第百二話 宿屋での一幕

「全くもう、台無だいなしだよ! 」

「まぁまぁケイロンこれでも飲んで落ち着きなよ」


 宿『精霊の宿木やどりぎ』に戻り俺の部屋に行くと、早速ケイロンが愚痴ぐちり始めた。

 それを聞きつつ周りを見るとすやーっと寝ているエルベルと疲れた顔のスミナがいた。

 さて、どうしたものか聞きたいが怖くて聞けない。


「——って、デリク! 聞いてる!? 」

「え? ああ、聞いてるぞ」

「でね。あの門番。本当にむかつくよね! 」

「そうだな。あの態度たいどはないよな」

「そうそう。こっちが子供だからってあれはないよ」


 そういうとケイロンは一人立ち上がりパンパンと白いズボンをはたく。

 とびらの方に歩きながら黒い瞳をこちらに向けた。


「ちょっと行ってくる !」

「え? また突撃とつげきしに行くのか?! 」

「違うよ。父上の所に行って事情じじょうを話してくる」

「ピーター様の所に? 」

「うん。アース公爵家にうらみはないけど正式せいしきに呼んだ相手を確認せずに門前払もんぜんばらいしたんだ。相応そうおう対応たいおうをしてもらうよ」


 ふふふ、と少し黒い笑みを浮かべながらケイロンは部屋を出ていった。

 こえー。貴族こえー。

 その底知そこしれぬ恐ろしさにおびえながらも切りえ今度はスミナの方を向く。


「……何も聞くまい」

「いや聞いてくれよ!!! 」


 耳に手を当て首を横に振り聞きたくないという意思表示いしひょうじをする。

 それに当てた手をのけるように飛びねて俺の手を顔から離そうとした。


「聞きたくない! 絶対に聞いたら後悔こうかいするやつだ! 」

「いやいやそうでもないかもしれないぞ、アン。だから聞いてくれよぉ」


 必死ひっしになって抵抗ていこうしたが、俺の手は耳から引きがされ耳は無防備な状態になった。

 くそっ! ここまでか!!!

 俺のベットですやーっと寝ているエルベルがねたましい。


「聞く前にまず質問だ。何故なぜ俺の部屋に二人ともいる? 確か部屋をり振ってたよな? 」

「ああ、それか。それはだな」


 と言いながら解説かいせつしてくれた。

 つまるところ俺が泊まる部屋にもしかしたら精霊が、いやトッキーがついてきているかもしれないと思ったらしい。

 でスミナにそれがしたと。

 嫌々いやいやながらもかぎがかかっているはずの俺の部屋をたくみなわざにより開錠かいじょう

 精霊がいないとわかると旅の疲れかそのまま寝てしまったということらしい。


「そうか……。それは災難さいなんだったな」

「だろ? なんでこんな盗賊まがいの事をしないといけないんだ……」

「だが思ってたよりもソフトだな。スミナも疲れているようだがどうしたんだ? 」

「それは旅の途中とちゅうにこの駄乳エルフエルベルが歌い始めたからだ」

「歌? エルベルが歌を歌ってなんでスミナが疲れるんだ? 」

「まぁワタシがっていうかワタシもっていうか……」


 何かごもごもして言いにくそうにするスミナ。


「歌自体は問題なかったんだ。ただ……」

「ただ? 」

「セレスティナいわ歌詞かし術式じゅつしきになっていてそれをエルベルが歌ったせいで何やら魔法のような物が発動はつどうして……ワタシ達全員精神攻撃のような物を喰らってな」


 それを聞きすぐさま体を反転はんてんさせむにゃむにゃと口を動かしているエルベルを見た。

 せ、精神攻撃をする歌?! なんだそれ!

