第百五十一話 獣王国最高戦力の一人『銀狼卿』フェン・グレカスと言う名の男

「衛兵、必要なかったな」

上限解放オーバー・リミット、初めて見ましたが凄いですね」


 訓練場を見下ろし惨殺ざんさつ現場を遠い目で見た。

 そこにたたずむは一人の狼獣人だ。

 上限解放オーバー・リミットが切れたのか体毛が引き前の状態に――戦闘前の状態に戻る。

 そして少しふらついたと思うとひざをついた。


「……反動はんどうですね」

「あれだけの力を使ったんだ。倒れ込むのも無理ねぇな」

「衛兵がるぞ? 」

「あぁ~なるほど。衛兵は銀狼卿用だったか」


 衛兵が近寄り銀狼卿に回復魔法をかけている。

 そしてすぐに元気になったのか立ち上がりこちらを見上げた。


「姫様! 英雄殿! どうでしたかな? 」


 物凄い良い笑顔で聞いてくる狼獣人。

 余程鬱憤うっぷんまっていたのだろう。顔に「すっきりした」と書かれている。


「素晴らしい戦いです」

「流石獣王国がほこる最高戦力の一人ですね。美しい戦いでした」

「ははは、そう言っていただけるとこれ以上ない喜び。上限解放オーバー・リミットを使ったかいがありましたぞ」


 無難ぶなんな言葉でめたが内心ないしん「このやばい老人、どうしよう」と思った。

 惨殺ざんさつ死体を横に笑顔で手を振る老人。

 状況を知らなければ逮捕案件あんけんだ。


 ふと、王様がこの状況をどう思っているのかと思いそちらの方を見る。

 何やら隣の獣王陛下と話しているが笑顔だ。

 王国の兵士がやられて笑顔とは、中々に黒いお方で。

 もしかしたら獅子身中しししんちゅうむしだったのかもしれない。


「デリク。あのおっちゃんこっちに来るぞ? 」

「え? 」


 よそ見をしているとエルベルが俺に伝える。

 目線を戻したら客席の下まで移動したフェンさんが跳躍で俺達の席まで飛んできた。


「よっと。お初お目にかかる! 吾輩わがはい獣王国ビストにて『銀狼卿』を名乗らせていただいているフェン・グレカスじゃ! この度は孫が世話になった。礼を言う! 」


 お礼を言うとさっきまでの迫力はくりょくはどこへやら。

 好々爺こうこうやのおじいちゃんのような雰囲気ふんいきを出しながら頭を下げた。

 あわてて俺も自己紹介と挨拶あいさつをしてやりごす。


「にしてもお若いですな。もっと屈強くっきょうかたを想像していたので吃驚びっくりですじゃい」

「はは、おずかしい。おかげで訓練相手に「軽い」と言われる始末しまつで」

「むしろ十二で重い一撃を放てるものがいるのならそれはそれで面白そうじゃが」


 少し瞳があやしく光る。

 で、出来るだけ興味を持たれないようにしなければ……。

 あの拳の餌食えじきになりたくない。


「して、そなたの師はどなたになるのかな? 」

「師、というほどではありませんが……。おもに訓練を付けてくれたのはガルムさんですかね。狼獣人の」

「ガルム、とな? 」


 そう言うとつるつるしたあごに手をやり考え込む。

 なにか地雷をんだのか?!

 隣を見てリンにヘルプを頼むが何に引っかかっているのか分からないようで両手を上げている。


「ふむ。ガルムと言う名は狼獣人——特に銀色の体毛を持つ者には多い名前なので一般的な名前なのじゃが……。確か冒険者になった狼獣人の中でも突出とっしゅつして強い者にそのような奴がおりましたな」


 十中八九俺達の知るガルムさんだ!

 これは知らないふりをしながら話すべきだろう。

 藪蛇やぶへびだ。

 ガルムの弟子! みたいな感じで戦いをいどまれたらかなわない。


「ま、それは置いておいて吾輩わがはいと一戦。どうじゃ? 」


 え……。


 その提案ていあんすくいを求めるようにリンを見るとキラキラした目でこちらを見ていた。

 クソッ! ダメだ。

 次にケイロン達の方へ向くと全員俺から遠ざかっていた。

 薄情はくじょうな!!! エレク王子とウォルター王子もかよ!

 最後にカルボ三世の方を向くと親指を立て「グッドラック」と口を動かす。

 あんたもかぁぁ!!!


「ぶ、武器を今日は持っていないので……」

あずかっておりました武器をお持ちいたしました」


 何とか回避しようとすると背後から一人に文官が精霊剣を持ってきた。

 裏切り者がぁ! 他人事だと思って!

 さっきの惨状さんじょうを見て俺にやれということか?! お前の顔はおぼえたぞ。


「さ、やり合いましょう」

「……はい」


 俺に拒否権は残っていなかった。

 訓練場へ連れられ剣とこぶしまじえることに。


 ★


「恐らくじゃが、セグ卿は自身に強化魔法を使うのでは? 」

「ええ、そうですが……」

「全力の貴方とやりたい。準備をする時間を与えるわい」

「それならば遠慮えんりょうなく」


 もらえた時間を十分に使い自身に強化魔法を使う。

 ついでに剣と体に風の精霊をまとい、完了した。


「よろしいかな? 」


 こぶしを前に出し、聞いて来た。


「ええ。むねりさせていただきます」


 剣を前に出して答える。


「エキシビションマッチ! 始め!!! 」


 先ほどの司会者が開始の合図あいずをする。

 こうして剣とこぶし交差こうさした。


「中々の反応速度。さっきの若造わかぞうよりも、やりがいがある! フン!!! 」


 一瞬で距離をめられた俺はすぐさま横に飛びこぶしを回避する。

 しかしその状態で九十度反転し逆のこぶしで追撃。

 こぶしを剣を縦に構えて受け止めた。


「ほほ、流石に一撃二撃じゃ無理かの」


 未来視——足か?!


 そこから跳躍を使い後ろに飛びりをす。

 てかあのじいさん。剣をこぶしで受け止めて無傷かよ!?

 ケリーさんを相手にしているわけじゃないのに!


「おや、避けられましたな。幾つかフェイントを入れたのですがそこまで距離をとられたら意味がなかったようで……」


 と、言いながら三十メルある距離をゼロコンマ数秒で詰めてくる。

 はやっ!

 分かっていたけれども!

 あらかじめ来るとわかっていた場所にタイミングを合わせて横薙よこなぎの一閃いっせんり出した。


「?! 」


 反撃を予想していなかったのかまともにくらい少し後退こうたいする。

 皮は切れたようだが血が出てない。

 やはりかなり硬いようだ。

 が、それも予想済み。連撃で追撃していく。


「中々に手強いの……」


 加速に加速をかけた追撃をこぶしではたき落としていく銀狼卿。

 しかしここで連撃を止めるわけにはいかない。

 少しでも止めれば反撃されかねない。


 しかし攻撃をさばかれる中、それは襲ってきた。


『死』の気配。


 ぞくりと体中がしびれる。

 危機感知ではない死の感知。

 遅れて先読みが発動し、こぶしあごにめり込む未来が視えた。


「跳躍!!! 」

餓狼王拳ガロウ・オウケン!!! 」


 ヤバい、と本能ほんのうが叫んだ瞬間上空に逃げる。

 全身冷や汗を流しながら下を見ると、こぶしき出したフェンさんがいた。

 そしてそのこぶしの先にはえぐれた地面と壊れた訓練場の壁だけが残っている。


「そこまでです!!! 」


 リンのその一言と共に俺は上空から降りて着地ちゃくち安堵あんどの息をついた。

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