第二十九話 ゴブリン退治 一 移動

 俺達は専属受付嬢にれられ、受付の前に正座せいざさせられている。


「大体、私がいないあいだに……」


 くどくどと言っているが、自由を愛する冒険者が依頼をえらび受けるのはいけない事なのだろうか?

 俺達の感性かんせいがおかしいのか、はたまたこのおばさ……受付嬢が異常なのか。

 まったくもって理不尽りふじんである。


「何不満ふまんそうな顔をしているのよ……」


 彼女が青い瞳でにらみつける。

 そのするど眼光がんこうひるむも、すぐに平常心へいじょうしんに戻る。

 不満ふまんありありですが、何か?


「まぁいいでしょう……明日、この依頼を受けてもらいます」

「依頼? 」


 手に持つ茶色いものを俺達の前に出す。

 すると俺達はこおり付いた。


 【ゴブリン討伐依頼】


 そうそこには書かれていたからだ。


「拒否します。まずもって俺達がえらんだ依頼じゃないですし」

「そうです。いくら貴方が専属だろうと横暴おうぼうすぎます」

うるさい!!! もうすでに受領印はおしてありますので、明日このギルドに集合です。遅刻ちこくゆるしません」


 聞きてならない。

 勝手に依頼を受けて、受領印を押し、しかも何も準備をさせずに明日?!

 頭いてんじゃないか? この受付嬢!!!


「明日?! ふざけているのですか! 討伐依頼に準備をさせずに行かせるのですか! 」

「そうですが、何か? と、言うよりもきちんと依頼書を見なさい」


 あまりに横暴おうぼうな彼女に苛立いらだちながらも依頼書をふんだくり、見る。

 そこには、『補給係ほきゅうがかりの募集』と書かれていた。


「今回のこの討伐はこの町にしては大規模だいきぼなものになります。ゆえ補給係ほきゅうがかりが必要となってきますので貴方達にはそれをになってもらいます」


 受付嬢は淡々たんたんと今回の俺達の役割やくわりを教える。

 だがダメだ。今回はダメだ。

 嫌な予感がする。


「それでもおことわりします。そもそも勝手かってに僕達のわりに受け付けるなど常軌じょうきいっしています」

「受領せずにとっておくだけならまだしも受け付けている状態はおかしい」

「つべこべ言わずに受けなさい! じゃないと他の人に迷惑がかるのよ! そのくらい分からないの!? これだから餓鬼ガキは……」


 そう言い残し、受付の奥にある部屋へ行ってしまった。


 怒りをとおして、わけが分からない状態になっていた。

 あのない物言ものいいに口が開いたままで体が硬直こうちょくしている。


 そのような中すすり泣く声が聞こえてくる。

 まだ昼頃ひるごろということもありギルドに人が少なくしずまり返っていた。

 その泣き声は大きく聞こえた。


「あれは……仕方なかったんだよ」

「だけど、だけど……ルゥが……」


 その声に気付き硬直こうちょくける。

 ふと反射的に声がする方を向くとギルドの奥、丸い木の椅子に二人の男性が座っていた。

 片方かたほう屈強くっきょうな感じだが顔に大きなひっかき傷がある。もう片方かたほうは魔法使いだろうか、魔法使いが着るようなローブを羽織はおってすすり泣いていた。

 

「何でこの近くにデビルグリズリーがいるんだよ!!! 」

「グスン……単純たんじゅんな依頼だったのに……なんで……」


 その二人の様子を見て俺達はいたたまれない気持ちになった。

 そして同時に明日、行かなければならないゴブリン退治に不安をおぼえながらも宿へ戻るのであった。


 ★


 翌日。


 結局の所、冒険者ギルドへ来た。

 他の人に迷惑がかかるといわれたら断るにも断れない。


 『補給係ほきゅうがかり


 その言葉が頭を刺激する。

 あの夢でも『補給係ほきゅうがかり』で問題が起こった。

 ならばかかりからはずしてもらえればいい話なのだが、そうはいかない。

 客観的きゃっかんてきに見て『補給係ほきゅうがかり』程安全あんぜんなところはないからだ。はずしてもらうにはそれ相応そうおうの理由が必要になる。

 体調が悪いとなるとなおさらだ。

 しかし夢の事が頭から離れない。朝からガンガンに頭痛もする。


「大丈夫、デリク」


 ケイロンが心配し黒い瞳をのぞかせる。


「顔が真っ青だよ」

「あ、いや……大丈夫だ」


 大丈夫だ。

 あれは夢だ。夢なんだ。

 腰に身に着けた短剣ダガ—にぎりしめる。


「出発だ!!! 」


 大勢の冒険者がいる中、俺達は彼らの物資を持ち目的地へと向かった。


 ★


 ゴブリン。

 モンスターの中では最弱に位置するモンスターである。

 ゴブリン討伐を成功させることによってようやくFランクからEランクへ昇格しょうかくできる所謂いわゆる通過点のようなあつかいである。


 しかしあなどることなかれ。


 ゴブリン達は単体でいることがめずらしい。彼らは集団を作り、創造神が創った種族の農村や町を襲う。そして襲った農村や町から食料や女子供をさら習性しゅうせいをもつ。

 ゆえ大昔おおむかし——人魔大戦のころには神々サイドの戦力をうばう目的で大量に派遣はけんされた歴史がある。


 何度も言おう。


 『あなどることなかれ』と。


「新人、何心配してんだ? 」


 そう話しかけてくるのはしぶい顔のおっさんだ。

 彼はDランク冒険者だが荷物にもつ持ちらしい。


 この町の冒険者は戦闘が得意とくいではない事を理由にDランク冒険者でも荷物にもつ持ちになっている。無論むろんDランクまで上がっているのだからゴブリンに加えそれよりもはるかに強いモンスターを倒しているだろう。

 それに加え戦闘を引っっているのは主にCランク冒険者達である。


 しかし不安がぬぐえない。


「この面子メンツでやられることなんてそうそうないだろう」

「しかし……デビルグリズリーの事もありますし」

「あぁ……そう言えばそんな話もあったな。ランクにしてB相当そうとうか。しかし、他のやつが集団で倒したと聞いている。もう出てこんだろうよ」


 実際倒されたデビルグリズリーを解体したのでそれは知っている。


 確かにそうだ。

 この集団はゴブリンよりも圧倒的に強いCランク冒険者がひきいている。護衛依頼をメインに受けていたとはいえ、この強さはくつがえされないだろう。例え上位種があらわれても。


「何を心配してるのかは分からんが気負きおうなよ。護衛依頼ばっか受けてるとはいえ、護衛でもモンスターや盗賊だってあらわれるんだ。勝てねぇ要素ようそなんてねぇよ」


 ハハハ、と背中を叩かれながらはげまされる。

 何とかして俺の不安を取りのぞこうとしてくれているのだろうが、余計よけいに不安がもる。

 それになんだか頭が痛い。


「着いたぞ、ここから先が目的地だ」


 あれこれ考えているとリーダーである騎士風の男冒険者が全員にげた。

 いつのにか俺達三十人ほどの集団は目的地——東門の先にある林に着いたようだ。

 そして準備を始めた。

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