第百一話 アース公爵家

 早めに先代アース公爵様に会いに行った方がいいということで俺とケイロンは翌日朝食をとって宿を出た。

 スミナとエルベルはお留守番るすばんである。

 喧嘩けんかして他のお客さんに迷惑をかけないか心配だが仕方ない。

 今回のご指名しめいは俺とケイロンなんだ。他の人をれて行くわけにはいかない。

 特にエルベルがやらかすと思うと気が気でない。


 一抹いちまつの不安をかかえながら俺達は整備せいびされた道を行くことに。


すごい人だな。誕生日のたびにこのさわぎなのか? 」

「そうだよ。更に言うと王様——カルボ三世陛下の誕生祭たんじょうさいとかもこんな感じかな。でもいつもより少し多い気がするね」

「一体一年に何回誕生祭たんじょうさいがあるんだ……」


 ははは、と苦笑にがわらいしているケイロンと共に道を行く。

 俺達がとった宿はバジルの町で言うところの商業区にあったようだ。

 宿を出てからすぐに店が立ち並んでいる。

 そしてそこにはいつもの人達が。


「……しのべてねぇ」

「うう」


 そうしのべていないおしのび貴族がいっぱいいた。

 おしのび貴族が店で物を買いホクホク顔で品物しなものを受け取ったり屋台やたいで食べ物を買い食いしている。

 そしてその周囲には彼らを見守みまも従者じゅうしゃ達が。

 もちろん従者じゅうしゃ達もしのべていいない。


「ねぇ。僕もあんな感じ、だったの? 」

「ああ、ほぼあんな感じだな」


 それを聞き顔を赤くするケイロン。

 ま、気持ちは分からんでもない。あれはずかしい。

 自分はバレていないと思っているのにバレバレな感じ。

 そして周りの大人な対応たいおうがそれに拍車はくしゃをかけている。

 ずかしい以外の何物なにものでもない。


「あら、ケイロンでは? 」


 顔を赤らめたケイロンと共に商業区を出ようとしているとケイロンを呼ぶ声がした。

 一度足を止め二人とも女性の声の方を向く。

 するとそこには冒険者ギルドの職員服を着た女性がいた。


「ア、アルビナ……」

ひさしぶり。ケイロン」

ひさしぶり」


 ケイロンが答えるとアルビナと呼ばれた女性が挨拶あいさつをする。

 すると何故なぜか周りがさわがしくなった。

 おもにおしのび貴族達が。


「な、何?! ケイロンだと! 」

「ケイロン様がここに?! 」

「こ、殺さないでくれ!! 俺は悪い事なんてしてない! 」

「きゃぁ! ケイロン様よ」

「足でんでください! 」


 周りの声を聞き顔を赤らめると同時に真顔まがおになって周りを見回した。

 今までにないほどの冷たい雰囲気ふんいきだ。こんなケイロン見たことない。


「誰かな? 僕の事を悪く言ったのは……」

「ひぃぃぃ! 」

「こ、氷の女王が出たぞ! 」

「逃げろ! いや全員土下座どげざあやまれ。今ならまだに合う! 」

「その冷たい目線めせんで私をこおらせてくださいぃ! 」


 ケイロンが冷たく言い放つと一同騒然いちどうそうぜんとなり全員が逃げていった。

 学園で何をやった?! ケイロン!

 奴らの反応が普通じゃないぞ?!

 それを外から見ていたアルビナと呼ばれた女性はクスっと笑いながらもこちらに向き直した。


「ケイロンの人気っぷりはおとろえていませんね」

「こんな人気いらないよ」


 やれやれと手を振りながらケイロンが言うとアルビナが何かに気が付いたようだ。

 はっとした顔で言う。


「あ、私これから仕事があるからこれで! 」

「うん。またね」

「はい、後程殿下でんか誕生たんじょうパーティーで」


 そう言うと大きな建物たてものの方へ行ってしまった。

 アルビナがったあと俺は活気かっきを戻した商業区で少し呆然ぼうぜんとしながらもふと聞いてみる。


「氷の女王って、何? 」

「……触れないで。学園の黒歴史だから」


 どこか遠い目をしながらそうつぶやいた。

 しかしこのままここにいる訳にもいかないので俺達は移動することに。

 広い道を行くと大きな広場のような場所に出た。

 そこには何かもようしでもやるのだろうか。天幕てんまくられている。

 さらに中央通りを通りぎ貴族街へ着いた。


「すげーな。バジルの町の貴族街は遠目でしか見たことないが王都の貴族街は壮観そうかんだな」

「ふふ、くらべ物にならないでしょ」

「ああ……」


 目の前に広がる高級住宅に目を光らせながめた。

 種類はいくつかあるが一番分かりやすいのが大きさだろう。

 貴族街の隣にある王城に近付くにつれて大きくなっている。


「僕達が向かうのはあっちだよ」


 ケイロンが指を指した方向を見ると、やはりと言うべきか一番大きな建物たてものの方向であった。

 正直今の服装ふくそうでも身分不相応ふそうおうなのだがそれでも行くのを躊躇ためらわれるほどの豪華ごうかさであった。


「なぁ……行かなくちゃいけないのか? 」

「もちろん。まぁいかないとこの国で生きていけなくなるかもね」


 なんでそんな人が俺達を呼ぶんだよ。

 悪い事じゃない、とジュリア様は言ってたけど疑わしくなってきた。


「こっちこっち」


 ケイロンが手招てまねきをしながらその死地しちへと誘導ゆうどうする。

 重い足を上げながらもケイロンに先導せんどいうされるままに俺は貴族街を歩いた。

 最初の方、中央広場に近い家は比較的質素しっそなようだ。他の貴族街の家にくらべて比較的ではあるが。

 それをのぼっていくにつれて俺の心臓がバクバクしてくる。

 入ったらいけないような場所に入ったような緊張感だ。

 すぐにでも帰りたい。


「着いたよ」


 足を止めた先は四つある巨大な屋敷やしき、いやもうここまで来ると小型ばん王城のような屋敷やしきの一つだ。

 巨大な門がありその前にはよろいを着た二人の門番が槍を持って立っている。

 交代要員こうたいよういんだろうか。その向こう側にも何人かがひかえていた。


「ドラグ伯爵家の娘ケイロン・ドラグともうします。カーター・アース様はご在籍ざいせきでしょうか? 」


 いきなりケイロンが話かけた。

 ちょっ! ケイロン?! 何をいきなり!


「……不審ふしんやからめ! 」

「こちらが紹介状になります」


 わかそうな門番がこちらに近付き警戒けいかいする。

 ほら怒られた……。ものすごい形相ぎょうそうでこっちに近付いてきている。

 若い門番が乱雑らんざつに手紙を受け取るもすぐにケイロンに返していた。


 俺は一歩下がりもう一人の方を見た。

 もう一人はどうも様子見の用だ。こちらをながめているだけである。


「ちっ。この手の偽造ぎそう論外ろんがいだ! すぐに立ちされ!!! 」

「……アース前公爵様に直接来るように言われたのですが? 」

「立ちれと言えば立ちれ! また旦那様を悲しませるつもりか! 許さんぞ、ぞくめ!!! 」


 ひどい言い様である。とてもじゃないが貴族家の門番とは思えない。


「……いったん帰ろう、ケイロン」

「そうだね。話が通じそうにないから帰ろうか」


 俺はケイロンに提案ていあんし、彼女はそれを受けた。

 罵詈雑言ばりぞうごんかれながら俺達は公爵家の門を後にするのであった。

 もう一人の門番がじーっとこっちを見ているのに気付かずに。

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