第二百九十三話 地下室の秘密

 応急おうきゅう処置しょち的に作られた俺の執務室。

 執務室と言っても机とペン等があるだけで本当に空いている部屋に机を持ち込んだだけの部屋だ。


「これで良しっと」

「書けたみたいだね? 」

「ちょ、見ようとするな! 」

「いいじゃん! 第三者による見直しは必要だよ? 」

「なら違う人を呼ぶ! ……あ、なに勝手に! 」


 俺の机から一通の手紙を奪い取ったのは黒髪黒目ショートポニテのケイロン。

 その素早い動きで目を通し、少し顔を赤くしていた。


「大胆だね」

「いや。大胆も何も婚約に関する書類ってそんなもんだろ? ていうかこの前見せてもらったのもそんな感じだったろ」


 見てはいけない物を見てしまったような顔をしてケイロンはそっと机に戻した。


「そこまで情熱的にアプローチされたら僕もやむなしだよ」

相思相愛そうしそうあいじゃなかったのかっ! 」

渋々しぶしぶだね」

「心が、心が折れる」

「ということでこれからもよろしく」

「どこが「ということで」なんだ?! 話つながってねぇ……」


 話しているうちに乾いた手紙を封筒ふうとうにしまい呼びりんを鳴らしてアクアディアの使用人に二通の手紙を送るように頼む。

 手紙を受け取りこの部屋から出ていくのを見届け、ぽつりと一言。


「そういや、こうしてケイロンと二人っきりになるなんて久しぶりだな」

「そうかな? いや。そうだね」


 机のななめ前にある木の椅子を反対に向けて座り、背の部分に両手とあごを乗せてこちらを見るケイロン。

 その顔は少し赤い。

 それに影響されてか俺の顔にも熱さが込み上げてくるのがわかる。


「あ、あの時会わなかったら今は無いよな」

「そ、そうだね。僕が家出をしなかったらデリクと会えなかったね」


 ……。


 沈黙がきつい!


 自分から話を振ったとは言えこの沈黙はきつい。

 何か、何か話さないと。


「……デリクは後悔していない? 」

「なにが? 」

「僕と出会わなかったら、貴族にならなくても良かったと思うんだ」

「??? 」

「貴族にならなかったら普通の冒険者をして、普通にランクを上げて、目的を達成することが出来たんじゃないかなって時々思うんだ」


 言ってしまったことを少し後悔するかのような表情でこちらを見るケイロン。

 だけど言葉に出るということは、もしかしたら彼女の中で「もしも」がさっているのかもしれない。


「後悔なんかしてないよ」


 俺の言葉を聞き少し顔を上げてこちらを見る。


「本当? 」

「ああ。忙しいけど……。まぁ皆がいて楽しいよ」


 すると陰気いんきな表情から一転し笑顔がはなひらいた、と思ったら少し怒ったような表情をした。


「そこは『皆』じゃなくて『ケイロン』でしょ? 」

「嘘は言ってない! 」

「全くもう」


 二人で笑いながら話しているとノックが聞こえる。

 どうしたのだろうか?

 俺とケイロンが顔を見合わせ返事をした。


「セレスティナお嬢様が種族の輪サークルの方々をお呼びでございます」

「何かあったのかな? 」

「さぁ? 地下室のことじゃない? 」

「新しい事でも見つけたんじゃない? 」

「ありうる。それを見せびらかしたいとか」


 それぞれ憶測おくそくを言いながらも俺達は席を立ち使用人の先導せんどうもと、広間へと向かった。


 こうして時に悪友あくゆうのように、時に恋人のように付き合えるのは彼女だけかもしれない、な。


 ★


「では、こちらになります」


 そう言われメイドが扉を開ける。

 俺とケイロンが中へ入ろうとすると……。


「いやぁ。今日のショーは中々だったな」

「おい、新入り。最近慣れてきてるじゃねぇか」

「あ、ありがとうございます」


 そこには水龍サーカス団の人達と思われる人達がそこにいた。


「あら、間違えました」


 バタン。


「いやいやいや。見せたらダメな所だったんじゃないか?! 」

「みずっちの中の人がいたんだけど」

「まぁ、所詮しょせん着ぐるみですので」

「身もふたもない! 」

「……フッ」


 俺達が言い立てる中、すずしい顔をしながら聞き流し、「では」といい次へ移動した。


「こちらになります」


 またもや一室そこにあった。

 しかし、さっきのことがある。用心ようじんして中に入らなければ、と思っていると扉が開く。


「……」

「「……」」


 パタン。


「見なかったことにしてください」


 メイドさん軽くお辞儀じぎをして謝ってきた。

 この人は確信犯だろうか? それとも天然だろうか?