 怖い物見たさで少し聞きたくもあるが……いや、やめておこう。

 もしそんなことをしたらこの宿が阿鼻叫喚あびきょうかん地獄絵図じごくえずになりそうだ。


「そ、そうか。じゃぁすまないが出ていってくれないか? 」

「ああ、こっちこそすまねぇ」


 そう言い出ていくスミナの肩をつかみ止めた。


「な、なんでワタシの肩をつかむんだ? 」

「おいおいスミナ。忘れ物をしてないか? 」


 俺が肩をつかむとギギギと言う音を出しながら顔をこちらに向けた。

 それでも進もうとするスミナを力づくで止め、親指で後ろのエルベルをす。


「あ、あれは管轄外かんかつがいだろ?! 」

「いやぁここにケイロンがいればな? ケイロンにまかしていたんだが。あいにく俺は男だ。流石に女性であるエルベルをきかかえて彼女の部屋に行く勇気はない」

「大丈夫だって。そのくらいで駄乳エルフエルベルは怒らないって」

「そうじゃないのはよくわかるだろ? 最年長。外聞がいぶんというものがあるんだ。外聞がいぶんが」


 そう言うとあきらめたのか肩を落とすと俺が手を放す。

 てくてくとエルベルの方へ歩いて行き――


 ダッシュで逃げた。

 が、扉の前で体で逃げるのをガードして防ぐ。


「ワタシだっていやだよ。面倒事めんどうごとき込まれるのは! 」

「俺だっていやだよ。どう見ても美女を自分の部屋に連れ込む男じゃないか! それにこれから少し王都で活動かつどうするんだろ? ならば『メンバーを自分の部屋に連れ込み毒牙どくがにかける男のリーダー』と言う汚名おめいをつけたくない! それにこれはパーティー全体の外聞がいぶんにもかかわる! 」


 パーティー全体と言うところにまったのか、下唇したくちびるくやしそうな顔をする。


 結局の所スミナがエルベルを俺からりた毛布もうふでくるみなわでしばりつけ引きりながらエルベルの部屋の前まで持っていった。そしてなわをほどくとエルベルの部屋のとびらを開け中にり入れた。


 俺に毛布もうふを返すとスミナも自分の部屋に戻っていったのであった。

 なおエルベルは最後まで起きなかった。


 ★


 朝いつもと違う空気に起こされた。

 バジルの町よりもにぎわいを見せる王都カルボ。

 正直さわがしい。一つあるまどの向こうからは朝から商売の声が、廊下ろうかの方からは走ったり仲間と話したりする声が聞こえてくる。

 億劫おっくうとしながらもベットから起き背負袋せおいぶくろ長剣ロングソード、そして短剣ダガーを腰につけ食事をする為に一階へ向かった。


「おはようございます。アンデリック」

「おはよう。デリク」

「お、おはよう」


 一階に近付ちかづくにつれて何故なぜか音が消えていく。

 そして一階に着き原因をさぐろうとすると元凶げんきょうが話かけてきた。

 そういうことか……。


「さぁ朝食をとりましたら冒険者ギルドへ行きましょう」

「早く食べなよ。依頼は待ってはくれないからね」

「……」


 彼女達に言われるがままに木製の机に着くとそれと同時に俺の机にセレスとケイロンが座る。

 そして一気いっき注目ちゅうもくびた。


 セレスは長身で細身ほそみ麗人れいじんで今日は前に着た戦闘服と同じく濃い青いフリル付きのミニスカに黒にニーハイ。胸が少しはだけて見えるような白い半袖はんそでのシャツに青いローブを羽織はおり魔導書を手に持っている。

 かたやケイロンは小さくもくりっとした顔つきでショートポニテをって今日も黒いパンツに白いシャツを着ていた。そしてその上に青色のブラザーを着こんでおりちょっとしたネクタイをしている。

 ようするに二人共良くも悪くも目立つのだ。


 少々現実逃避げんじつとうひ気味ぎみ目線めせんを気にしないようメニューをさがして手にとる。

 さてメニューでもと考えていると上からスミナとエルベルがやってきて挨拶あいさつすると同時に俺の机に座る。


 ……視線しせんが痛い。


 食事をませセレス念願ねんがんの冒険者登録をする為にギルドに行くのであった。

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