第百九十八話 種族の輪 《サークル》 二 vs 魔人『エカテー』 二

「ケイロン、大丈夫か! 」

「こっちは大丈夫。それよりも前! 」


 ケイロンの声に反応し前を向くと黒い拳が迫ってきていた。

 それを空中で間一髪かんいっぱつで避けて態勢を立て直す。


「感知に引っかからなかった?! 」

「何かたねがありそうじゃの」

「エリシャ?! 」


 エリシャが飛行フライで俺の前までのぼってきて対峙たいじした。

 緊張した空気が流れ少し口角こうかくが上がったと思ったら――


「くはっ! 」

「セレス! 」


 一瞬にして俺達の前から姿を消してセレスに拳が突き刺さる。

 ドン! という音ともに地上が陥没かんぼつしセレスが戦闘不能になった。

 魔法使いを先に潰された?!

 戦術? いや、さっきまでの経験か?!


「こっちだ、馬鹿野郎! 挑発! 不動! 攻撃誘導! 硬化ハードニング! 」

「食らいやがれ! 」


 周囲を太陽のようにらさんとばかりに輝く風の小精霊を集めて、大盾を構えるスミナの後ろからエルベルがなく風の矢を打っている。


 ドドドドドドドド!


 まるで回避する必要がないとばかりに体に直撃を受けながら挑発に乗ったスミナの方を向いた。

 その間にもエルベルの精霊魔法が直撃し、少し肉がげ落ちる。

 痛みを感じていないのか気にせずにスミナ――


「なっ! ごほっ! 」


 ではなく彼女を過ぎりエルベルを攻撃した。

 拳で殴りつけられた華奢きゃしゃな彼女の体は、くの字に曲がらせ建物に叩きつけられ建物を壊す。

 せき込みながらも赤い吐瀉物としゃぶつが出ていることから命はあるようだ。

 だが、まずい。


 驚いたのも一瞬で攻撃している間に不動を解いたスミナが急接近し大槌ハンマーで頭を割らんとするが魔人はり上げ彼女の攻撃をなん無く無力化する。


「かはっ! 」


 ジャンプし踵落かかとおとしをしようとするが、俺が剛撃で魔人の腹を切りつけ軌道きどうらした。


「Guu」


 その間に自由落下するスミナをエリシャが見事みごとにキャッチし、下に置きに行く。


「やっぱり痛みは感じてないようだな」


 切り裂いた腹の部分を見て感想をこぼす。

 ぽたぽたと血がしたたり落ち肉がごっそりと下に落ちているにもかかわらず苦悶くもんの表情が見られない。

 しかし一瞬、この一瞬気配感知が作動した。


 そこにいる、と。


 だがそれもつかの間新たな魔法陣が現れてモンスターを吸収し回復すると無くなった。


「ふむ、どうやらけずれば言葉通りにけの皮をぐことが出来るかもしれぬの」

「エリシャ」


 声がする方を見ると下からエリシャがやってきた。

 スミナを降ろし終えたらしい。


「アンデリックは少し様子見をしたらどうじゃ? 」

「どういうことだ? 」

わらわがあの肉塊にくかいぎ落す。その間に出来ることを模索もさくするのじゃ」

「大丈夫なのか? 」

わらわを誰と思っておる? 真祖しんそ——エリシャ・アマルディアであるぞ! 」


 高らかにそう宣言するとエリシャが長い爪を更に長く、硬質化させて魔人へ向かった。


 ★


「……く、どうして僕は」


 ケイロンがエリシャと魔人の攻防を見ながら一人くやしい想いをしていた。

 せっかくトラウマを乗り越えたというのにアンデリックの――好きな人の隣に立てないということに。

 最近入ったエリシャはどうか。

 真祖しんそという特異種に生まれその強靭きょうじんな肉体と戦闘能力でアンデリックの隣に立っている。


 くやしい。


 この場で足手あしでまといになることがくやしい。

 隣に立てない事がくやしい。

 エリシャと魔人攻防を見上げてそう思い魔剣をにぎりしめる。


「僕も、エリシャみたいに力があれば」

『何言ってるのよ。手に入れたでしょ? 』


 不意ふいにケイロンの頭に声が響く。

 警戒しながら右に左に見るも誰もいない。


『私はまだたねだから。後はケイロン次第しだいかな』

「だから誰?! 」

『集中して、瞳をらすのよ』


