第二百四十三話 タウの森 レベルが高すぎる森 六 精霊祭後日 泉の決闘 二

 ロクシャはカルボ王国へ来る前、鉱山で働いていた。

 毎日毎日り返される単純作業。

 山をけずり、土をり。そこから出た金属をおさめてその日も休む。

 普通の――ごく一般的な若いドワーフ族も似たような環境であるが彼にはそれが退屈たいくつにしか思えなかった。


「俺はドワーフなのにな」

「なんだ? いきなり」

「ん、いや何でも」

「いいから話してみな」


 ロクシャに話掛けるは幼馴染のドワーフ。

 隣の家に住んでいるドワーフで両親は商売をしているとか。

 その時幼馴染はいつもに増してしかめっ面をしているロクシャに気を止め話を聞いた。

 彼に「鍛冶がしたい」と言うと苦笑いしながらも少し考えある事を提案される。


「なら、いい働き口を見つけてやるよ」

「働き口? 」

「ああ、俺んは商売してるだろ? 」

「何かそんなこと言ってたな」

「そうだ。客ん中に見習いでいいから人手が欲しいってぼやいてたやつがいてよ」

「お、そこで鍛冶をってことか! 」

「そう言うことだ」

「なら話は早ぇ! 俺を連れてってくれ! 」


 疑いを知らぬロクシャは幼馴染の言葉をに受けて――奴隷となった。

 幼馴染の親の商売は違法奴隷商。

 商売ではあるものの非合法な方法で荒稼あらかせぎしていたようだ。


 幼馴染に売られた。


 この事実が彼に深く傷を負わせる。

 誰も信用しちゃいけねぇ。


 そう思いながら毎日自分で自分をを買うために働き続ける。

 彼にとってのさいわいは売られた先がまだましな方の人間だったということだろう。

 表向きは合法な奴隷として売られている為その国の法律にじゅんじているように見せなければならない。

 その国では例え奴隷であっても財産権をゆうたくわえることが出来る国であった。


 彼の所有者は人族だった。

 寿命がつき何代か代を重ねた後に彼はやっと金をためて外に出る。


 彼が外に出た時、幼馴染はすでに死んでいた。

 何でも商売に失敗し違法奴隷をあつかっていることがバレて襲撃されたとか。


 タウの森ほどではないが彼が住んでいた鉱山は過激なところがある。

 仲間意識の強い彼らは同胞が売られたことを知り、袋叩きにしたようだ。

 人を売るからそうなるんだ、と思いながらも廃墟はいきょとなった元幼馴染の家を出る。

 しかしれない復讐心をぶつける相手がいなくなり、それが彼を犯罪へと向かわせた。


 ある時ロクシャは犯罪組織に入る。

 傭兵団のような所であった。

 彼は元々筋骨隆々きんこつりゅうりゅうでガタイも良く力もあり――奴隷として――鍛冶をする為におぼえた火属性と土属性の魔法も使えた。生まれた鉱山では音を使った感知も取得しておりり上がるための下地したじはすでにできていた。


 傭兵団に入り依頼をこなすごとに頭角とうかくあらわし始めたロクシャはどんどんと出世しゅっせすることとなる。

 ある時の酒場、彼は仲間にこう聞かれた。


「ロクシャ、てめぇ人が嫌いなわりに何で傭兵団にいる? 」

「それは俺がいらねぇってことか? 」

「ばか、ちげぇよ。矛盾むじゅんしてねぇっかってことだ」

「ああ、矛盾むじゅんしてるな」

「ならどうして」

「この……やりようのない怒りをぶつける相手を探しているだけだ」


 こうしたやり取りをしながらも彼は力をつけていく。

 それこそ傭兵団として一人前、を通り越して一流に届くほどに。

 が、ある時任務を失敗し傭兵団が全滅することになった。

 ロクシャ以外が。


 しかしロクシャが折れることは無かった。

 彼の頭にあったのは『怒り』のみ。

 自分を売った元幼馴染への怒り、居場所を奪った者への怒り、そして弱い自分への怒り……。


 ロクシャ自身才能はあったのだろう。

 それからも幾度いくどとなく結果を残していく。

 まるで妄念もうねんに取りつかれたかのように敵をなぎはらい、潰していく。


 しかし最終的にはロクシャのみを置いて所属していたどの傭兵団も潰れていった。

 まるで彼の成果せいかと反比例するかのように。


 その不気味さから犯罪系統けいとう組織団体からもみ嫌われるようになり自然と『土妖精の死神』と呼ばれるようになった。

 これがロクシャが八十の時である。


 そこから彼は一人で組織を立ち上げた。

 『常闇の傭兵団』だ。

 彼が作った規律きりつはシンプルにたった一つ。


 『裏切らない事』。


 普通で、単純で、分かりやすい規律きりつであるがこの社会においてはこれが一番難しい。

 人に対して疑心暗鬼ぎしんあんきな彼が作った最もシンプルで絶対のおきて


 そこから彼は創設そうせつメンバーと出会うことになる。

 彼らと共にけ上がりうなぎ上りな調子な頃——裏切り者が出た。

 つかまえ理由を問い詰めるとどうやら他の組織の諜報ちょうほうだったらしい。

 その者とその組織に過激なまでの報復ほうふくを行い、組織を一つ壊滅させた。


 ロクシャ一人で、だ。


 『土妖精の死神』。


 彼がそう呼ばれて長くなり組織も安定してきたときに飛んできたのがこの依頼だった。

 創設そうせつメンバーは彼にとって初めて『信頼のおける仲間』であった。

 常闇の傭兵団は彼にとって、すでに単なる傭兵団ではなかった。

 彼にとっての『家』となっていた。


 今までの仲間を裏切るわけにはいかねぇ。

 護らなければ。

 俺が……俺が。


 火龍に焼かれながら見た、長い長い走馬灯そうまとう


 プス、プスと音を立てながら真っ黒いドワーフだった物がそこに立つ。

 アンデリックも終わったと思った瞬間そこから音が、漏れ出てきた。


上限オーバー……解放リミット


 ★


 目の前のドワーフから膨大な魔力が巻き上がる。


「な……。完全に倒したはず?! 」


 天高てんたかく巻き上がる魔力のうずに変化していく彼の姿。


「まさか、ここにきて上限解放オーバー・リミット?! 」


 信じられない……。

 だが目の前で起こっているのは現実だ。

 地面の土が彼にまとわりついて行くのを見て、受け入れる。


 しかしどうして。

 何で最初から使わなかった?

 最初から使っていたらそれこそ決着けっちゃくはついていたはずなのに。


 くやしいがそれほどまでに実力が開いていた。

 モンスターとの戦いとは違う。

 訓練とも違う。

 純粋な、人との殺気と殺気で殺し合う戦い。

 圧倒的に向こうが上だった。

 何故ここまで差があるのかはわからない。

 しかし後手ごて後手ごてに回っていたのは確かだ。


 その黒かった男に目を移した。

 地面の土を体にまとったのか土色だった。

 しかしそれもどんどんと崩れていく。


 ポロ、ポロ……。


 はがれていくとその体表たいひょうが見えてきた。


「戻って、る? 」


 ふと、言葉が漏れる。

 はがれていくところからは黒炭くろずみとなっていたはずの体が焼けた肌色はだいろに戻っているのが見える。

 どんどんとはがれていきもとに戻ったドワーフは落ちた大槌ハンマーを肩にかついでこちらを向いた。


「礼を言おう、これでまだ護れる」

「き、貴様は一体?! 」

「俺か? 俺は……そうだな。ここでは『土妖精の死神』と名乗っておこう」


 ニヒルに笑い、彼は言った。

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