうして新たな蜂蜜はちみつが届いた所で在庫ざいこ不足を解消かいしょうし、れつさばききったのだった。


 ★


「いやぁ助かったわ。今日はそんなに多い予定じゃなかったんだが、どういうことだ? 」

「それは……」


 クマツさんの純粋じゅんすいなその言葉に俺は口ごもり、ケイロンを見る。

 一人なみだぐみながら、目を赤くしている。


「悪かったって……」

「途中で変わってくれても良かったじゃないか」

「変わったら多分暴動ぼうどうになってたぞ……」

「それはそうだけど……」


 ベアおばさんがつけている帳簿ちょうぼの手を止め、見上げた。


「今までで一番の売り上げだね、毎日来てほしいくらいだよ。本当に一体どんな手を使ったんだい? 」

「実は……」


 と、言い今日あったことをそのまま伝えた。


「あ~多分それはスラムの餓鬼がき共だね」

「スラム、ですか」

「そうだ。と言ってもこの町のスラムはそこまで大きくないが」


 俺達と目を合わせていたクマツさんが違う方向を見る。


時折ときおり物乞ものごいをしてくるんだが、な」

「それだけならまだかわいいもんだよ」

「今日のように迷惑をかけてくることがあるんだ。多分だが外から来たのだろう。この町のルールを知らねぇ」

物乞ものごいくらいなら、時には手を差し伸べるんだけど、ね。迷惑をかけられちゃぁダメだ。恐らくこの先その餓鬼がき共はくいっぱぐれるだろうよ」

「それにこの町のスラムの連中れんちゅうにも目を付けられるだろう。生きてやいけねぇ」


 しんみりとした雰囲気ふんいきの中、この町の事情じじょうを伝える夫妻。


「さぁ、こんなくらい話はここで終わりだよ! 」


 パン!!! と手をたたくと空気がふっしょくされた。

 同時にすわっていたベアおばさんが立ち上がる。

 それに触発しょくはつされ俺達は顔を上げた。

 な、なんと豪快ごうかいな。


「今日これだけ売ってくれたんだ、少し報酬にいろ付けとくよ。受付でもらいな」

「「ありがとうございます!!! 」」

「よかったら、また受けておくれ。蜂蜜はちみつがなくなりそうな時、また依頼を出す」


 それは素直に嬉しい。

 依頼書を渡すと、依頼達成のサインを書いている。

 それに何か追加で書いているようだ。

 何にせよ、自分達の仕事が評価されるのはうれしいものだ。


 サインされた依頼書を受け取り、ケイロンが持っていたふくろに入れる。

 そして挨拶あいさつをして帰ろうとしたとき――


「あぁ……そう言えば」


 と、クマツさんが言った。


 どうしました? とその足を止め話を聞く態勢たいせいに入る。


「いやぁ、山——養蜂所ようほうじょの帰りにイノシシをとってきたんだがよ。なんか……イノシシが少ない気がして、な」

「そうだね。確かに少なかったような気がするね」

「まぁギルドや巡回じゅんかい騎士のほうで異常を確認してないなら構わないんだが……」

「まぁ少ない時もある。気にしなくてもいいとは思うよ」


 じゃぁね、といい俺達は見送られた。

 そのころにはもうすでに日がかたむき始めていた。


 多少気になることもあったが、今回の依頼もおおむね完遂かんすいだ!

 

 ★


「くそっ! 一体なんだんだ! この町の奴らは!!! 」


 俺は壁に拳を叩きつけた。

 痛い……。

 だがそれ以上に今の状況が良くない。


「姉さん……」

「この町から出ましょう」

馬鹿ばかをいうな!!! これ以上町と町を動くともう持たねぇ!!! 」


 金がない……。

 くやし涙を流しながらも、俺は子分達をれて夜道よみちを歩く。

 

 どこで間違ったのか……。

 ここにきて思い出す。


 村を出て冒険者になった。そこまではよかった。

 だがその後だ。

 あらぬ疑いをかけられてギルドに身包みぐるみはがされて放り出されたのは。

 くそっ! あのババア!!!

 今思い出しても腹が立つ!

 

 そして何年も町を行き来してここに辿たどり着いた。


 ふと俺の後ろについてきている子分を見る。

 これからの事を考えてか、顔色が悪い。


「ね、姉さん。俺達二人で話し合ったんだ」


 な、なんだ?

 そんな決心けっしんしたような顔をして。


「姉さん、俺達を奴隷に落としてくれ」

「せめて姉さんだけでも……」

「ば、馬鹿ばか言っちゃいけねぇ!!! そんなこと、出来るか!!! 」


 こいつらは冒険者の時からの仲間だ。

 そんなことできる理由わけねぇ!!!


「だが、これじゃぁじりひんだ」


 ガサ……。


「全員声をしずめろ!」


 瞬時しゅんじに全員が声をしずめた。


「いいか、声を上げるな。そして動くな」


 声をしずめ、指示をする。

 何年もスラムで生き、町を行きできたのは冒険者だった時の鋭いかんと冷静さのおかげだろう。


「なにか、来る」


 ゆっくりと……そう、ゆっくりと十字路じゅうじろの向こうから人のようなものが出てくるのが見えた。

 何だ、あれは……大きい。


 見えたのは黒い魔女のような姿の者であった。

 しかし一般的な魔法使いの女、とは雰囲気がことなる。


 ヤバい、あれはヤバい!!!


 そう直感で感じた瞬間「ヒィッ」と誰かが声を上げたのが聞こえる。

 その声の方を向くと、手を口にやり冷や汗が流れている子分がいた。


 背後に強烈きょうれつな気配を感じ、振り向くとそこには俺達を見降ろす魔女がいる。


「お、おま……」

「貴方達は……いらない」


 声も上げられず、嫌な音を立てながら彼女達三人はこのった。

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