 あのルータリアさんの元上司と言われても違和感がないぞ?


 俺達は彼女の謝罪を受け入れ「「「きゃー! 」」」という悲鳴をにセレスの待つ広間へと、今度こそ向かった。


「こちらになります」

「大丈夫、だよな」

「今度こそ大丈夫だよね? また更衣室ということは無いよね? 」

「更衣室はもうありませんので大丈夫かと」


 そうは言うものの違う部屋の可能性もある。

 メイドさんが扉を開けるも俺達は慎重しんちょうに中に入る。

 ゆっくり、ゆっくりと。


「なんだ……これは」

「え」

「これは……。一体」

「あら。遅かったですね。待ちくたびれました」


 俺達が入り、その後にメイドさんが入ると中の状況に絶句ぜっくした。

 見上げるとちゅういくつもの光球のような物が浮いている。

 これだけだと普通の光球ライトと思うのだが問題はその形だ。

 不完全ながらも龍のような形をしていた。

 これは一体何なんだ?


「おう。来たか。アン」

「待ちくたびれたのじゃ」

「見ろ! 凄いな! セレスの新技しんわざだぞ? 」

綺麗きれいなのですよ」

「おう。来たぞ」

「お父様も来たようで。はい。ここまで」


 セレスが開いている魔導書を閉じると光球が消え、それと同時に落胆らくたんの声が上がった。

 何やってんだ?


「では。初代様が残したもののお披露目ひろめ会と行きましょう」


 ★


「ワタクシは初代様がおっしゃった地下室へまず行きました」


 座っていたセレスが立ち上がり全体を見た。

 中には真面目に聞く者、寝そうな者、話半分で聞いている者など様々なようだが気にせず進行。


 セレスが語ったのは神聖魔法や精霊魔法、魔法について。

 初代アクアディア子爵『ゼン・ドラゴニル・アクアディア』様はどうやらこの地でそれを調べていたらしい。

 そしてこの屋敷はそれらを研究するための地下古代神殿の上に建てたようで。

 余程よほど周りに知られたくなかったようだ。


「アンデリックの中にいた精霊が今の魔法を『すたれた』と言っていた意味が分かりました」

「あのヘンテコ精霊そんなこと言っていたのか? 」


 俺の言葉に少し苦笑くしょうして言葉を続ける。


「初代様の研究レポートが残っていました。それによるとはるか昔、この地の神殿が神殿として機能していた頃、精霊魔法と神聖魔法、神聖創造魔法の三系統けいとうがあったようです」

「神聖創造魔法? 」

「ええ。現代の魔法を人工魔法と位置いち付けるのならば神聖創造魔法は天然のものですね」

「神聖、ということは『祈り』をかてにしているのか? 」

「お父様、ご明察めいさつの通りです。祈りにより神々の奇跡きせき模倣もほうするのが神聖創造魔法だったようです」

「神々の奇跡、ということは神々がまだこの地に降臨していた時代の魔法、か」

「ええ、アンデリック。そして現代の魔法ですが資料によるとこれらの内、精霊魔法を理論付け、魔力ある者なら誰でも使用できるようにしたもののようですね。そう、加護がない者でも使えるように。しかし精霊魔法よりも通常の魔法の威力が劣るのはこの点が原因でしょう。結局の所オリジナルを超えれなかった、ということです」


 確かに同じような魔法を使ってもエルベルの風の精霊魔法とセレスの風刃ウィンド・カッターではエルベルの精霊魔法の方が断然だんぜん強い。

 

「で、神聖創造魔法は残念ながらこの魔法は時代が進むにつれて失われたようですが……。先程お見せした光球はそれで作りました」


 なに失われた魔法を再現してんのっ!


「ワタクシは神官ではないので今はあれが限界ですが訓練によってはより強力なものを作れるようになるでしょう。他にも今はない魔法など興味深いものもたくさんありましたが今日はこの魔法の説明を、と」


 ご清聴せいちょうありがとうございました、とセレスが軽くお辞儀じぎをしてくくる。

 と、とんでもないものをとんでもない人に教えたな、ゼン様は。


 セレスの話を聞いた俺達はいったん解散し各々仕事へ。こういう学術的なものはセレスに任せればいいのである。俺達が出しゃばってもいい事にはならない。


 そして日が立ちピーター様から返事が来た。

 その手紙には涙と思われるものでインクが滲んだ跡があったがドラグ家の過剰なまでのケイロンへの愛情は最早恒例こうれいになってきたのでスルーしドラグへ向かう準備を。

 そしてあっという間にドラグへ行く日がやってきた。

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