第二百九十四話 ヌビル・ドロク 一

「おかしら。大丈夫なんですよね? 」

「任せておけ。貴族の護衛の脆弱ぜいじゃくさはよく知っている」


 アクアディアから領都りょうとドラグへ向かう道の途中そこにはある山賊がいた。

 彼らは近隣の村を襲い食料を奪い生活をしているのだが今日は違う。

 上から指示があったのだ。


 彼らをひきいるのは細身ほそみな少年。

 名前を『ヌビル』という。

 そう。ケイロンやセレスティナの幼馴染おさななじみの元伯爵家次男ヌビル・ドロクであった。


 彼がなぜこのようなことをしているのかというと話は少しさかのぼる。


 ★


「つ、追放?! 何の冗談ですか! 父上」

「冗談ではない! あれだけのことをしでかしてよくもぬけぬけと」


 驚愕きょうがくの色に顔を染めるヌビルに怒り心頭しんとうなその父。

 ここはドロク伯爵家の屋敷の一室。

 そこには二人の貴族と一人の執事がいた。


 こと発端ほったんはヌビルが勝手に卒業パーティーでケイロンと結婚すると発表したことにある。

 そこから本家当主であるピーター・ドラグに事態の鎮静化ちんせいかはかるように命じられ、当主は東西南北とうざいなんぼく奔走ほんそうし帰ってきた所で息子ヌビルに家から出ていくように命じた。


「分からないのか! この大馬鹿者! 何をとちくるってあのようなことをしでかした! 」

「とちくるってなどおりません。事実です! 」

「そのような事実はない! 」


 ドン!


 と、大きな音を立てて机を叩くもヌビルは引かない。

 更に食い掛かって前にでる。


「お言葉ですが父上。俺とケイロンは幼馴染おさななじみ。ならば結婚するのが普通だと思うのですが? 」

「馬鹿れ! 婚約の書類も書いてないのにそのようなことがまかり通るか! 」

「まかり通るも何もそれが『普通』です」


 自信満々まんまんにそう言う元息子に大きく嘆息たんそくし最後の言葉と思い彼の話を聞くとに。

 怒りで爆発しそうな頭を押さえて息子に目をやる。


「で、もしそれが成功していたとしてどうするつもりだったんだ? 」

「どうするとは、どういうことでしょうか? 」


 ここにきてまだ隠し事か、と思い顔が赤くなるのを彼は感じるが抑えてヌビルの話を聞く。

 彼が何かしようとしていたことは明白めいはく

 仮にも学園を卒業するくらいの学力はあるのだ。

 婚約の書類もなしに宣言した。貴族ならばそこに思惑おもわくの一つや二つあってもおかしくない。

 出来るだけ元息子の計画の全容ぜんようつかみドラグ伯爵に伝え、可能な限り怒りを抑えてもらわなければならない状況だ。

 爵位上は伯爵で同格どうかくであっても本家と分家という力関係が彼らの中には存在する。

 もし、これ以上の怒りを買うと、と思うと気が気でない。


とぼけるな。お前が何かしようとしていたのは馬鹿でもわかる」

「ですから俺はなにも」

「ならいい。おい、あの部屋に連れて行け」


 そう言うと執事が軽くお辞儀じぎをしてヌビルの方へ向かっていこうとする。

 執事がどこへ連れて行くか分かったのだろう。彼は顔を青くしてすぐに訂正ていせいした。


「い、いいます。言いますのでどうかご容赦ようしゃを」

「……最初から言えばいいのだ。で? 」


 軽く溜息ためいきをつきながら執事を戻しいただした。


「……新しい分家を作ろうかと」


 それを聞き顔に手をやり天井を仰いだ。

 これほどまでにおろかだったとは、となげく当主だがその状態のまま元息子の言葉に耳をす。


「お、俺とケイロンが結婚すれば新しい血筋が生まれます。子煩悩こぼんのうなドラグ伯です。申し立てすれば分家の一つや二つくらい――」

「このっ! 大馬鹿者がぁ!!! 」


 ドン!!! と机を壊さんとばかりの勢いで叩いて手を血でにじませた。

 しかしそれを気にする様子もなくまくしたてる。


「お、お前のそんなくだらない事のせいで我々がどれだけ迷惑を、被害を被ったと思うんだ! 」

「くだらない? 何がくだらない、ですか! 俺にとっては重要なことです! いつも俺は兄貴の二番手。ならば自分が一番になるためにさくろうして何が悪いというのですか! 」

「中央や他の家に士官しかんするといった道もあっただろう」

「そんなっ! また兄貴の予備のようなあつかいをするおつもりですか! 」


 取っ組み合いの喧嘩けんかになりそうな雰囲気の中「カツン! 」と執事がくつを鳴らしそれぞれに正気に戻るようあんに伝える。

 父はそれで正気に戻ったがヌビルの方はまだのようだ。


「こやつはもう息子でもない。連れていけ」


 ヌビルは引きられながら家から追い出された。


 ★


 『ヌビル・ドロク』という少年はドロク伯爵家の次男である。


 彼を表すのなら「影の薄いぽっちゃり系」という言葉が適切てきせつだろう。


 ヌビルはドラグ伯爵家十二分家の一つドロク伯爵家の次男に生まれた。

 彼は才気さいきあふれる長男とつねに比べられながら成長する。


 そのような中ドロク家がドラグ家に挨拶に行く時彼は後に幼馴染となるケイロンと出会うこととなる。


 元気溌剌はつらつな彼女を見て――一目惚ひとめぼれした。


 初恋とはこのことを言うのだろう。

 家は近く彼女の家にもよく遊びに行った。家の中でかくれんぼのようなことをしたり魔法を使って遊んだりと。

 ドラグ家の使用人達をそれで困らせたのは昔の話。


 しかし、それがいけなかった。

 ケイロンもヌビルの兄と同じく才気さいきあふれる人の一人であったからだ。

 ヌビルは嫉妬しっとした。

 しかもセレスティナとの出会いによりその嫉妬しっとは加速する。


 何で俺よりも優秀ゆうしゅうな奴がこんなにいるんだ、と。


 特に彼が不真面目だったわけではない。

 特に彼が無能だったわけではない。

 普通に士官しかんしていれば、普通に過ごせるだけの能力はあった。

 しかし彼はそれ以上を求めた。求めてしまった。


「ないのなら利用して俺が一番になってやる」


 そう思うと同時に彼の思考しこう堕落だらくしていった。


 セレスティナとケイロンと同じ学園アカデミーに入れたのは良かった。

 計画の一助いちじょになると思ったからだ。


 しかしそこでも彼は悲運を辿たどる。

 彼女達はヌビルの思惑おもわくに気がついていたのだろう。

 いつもよりも過激に、過剰にヌビルに強く反撃した。


 周りの目も痛かった。

 才気さいきあふれるケイロンとセレスティナにまとわりつく男。

 これだけでも普通ならば憲兵を呼ばれかねないのだが彼の行動は常軌じょうきいっしていた。


「どうしても手に入れる」


 その想いが強すぎた為か行動が激化する。

 一度親を呼ばれて大人しくはなるが再燃さいねんする。


 そして最後に我慢ならず彼は勝手に結婚のことを口走りケイロンの攻撃をまともに食らってしまったのであった。


 ヌビル・ドロク。

 不運にも才気さいきあふれる人材に囲まれてしまったがゆえに落ちてしまった元貴族子息しそく

 彼は闇に飲まれ――。

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