 その怪しい声にしたがうか迷ったが結局のところに視ることに集中した。

 すると視界が一気に開ける。


 同時にアンデリックとエリシャにまぶしいまでの光がまとわりついているのが視えた。


「こ、これは?! 」

『これが彼らが視ている世界。あ、光は小精霊ね』

「小精霊!? 」

『そ。そしておめでとう。君はやっとたねを開かせることが出来たよ』


 祝福しゅくふくの言葉と共に自分の体に光がちるのを視て驚く。

 光る体を視て前を向くとそこには光る透明な小さな少女が浮いていた。


「うわっ! 」

『はは、最初はそうなるよね』

「君はいつから僕の周りに? 」

『さぁ? 気付いたら君の中にいたけれど最近なのは間違いないね。きっかけでもあったんじゃない? 』


 そう言われ考える。


『考えている所悪いんだけどさ。ピンチなんだよね? 僕も生まれたばかりだから状況はよくわからないけど』

「う、うん」

『なら簡単。僕達をまとって! 』


 その言葉と同時に周りの光がケイロンに収束する。

 魔剣に、体に収束していった光は体をめぐり彼女の体を強化していく。


『一応僕が補助ほじょするけど、どうしたい? 』

「デリクの力になりたい! 」

『分かった。じゃぁ行こう! 』


 こうしてここに一人、世界まれに見る光の精霊術師エレメンターが生まれた。


 ★


 魔人『エカテー』の心奥深く。


「なんで、どうして私が一番じゃないの……」


 エカテーは閉じこもる心の中一人思っていた。

 頭によがるのは社交界に出た時の嘲笑あざわらうかのような笑みを浮かべた周囲の目線。

 それにみっともなくペコペコしながら挨拶あいさつする父親。


「私は貴族に生まれたのに。なんで! 」


 くやしい。

 持って生まれたはずなのに。

 他とは違うはずなのに!


 欲しい。

 王族のような特権が。

 地位が。

 金が。

 力が欲しい。


「なのにあの女が! 」


 全て奪った。

 私から全て!

 あの一瞬で!


「なら奪い返す! 絶対に! この国すらも支配してやる! 」


 彼女の周囲にまとわりついていたくさりが全てはじき飛ばされた。


 そこより遠方えんぽうギルバートと対峙たいじしていたルータとデザイアはエカテーの変化に気付いた。


「これは、まずいね」

「あわわわわ」


 氷の牢獄ろうごくなん無く破壊しギルバートと戦っていた二人は慌てる。

 その様子にギルバートはまゆひそめて口を開いた。


「なにがまずいんじゃ? 」

「これは僕達も巻きえを食らいそうだ」

「にげよ、はやくにげよ、ルータ」

「本当は最後まで見届みとどけたいけど、僕はともかく相棒が巻きえを食らいそうだ」

「だから何を! 」

「何に変貌へんぼうするのか、本当の意味で相棒の友達が出来たかもしれないのにくやしいけれど、逃げないとまずいね」

「「じゃぁね! 」」

「まて! 」


 ギルバートの抑制もむなしく終わり二人は消えるようにその場をった。


 敵を逃したくやしさからくちびるむがすぐに異変を感じる。

 それまで残っていたモンスター達の残骸ざんがいに黒いもやがかかっていることに気付く。


「! まさかこれは最初の時の! 」


 そう言うもつかの間モンスター達の死骸しがいは黒いもやつつまれてはるか上空に向かって行った。

 ギルバートはエカテーが暴れている方向を見る。

 するとそこには肉塊にくかいを更に集め、変貌へんぼうしていく元職員がいた。


 その姿は最初の人型からどんどんと変わって言っている。

 かろうじて人間の姿をたもっていたものから巨大な尻尾しっぽが生え体は肥大ひだい化し大きくなり――


「——」


 ボロボロの翼と人の数十倍はあろうかという巨体に幾つものモンスター達の顔を体にくっつけたドラゴンがそこにいた。


「……滅国竜『カオス・ドラゴン』」


 ギルバートは一人絶望的な顔でそう呟いた。

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